初魔法
微妙な雰囲気の顔合わせを終えると、三人は屋敷内の離れへと向かった。
そこには離れだけでなく、建物の裏手に広いスペースが設けられている。周囲を高い樹木に囲まれたエリアには特別な結界が施されているのだという。
「ここなら、どんな魔法を使っても周囲に影響を与える事はないから大丈夫」
そう言うと、エドワードはウォルターに「始めてくれる?」と言った。
「ジェレミー様、こちらへ」
広場の中央に立ったウォルターが自分を呼ぶ。しかしそれに従う前に一つだけジェレミーには言いたい事があった。
「その「様」づけはやめてくれ。言葉使いも普通でいい。別に俺はお前の主人でも雇い主でもないんだから」
ウォルターがエドワードを見る。あくまでも決定権はエドワードにあるらしい。
「ジェレミーがそれでいいならいいよ」
笑顔で了承したエドワードにほっとすると、ジェレミーはウォルターの元へと歩を進める。
ウォルターの目の前に立つと、感情の見えない表情でウォルターがほんの少し高い位置から自分を見つめる。
「手を」
言われるままに両手を差し出すと、ウォルターがその手を握る。
「時間がないから少し乱暴な方法になるぞ」
「…できるだけお手柔らかに頼むよ…」
無駄な希望だとわかってはいたが、予想どおりそれに対する返答はない。
しばらくすると、ウォルターを中心に魔法陣が現れる。エドワードの時とは違い、こちらも属性を表すのか赤い光で描かれた魔法陣をぼんやりと見ていると、やがてウォルターに握られた右手がほんのり暖かくなる。だがそれはすぐに温度が上がり、熱いといえる程の温度になった。
「熱っ…!」
「やけどはしない、もう少しこらえろ」
そういう問題じゃない!と叫びたかったが、次の瞬間、その熱が身体の中を駆け巡る感覚に歯を食いしばる。
「…っ!!」
まるで身体の中を焼き尽くされるような感覚に気が遠くなる。しかし気を失う寸前に、自分の手を強く握りなおすウォルターの力に現実に引き戻される。
(こ、これはこれで地獄なんだけど…っ!)
どれくらいの時間そうしていただろうか。
漸く身体から熱が引いたと思った瞬間、全身の力が抜ける。そのまま倒れそうになった自分をウォルターが支えてくれる。
「大丈夫か?」
「乱暴にもほどがある…」
「悪かった」、なんてまるで悪いと思ってない顔で言われても苦笑しか返せない。そんな自分の様子を見ていたエドワードがウォルターに視線を移すと「どう?」と聞いている。
「殻は消えたかと」
「そう。なら大丈夫かな?」
その声に不穏なものを感じてしまい、「ちょっと待て…」と言ったものの、こちらも聞くつもりはないようだ。
「死にたくなければ頑張ってね?」
(だからそのいい笑顔やめろ!)
そんなジェレミーの心の中の叫びなんてもちろん知るはずもなく、エドワードがジェレミーの手を握る。
「死ぬ気で破ってみて」
「は?」
今度は何をされるのかと身構えたのも一瞬で、次の瞬間には水の中にいた。
いや、正確にはエドワードの魔法で生み出された水の中に閉じ込められたというのが正しい。
(……これ…ホントに死ぬだろ…っ!!)
自分に纏わりつく水は身体の動きで振り払う事はできない。この水を振り払う事ができるとすれば、おそらく魔法だけだ。
エドワードの魔法が発動してから1分、そろそろ息が限界かとエドワードが表情を曇らせた時だった。
「これは…」
驚くウォルターの目の前で、ジェレミーの身体から眩いばかりの金色の光が放たれ、彼を包んでいた水は跡形もなく消え失せた。
「…げほっ…おま…っ…殺す気…かよ…!」
「いや殺す気はなかったけど。それよりよく破れたね?」
正直1回では無理だと思っていたし、これからいくつかの方法でまずは魔法を使える事を身体で確認してもらう予定だったのだ。
まぁ、命の危険を感じる事で発動するように仕掛けるなんて乱暴だとは思っていたが、事は急を要するのだから仕方がない。
「いや…正直どうやったのか全然わからない…」
まだ少しだけ苦しそうに咳き込みながら返事をするジェレミーを見ていたウォルターが、少し考え込むようにしながら口を開いた。
「とりあえずこれで魔法が使える事はわかりました。そして彼の場合、光属性の方が強いようですね」
「そうみたいだね。それなら練習相手に最適な人間がいるね」
「フレデリック様を呼ばれますか?」
「うん、お願いできるかな」
「かしこまりました」
そう言って一度屋敷に戻ったウォルターが一人の青年を連れて戻ってきた。
金髪に青い瞳、身長もジェレミーと同じくらいの青年は、ジェレミーを見ると笑顔を見せた。先ほどの大広間の空気を覚えているだけに、少し意外な気がした。
「エド、俺に用だって?」
「やあ、フレディ。久しぶりだね。早速だけど彼が光魔法を使えるようにウォルターと一緒に手助けして欲しい」
そしてエドワードはジェレミーに向き直ると、フレディと呼んだ人物を紹介する。
「彼はフレデリック・キング。僕の従兄弟にあたる。実は彼も光属性の魔力を持っている。教えを乞うには丁度いい人物だよ」
「よろしく、フレディでいいぜ」
「ジェレミー・カートレットだ。ジェレミーと呼んでくれ」
差し出された手を握ると、そのままフレデリックの手が強く握り返す。そしてそのまま離してくれない事に戸惑っている内に、ウォルターの時とは違う、暖かさが握られた手から身体に入ってくる。
「なるほど、光と闇両方の属性持ちか。少し面倒だな」
「そういわずに頼むよ」
「わかった。これからよろしくな」
それからと言うもの、エドワードの店から本家へ魔法訓練のために通う日々が始まった。こんな事ならいっそ本家に滞在した方がいいのではと思ったが、その辺は色々と複雑な事情があるらしい。
「あの店の『場』を護るためにも、不在のままにするわけにはいかない。これでも戻ってから毎日封印をチェックして必要に応じて掛けなおしたりしてるんだよ。かといって君をあの家に一人で滞在させるわけにもいかなくてね」
面倒でごめんね、と言われてしまえば、何も言えない。むしろ毎日自分に付き合わせている事が申し訳なくなってくる。
こうなったら一刻でも早く魔法を自在に扱えるようになるしかない。
「なんか今日気合入ってる?」
いつもより集中できているジェレミーにフレデリックが確認するように尋ねてくる。
「気のせいだろ」
「そうか?まぁ、いいけど。でもいつもより集中できてるみたいだし、今日はスパルタでいくか」
にやり、と笑みを見せたフレデリックに、一瞬引きかけたが今日は確かに集中できている。
だから覚悟を決めて頷いた。
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