Chapter16「一番星」


此度の夢は、大きく違った。

俺自身の悪夢は、何度目繰り返して苦しんでいたけれど・・・これは全く別の苦しみだった。


『祝福を寄越せ、もっとだ。

誰もが我々を天として仰ぐように。

神子よ、その星に祈りを捧げるのだ』


誰かに似た傲慢な男が、見下した先にいる女性に命令する。

誰なのか、何処なのか、何時なのか。

全く不明ながらも、胸糞悪くなるようなモノであることは理解できる。


『もう、もう無理ですっ!こんなに願いを押し付けたら、あの子は・・・!』

『黙れ。貴様に拒否権はない』

『何故・・・どうしてそんな酷いことが出来るのですかッ!』


何かを要求されるが、それは出来ないと告げる女性に・・・傲慢な男は、冷酷に告げる。


『それは貴様が下だからだ。

貴様は私に国を任せ、その力と星を私の為に捧げると誓ったであろうが。


出来ぬならば、貴様が呼び寄せた住人を一人ずつ見世物にして首でも落とすか』


息を飲んだ。

それが真理であると信じて疑わぬ愚かさと、それ故に平気で暴虐の限りを尽くせる恐ろしさ。

そして、それに逆らえないという状況・・・これもまた、一種の苦しみと言えた。


『すべては上か下かであるべきなのだから─────』


まさに独裁。その悪い例の塊と言える。

それを我慢し続けられるほど、意思ある生物は大人しくない。

その苦しみを味わい、そして見続けた神子の嘆き。

神子に宿った星はやがて、怒り狂った。


そこに理性は無かった。


『死に絶えろ、死に絶えろ、全て残らず塵芥と化せ』


呪詛を繰り返し、星は呪いの泥を吐き出した。

地が、水が、木々が、生命が。

あらゆる悪意を身にまとい、一度は国を滅ぼした。

残ったのは、怒り・・・理性はなく、意思も死んだ。二度と、蘇らない。


けれど────


『・・・ごめんね。ごめんね。そうだよね。君が大切だったのは────』


全てを手放す寸前、そう呟いた時・・・傍で泣いていた神子に触れた。


『・・・どうか、愚かな僕たちに終止符を』


最後の最後に、清い光を身にまとい消えてゆこうとする星。

それが誰なのかは分からないが────



「待って─────」



俺はそれを、救いたいと思って思わず手を伸ばした。




そして────!



「あぅ・・・!」



そし、て────・・・



「んっ、そんな肉体を得てから直ぐにだなんて・・・」



・・・予想外なモノを掴み取った衝撃に、頭が真っ白になるのだった、って。


いや、待て。ちょっと待って。待ってくださいお願いします───何なのでしょうかこの展開は?つうかまたかよ、いい加減にしろ。


視界に映る青い髪の、ようやく再会出来た少女の持つ成長した果実。

同じくらいの年齢に忠実な大きさと柔らかさが、俺の意識を強制的にピンク色へと染め上げていく。


ぶっ壊れるシリアスとの落差に指は石のように固まった。

そして────



「うわぁい」



こちらを眺める気配が四つ。

そこにいたのは親しい皆様ギャラリーの姿だった。


一人は大変ショックな表情で。

一人はギリギリと歯を鳴らした妬ましそうな表情で。

一人は大変楽しげで。

一人は憐れむ視線で。


「いやぁ、はっはっは!流石はルフトよなぁ!お約束というやつじゃのう。ここまで来るともはや才能じゃ」

「ルフトさん、知らぬ間に女の子連れ込んで朝からこんな・・・こんな卑猥な人だなんて思わなかったよっ・・・」

「どうじゃ、シスコン拗らせた愛の求道者よ」

「超羨ましいに決まってるっつぅの・・・!

二日連続で違う女のパイ揉みとは、貴様どこまで俺の先を行くというとか。

憎しみで人を殺せたら・・・うぎぎぎゴゴゴゴッ!」

「・・・難儀な体質だな、お前は」


実に楽しげな村長。

なんか勘違いで混乱しているルイ。

嫉妬で血管が破裂しそうなランド。

そして、同情してくれたのは師匠だった。


「ありがとうございます、師匠。俺の味方はあなただけだ」


なんでみんな揃って朝から此処に居るのかは分かりませんが、本当に感謝します。

その憐憫でぶっちゃけ涙が出そうです。

なので何とか、腹を切りたいという感情をどうにか捩じ伏せつつ。


「つきましてはもう一度、気絶しても宜しいでしょうか?

とにかく全部、夢であってほしいという心境なので・・・」

「構わんが、何も解決しないと思うぞ。諦めろ」

「ですよねぇぇ」


これが現実だと突き放す師匠の眼差しに、思わずがっくりと項垂れた。

この誤解と状況整理のため、俺は本来なら朝食をいただく時間すら潰しながら言葉を尽くすのだった。





「────という訳で、俺には全く身に覚えがないんです。

ただ分かるのは、アステルはかつて俺が住んでいた村の近くにあった森で見つけた女の子で・・・四年前に怪物が村を襲って、俺とアステル以外みんな死んで、そこで別れてしまったことだけ」


その後、俺は騎士に助けられたがアステルは見つからなかったという。

それから俺は宮殿にいた師匠に剣を教わり、騎士になったのだ。


「ふぅぅむ、四年前・・・何か引っかかるのう。それに、アステルと言ったか・・・君の素性が分からん」


視線は自然と、俺の隣にいるアステルに向く。

確かに再会出来たことはこれ以上ない喜びだが、彼女が今まで何処にいて何をしていたかが全く把握出来ていない。


アステルは微笑み、何か腹が決まったように姿勢を正した。


「─────私は、だよ」


その一言で、この場の空気が一瞬凍った。

そして、数秒後


「「「「なにぃいいいい!?!?」」」」


この家と、村を支配する驚愕の叫びが木霊したのだった。

俺は勿論、村長とルイとランドは腰を抜かしていた。師匠でさえ目を見開いている。


無理もない。

このカミシロという国は"最果ての星"を求めていて、それによって救われることを目指している。

その目的そのものが目の前にいる衝撃たるや。


「・・・えぇっと、ごめんアステル。

君が嘘を言ってると疑うつもりはないけたど、俺たちは何も把握出来ないんだ。

だから、その・・・初めから説明願えませんか?」


聞きたいことが山のように溢れてくるが、まずは彼女の口から全部吐いて貰うことにした。

その慌てた仕草の何が可笑しいのか。


アステルは俺の言動や挙動を微笑みながら眺める。

余裕のある態度と、しかし純粋な瞳が俺を動揺させる。


「・・・まず、"最果ての星"は蕃神の一種。蕃神は知ってるよね?」

「ああ、確か・・・この島国の外じゃ、"荒神"と"蕃神"に別れて戦争してるんだったか?

ただ神様同士じゃ世界が壊れちまうから、信仰してる人間を使って代理戦争してるとか?」

「正解。

人々が信仰することで産まれる荒神。

独立して存在する蕃神。

昔この二つは元々違う世界───つまりお互い異世界同士だったけれど、とある原因で蕃神の世界は荒神の世界へ合成されてしまった。

蕃神の世界は侵略側。荒神の世界は防衛側として、いまの世界の地を奪い合う戦争をやってるけど、今は本題からズレるから省略するよ。私も全部を把握しているわけじゃないから」


俺たちは頷いた。

一応頭に入れておけと言われた歴史をもう少し詳しく話しただけのこと。

今はあまり関係ないなら、それでいい。

何よりカミシロは、その戦争とは無縁だ。


「ただ、これだけは言えるのは二つの陣営に単純に別れている訳じゃなくて、ある理由があって中立になっている国が幾つかいる。

このカミシロは、その一つ。理由は言わなくても分かると思うけど、この国は自分たちの呪いの対応に手一杯だからね。


そして荒神にも色々いるように、蕃神にも色々いる。

普通に存在して陣営にいるのと、全く別の思惑で行動しているのと、そもそも興味が無いのと、そういう次元に居ないのと。


私は四つめ。そういう次元に居ない特異点に存在する"最果ての星"。

誰かに認識されることはないけれど、確かに何処にでも存在する星。


・・・最果ての星と繋がれる人間と出逢うまでは、ね」


視線は再び俺に。

ほか四名も、俺の方を見た。

つまり最果ての星と繋がれる人間というのは、


「俺の・・・事だったのか」


アステルは頷く。あの日の俺は、俺がそんな特異な力を持っているとは知らなかった。

なるほどアステルは神様だったというのなら、色々「仕方ない」で片付きそうだが・・・そう、まだ話はこれで終わりじゃない。


「キミと繋がった私は、キミがいた村の近くの森で姿を

人の姿になったばかりの私は感情が分からない。キミが一生懸命話してくれたお陰で、ようやく感情を知ることが出来た。

・・・キミは知らなかっただろうけどね」


可愛かったな、と付け足されてしまい顔が熱くなるのが分かる。

だがどうやら、俺は記憶を無くしているからかそこに覚えがなかった。


ふと周囲を見ると、師匠はいつもより険しい顔をする。

アステルも師匠の険しい顔を見るが、直ぐに全員を視界に入れながら続ける。


「────でも、事件は起きた。怪物が一斉に押し寄せて村が全滅した事件。

それは四年前・・・、起きたんだ」

「・・・思い出した。そうじゃ、儂は建て直された村で長をやらんか、と誘われたんじゃ!」

「それじゃハジの村は・・・俺の故郷────っ!」

「ルフトさん!?」


突然の頭痛。

トラウマに刺激されたからか、殴られたような衝撃が起きた。

フラついた俺をアステルとルイは同時に支える。


「大丈夫・・・続けてくれ」


一旦休ませてくれ、とは言えない。

知らなきゃならないことが山ほどあるのだから。


「・・・そして、みんな死んでしまったあの事件で、ルフトは私に"逃げて"と強く願ってしまった。

最果ての星だった私は、もうあの時にはルフトの願いを叶える"一番星"に変質していたから、ルフトの願いを否応なくそのまま叶えて・・・特異点へと還ってしまった」


だから、アステルを逃がした時にはもう誰にも見つからなかったということになる。

最初に""と言った意味が、これで見えた。

つまり・・・


「・・・最果ての星は、繋がれる人間と触れ合った時から"一番星"という繋がった人間の願いを叶える蕃神になる────そういう事だよな?」


アステルは小さく頷いた。

俺はそれらの事情を一切知らないまま、アステルを無事逃がしたという事になる。

・・・小さく、安堵した。

あの日の俺は確かに、少女アステルを生かしたことになると。


「・・・でも、それっきり今まで私が姿を現せなかったのにも原因がある。

それはルフトが、記憶を失ったから」


またもアステルは師匠の方を見た。

今度は師匠が、悲痛な顔をする。

当事者でもないのに何故、と今の俺には疑問が浮かばなかった。


「私の事を思い出せないキミは、私の姿を正しく認識出来なかった。

だけど、ようやく思い出せたようで・・・私はこうして────」

「え・・・?」


突然アステルは、俺に抱きついた。

強く、確かな存在を確かめるように────


「あ、アステル!?どうしたんだよいきなり!?」

「・・・ごめんね、ルフト。こんなにも遅くなった。もっと早ければ、こんなボロボロにならなかったのに」


顔は見えないが、確実にアステルは罪悪感に飲まれたような声色だった。

もしかしたら、泣いてすらいるのかもしれない。


まったく、あの日の女の子を再会して泣かせるとは俺も大概進歩がないなと苦笑して。


「・・・いいんだよ。俺こそ忘れてたんだ。謝るのは俺もだよ。


だから────おかえりアステル、綺麗になったね」


俺もまた、彼女の背に手を回し抱き寄せと頭を撫でた。

優しく語りかけ、アステルが離すまで時間は暫く止まっていたように感じた。

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