貴方と私のメヌエット
良駒津シータ
貴女と私のメヌエット
パリンパリンパリン
知ってる?私の時代のピアノはそんな音だったの。全然綺麗じゃないと思わない?
クルクルと回りながら彼女は言う。
これが私の時代の舞踊。社交の場で良く踊ったわ。どう?なんだか行進みたいじゃない?
彼女はステップを踏む
綺麗よ
私は思わず言ってしまった。
あら、貴女はセンスがないのね。
彼女は踊りながらクスクス笑った。
私は恥ずかしくって頬が熱くなってしまった。もう一度彼女を見るとイタズラっぽく笑う彼女は綺麗というよりは可愛らしかった。
ねぇ、貴女は名前はなんと言うの?
舞子。踊りの舞に子供の子で舞子よ。
そうなの。舞子、一緒に踊りましょう、メヌエットは社交場の舞踊の音楽よ。
私は踊れないわ。盆踊りになっちゃう。
盆踊り?私の時代にはない踊りだわ。
時代はおろか、国が違うもの。
まぁ、ふふふ。通りで変わった名前だと思った。
貴女の名前は?
彼女はステップをやめて、私の前に来ると真っ直ぐに立ち一度腰を下げて再び真っ直ぐに立った。
私はクララ。お姫様よ。
クララは私の前に手を差し出してニコッと笑った。
お姫様の言うことは絶対なのよ。
私は、クララの手を取った。
音楽に合わせて踊ろうとしたけれど、全然踊れなくて足が何度ももつれそうになった。
その度にクララは笑う。
なんて意地悪なお姫様なのかしら。
あら、愛おしくって笑うのよ。
ありがとう、舞子。
クララは私から手を離してくるっと身を翻した。
舞子、私、ずっと踊りは嫌いだったの。
楽しくなかった。好きでもない人達と踊るなんて退屈だった。自分を良く見せなくちゃいけない事は窮屈だった。
でも、私の時代のメヌエット…音楽が貴女の時代にも生きていたから、貴女と会えた。
こんなに嬉しい事はないわ。
そう、喜んでもらえて私も嬉しい。
もうすぐ、曲は終わるわ。貴女の最後の時間も。
残念ね、どうしても消えなくてはいけないの?
ええ、ごめんね。
また会えるかしら?
もう会えない。
私が奏でられるのは鎮魂歌<レクイエム>だけだから。
そうなの。
わかったわ。
さよなら。
さよならは寂しいわね。
なら、ご機嫌様、かな?
どう言う意味?
貴女がいつも幸せでありますように、と言う意味の挨拶の言葉よ。ちょっと古いけどね。
良い挨拶ね。その言葉を私も知っていたら何かが変わったかしら?
それはわからないわ。
クララはくるっと後ろを向くと思いっきり伸びをして私に振り向くことはなくこう告げた。
ありがとう、舞子。ご機嫌様。
そうして、私は最後の鍵盤を打ち終えた。
私の目の前には黒いグランドピアノと一冊の古い本。
綺麗で可愛らしいお姫様はどこにもいない。
クララはこの本の名前も記されなかった、お姫様だったのだろう。
名前も呼ばれる事もなく、この本の世界でひっそりと生き続けたのだろう。
ご機嫌様クララ。
私は別れを告げて、古紙回収へ。
-終-
貴方と私のメヌエット 良駒津シータ @yokomatsushi-ta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます