オカルト自販機ツクモン ― 冷たいもの ―
一矢射的
第1話
人は疲れていると、誰しも炭酸が飲みたくなるものでございます。
夜勤明けの
時刻はまもなく午前六時、群青色の夜空が少しずつ
ここは平太郎が毎日通る道。この自販機も常日頃目にしているはずなのですが、購買意欲を刺激される要素は何もなく、その存在を意識することすらなかったのです。
でも、今日だけは別。体がどうしても炭酸飲料を欲していました。
そこへ飛び込んできた「四谷サイダー」の文字、もう我慢のしようがありません。よく見ると自販機の側面には、商品の名前以外にも青文字で『冷たいもの』と大きくプリントされています。
平太郎は苦笑してしまいました。
―― そこはCOOLとか英語でしょ、普通。どうして日本語にするかなぁ?
彼は硬貨を投入し、肌寒い外気温にもめげず
『さぁ! ラブリー・ルーレット、始まるよ~。当たるかなぁ?』
―― どうせ当たりっこない。
未練たらしく当たり外れの
すると、こんな人工音声が彼を呼び止めたではありませんか。
『あったり~! ふつつか者ですが、一ヶ月よろしくお願いします』
見れば、ルーレットはハートマークが四つ
ガタガタと本体が激しく揺れ始め、何か重い物が落ちる鈍い音が鳴りました。
そしてゆっくりとガラス製の商品取り出し口が開いたのです。
なんと、自販機の内側からニョキと出てきたのはスラリと長い女の腕ではありませんか!
次いでその狭い穴から姿を見せたのは人の頭部、
さしもの
そして一言。
「出られない…」
「は?」
「どうにもこうにも詰まってしまい出られません。申し訳ありませんが、そこの人。手を貸しては頂けないででしょうか?」
「はぁあああ!?」
仕方なく腕を掴んで引っ張ること三十分。
痛いだの、もっとゆっくりだの、それじゃあ何時までやっても無理だからもっと頑張れだの……まるっきり言いたい放題の我がまま女帝です。
それでもどうにかスルンと抜けた頃には、平太郎も汗だくになっていました。
「ハァハァ、やったぞ」
「どうもありがとうございます。なんて頼もしい殿方なのでしょう。貴方のような人に当ててもらえるなんて自販機
「まず、聞きたいんだけど? アンタ、いったい誰なの?」
「もう、とぼけちゃって! もちろん当たりの景品ですよ。当選したお客様には『自販機そのもの』が出張サービスをしちゃう決まりなんです」
「そのものって? アンタ、自販機なのか?」
「さいです。オカルト自販機ツクモンとお呼びくださいませ、旦那さま」
そういえば聞いたことがありました。
持ち主から大切にされた古き器物は心を持ち、やがて妖怪化するそうです。
何でも、それを
―― 彼女もそうなのだろうか? 木の精霊ドリアードのように、美女の姿は仮初のもので、本体は自動販売機の方なのか? その自販機から出られずに、つっかえてもがく妖怪というのもお茶目すぎるけど。
平太郎が考えていると、
「さぁ旦那さま、遠慮なく私をお持ち下さい」
落ち着いて見直せば、確かに彼女は可愛いのです。
前髪なしのショートボブで、けだるそうな垂れ眼には紫色のアイシャドウ。口紅はピンク色でキスをせがむようなおちょぼ口なのですから男心に響いてたまりません。
服は緑と白を基調としたワンピースを着ており、開いた胸元には真っ赤な彼岸花のコサージュをつけています。
平太郎も年頃の男性なのですから、のぞき見える豊満な胸の谷間に興味がないと言えば嘘になります。ですが、こんなにも怪しげな話にホイホイ食いついて良いものでしょうか。
「旦那さま、生涯を童貞で終える男と、青春を
「へぇ……言うじゃないか。そこまで言うなら何が起きても後悔しないんだな?」
「するのは貴方です。男女の出会いをフイにする者に……もう次のチャンスなどありませんから」
「すげぇ言い草。それなら最後にどっちが後悔するか、試してみようぜ」
平太郎は不敵に笑い、彼女の手をとるとエスコートするように歩き出したのです。
明け方の光りに白く染まる田舎道。そこを歩む二人はまるでバージンロードを行く
ですが平太郎は気付いていなかったのです。
そんな二人を遠くから凝視する怪しげな男の影に。
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