愛を吊るす

晴れ時々雨

🌙

「あんた恋人いるの」

部屋に戻ると、目を覚ました女が俺の物を勝手に着て足の爪をいじっていた。皺の寄った加工が施された黒いワンピースは早逝した叔母の遺品だった。気がつくと女の肩を掴んでいた。

「ごめん、だってあったから」

そうだ、こいつの服は全部捨てた。路地でゲロまみれになっていた女を拾うなんてどうかしていた。街灯もなく月も出ていない夜は目の前の物を盗んだって気づかれないと思ったんだ。

あの日も自分はてっきり暗闇にいると思い込んで欲しかった物に手を伸ばした。別に服じゃなくても良かったのに、違う物の方が持ち帰るには容易かったのに俺が選んだのはこの服だ。

背の低い女を見下ろし、改めて全貌を見据えると服は女には全く似合っていなかった。この女は胸が大きすぎる。背が低すぎる。肌が黄色すぎる。叔母と違って。

何かむしゃくしゃした塊がせり上がり女の胸ぐらを乱暴に裂いた。反動でこぼれるように弾む乳房に白熱灯が照り返す。軽く突き飛ばして押し倒し女を下に敷いた。

ちぎれた黒い布が惨めに床に丸まる。奇妙な昂ぶりは抑えが効かず、ただ果てるためだけに突き進んだ。

叔母の身に着けた服を盗んでから十数年、一度として眺めることをしなかったそれを、初めからこうしたかったのだと気づいた。女の体に纏わりついて離れない布切れに強く欲情した。引き裂かれた黒生地が主を失った影のように女から伸びる。そうだ、それは決してお前のものじゃない。白い泥の中に熱した杭を打ち込みながら影の尾を手繰り寄せ、綿袋のような女の顔にぐるぐると巻き付けた。つるつると手から反抗する布を逃がさんと掴み直す。

叔母さん、僕はもうそこにはいないんですね。叔母さん。


人は何故おなじ質問をするのか。

恋人なんていねえよ。

影、おまえが羨ましい。俺は影しか抱けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛を吊るす 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る