ベイカー家へ
属性が判明したあと、ジェレミーは店の二階へと案内された。
1階はそれほど広い店舗には見えなかったのに、二階へ上がると結構な部屋数があった。
「基本的に僕らはここに住んでいるんだよ。その方が色々と都合がいいしね」
「ジェレミー様はこちらの部屋をお使いください」
階段を上がって2つ目の扉をウォルターが開ける。中を覗き込むと、シンプルながら居心地の良さそうな部屋だった。
木で作られた建物らしく、使い込まれた木目が美しい壁や天井、ベッドに机と応接セットまである。一人で過ごすなら十分すぎるほどだ。
自分個人の居場所がある事にほっとしたのも束の間、横からウォルターの不穏な声が聞こえる。
「私の部屋は隣ですので。何か不便があればいつでも声を掛けてください」
「ウォルターには魔力制御の先生もしてもらうからね。いつでも質問にいくといいよ」
つまり24時間スパルタレッスンし放題…いやいやいや、いきなりそんな無茶はしないだろう、と自分の考えを振り払う。
しかしその考えを読み取ったわけでもないだろうに、ウォルターが笑顔で言い切った。
「では時間もない事ですし、すぐに開始しましょうか」
「…よろしくお願いします…」
流石にスーツでスパルタレッスンはちょっと…というわけで、チノパンにシャツという少し動きやすい服装に着替えると、エドワードの実家であるベイカー家へ向かった。
ちなみに着の身着のままで呼び出された代償に、生活必需品を買い揃えさせたのは当然である。
ベイカー家はロンドン大学の隣にある。聞けばロンドン大学もエドワード曰く『場』になっているということらしい。
「『場』の近くには必ず一族の誰かが住んでいるんだよ」
そう言いながら豪奢な門の中に入っていくエドワードの向かう先には豪邸が建っている。
自分のいた側のロンドンでは到底ありえない敷地の邸宅を前に、思わず入るのを躊躇っていると、エドワードが不思議そうな顔で振り向いた。
「親戚の家に入るのに緊張する必要ある?」
「…はじめましての親戚だけどな…」
「とりあえず中へ。私たちがついているとはいえ、いつまでも外にいるのは危険です」
自分が狙われていることをすっかり忘れているらしいジェレミーに、ウォルターが注意を促す。
実はここに来るまでの間にも刺客らしき影が見え隠れしていたが、エドワードとウォルターがついているのを見ると、諦めて去っていったのだ。だが大人数でこられたら危険である事は確かだ。
「わかったよ」
諦めて門を潜ると空気がふわり、と軽くなったような気がした。だがそれも一瞬で、ジェレミーは二人と共に屋敷に向かって歩き出した。
そしてそんな3人の後ろ姿を門の外から見ていた人物が一人。
「まーた厄介な人間を呼び込んだもんだな」
始末するにも取り込むにも手間がかかりやがる、と毒づいた黒髪の男は、ヘーゼル色の瞳で自分の背後をちらりと見ると指示を出した。
「徹底的に探れ」
言われた黒服の男は無言で一礼するとその場から立ち去る。ヘーゼル色の瞳は再び目の前の屋敷に向けられる。
一般人には決して入る事のできない特別な屋敷だ。
「ロンドン大学ごと結界で囲んでいる、か。本家が護るくらいだ、よっぽど重要な『場』なんだろうな。流石の俺でもあの結界は破れない」
男は小さく肩を竦めると、あっさりと屋敷に背を向けた。
「ま、偵察のつもりがいいものが見られたな。あの男…上手くやれば使えそうだ」
それがジェレミーを指しているのは明白だが、その独り言は誰にも聞かれてはいないだろう。
男は口元に不敵な笑みを浮かべながら、その場を立ち去った。
ベイカー家の玄関に辿り着くと、その豪華さに圧倒される。
まるでタウンハウスのような豪華さだ。
そして当然のように玄関の扉が開かれると、執事が待っていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。皆は?」
「大広間でお待ちです」
「ありがとう」
そう答えると、おそらく大広間に向かって歩き出したであろうエドワードの後をついていっていいものか迷ったジェレミーにウォルターが声を掛ける。
「行きましょうか」
「俺も?」
「何言ってんの、主役がこなくてどうするの」
先を歩いていたエドワードが足を止めると、振り返って「早く」と呼ぶ。
仕方なく、少し足を早めて追いつくと、隣に並んだエドワードが説明する。
「魔力制御のレッスンの前に、一族に顔見世だけしておこうかと思って」
「先に言ってくれ…心の準備ってものが…」
「気にする事はないよ。ベイカー家の当主は僕だからね。他の者に何か言われるような事があれば言ってくれればいいよ」
(だからそういう大事な事は先にいえよ…!)
本人に悪気はないのだろうが、大事な事は先に言っておいて欲しい、と内心で頭を抱えたジェレミーだった…。
だがそんな事を考えていられたのは大広間の扉を開くまでだった。
「揃ってるね」
開かれた扉の向こうには数十人はいるだろう人々が一斉にエドワードに向かって礼をしていた。
その一糸乱れぬ様子に圧倒される。
「顔を上げて。新しい仲間を紹介しよう」
その声を合図で全員が顔を上げると、今度は一斉に視線がジェレミーに向けられた。
「彼はジェレミー・カートレット。ソフィア・ベイカーの孫だけあって、魔力は折り紙付きだ。まだこちら側に来たばかりで、これからウォルターの元で魔力制御を学ぶことになってる。皆も何かあれば手を貸してやって欲しい」
ソフィア・ベイカーの名前に一瞬だけ室内がざわついたが、エドワードのひと睨みで静かになった。
「ジェレミー」
名前を呼ばれ、エドワードの隣に立つと「挨拶を」と言われる。
「え…と、ジェレミー・カートレットです。これからよろしくお願いします」
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