出雲蛇神譚

@kuramu724

第1話 始まり

皆さん、神を信じますか?


あぁ、待って待って帰ろうとしないで、怪しいものではございませんよ。

名は……そうですね、神様Aなんてどうでしょう。

神秘的で、謎に満ちてて、素敵な名前じゃありません?


こほん、すみません、話が逸れましたね。


これよりあなたがたに見ていただく物語は、日の出づる国日本のあったかもしれない”もしも”の世界。幾重の歴史の果て、主人公は何を見何を掴むのか。その顛末をご覧下さい。


それでは、皆様に神の救いがあらんことを。




神武歴4000年、神は依然としてこの国に存在している。

存在しているといっても、天の上にいて〜といか、目に見えなくて〜といった類いでは無い。

本当にそこに居るのだ。

人間のように水を飲み肉を食らい、人間のように寝て起き、人間のように性交し子供を産む。


ただひとつ大きな違いとして、神は神通力というなんとも不思議な力を使う。一言で神通力と言ってもその効果は様々で、雨が降らせたりするありがたいものから、狙った相手を必ず射殺すなんて物騒なものだったり様々だ。


さて、そんなすごい神様達が存在する国、大和国の首都出雲。その中で一柱、ある神がひっそりとした山の中で静かに佇んでいた。



「あぁ、これ俺もそろそろだな…」


すきま風に吹かれただけで今にも倒れそうな小さくボロボロの祠の中で、俺という神様はもう二度と見ることの無いであろう綺麗に澄んだ青空を諦めた気分で眺めていた。


神様歴4、5000年の自分の名前も、何をしたかすら覚えてないダメな神様、

それがこの俺だ。


俺はあと半日もしないうちに死ぬだろう。

死ぬというか存在が消える。

それが神として生まれたものの終わり方であり、自然の摂理であり避けようのない運命だ。

神様ってやつは人からの信仰心が無くなると消えてしまう。

それはどの神様でも同じことで、俺みたいな雑魚神様も、かの天照大御神も信仰心が絶対必要だ。

そもそもの原理として神様は人間が「いてくれ〜、いたら助けてくれ〜」って願って初めて生まれるもんだからな。

人間様から存在ごと忘れられたら存在価値そのものがなくなっておしまいってわけだ。


どこからかふわっと舞ってきた落ち葉が目の前の道をまた覆い隠す。


人が通ってた頃は地面の草がすり減り、かろうじて道と呼んでも差し支えないほどにはなっていたが、今は草が生い茂り獣すら通らぬただの祠があるだけの草むらに成り果てていた。


長年拝んでくれたばあさんが数年前から来なくなって、目の前で成長していく雑草と反比例するように微かに残っていた信仰心も少しずつ減っていた。


こんな参拝者も来ない、それどころか人が通る気配すらないこんなボロ祠でよく数年も持ったほうだ。


「そろそろ潮時か」


いつの間にか傾いた日の光がすぅっと体を通り抜けていくのを感じた。


やっとこの祠に残っている僅かな信仰心が底をつき、存在ごと消えかけてきているのだ。


音もなく半透明になった体が倒れ、それまで空を映していた瞳もゆっくりと閉じていった。


名前も記憶もないが数千年の時を生きたんだ。何かしらいいことをして神としての役割は全うできたはずだ。


あとはこの世から去るのを待つだけ。


もう何も見えない。指の1本すら動かせない。そもそもあるかどうか。

もう何もかも消えているかもしれない。いつの間にか身体も赤子のように小さくなっている。だが耳だけは微かに外の音を捉えていた。


人間が死ぬ時、最後に感覚が残るのは耳だって聞いたことがあるが神様もそうなんだな。最後の最後にちょっと勉強になった。こんな時に呑気だなんて言われるかもしれないが、逆に慌てふためいて死ぬより幾分かマシだろう。


そよ風の音が聞こえる。葉が互いに擦れる音がする。虫が鳴く音がする。鳥の羽ばたきと仲間を呼ぶ音がする。


慣れ親しんだこの山の音を聞きながらゆっくりいなくなっていけるのだ。結構いい感じの終わり方じゃないか。


まあ欲を言えばもう一回だけ神様っぽく振舞って終わりたかったけどなぁ。

自分がどんなやつで、どんなことをしたのか覚えてないのは案外心にくるもんだ。


そうやって俺が自然の音に耳を傾けながら消えようとしている時、これまでとは明らかに違った音が耳に飛び込んできた。


まず最初に足音、恐らく全力疾走しているであろうという速度の足音がどんどんと近づいて来る。婆さんかと一瞬思ったがあの婆さんにあんなに走る体力があったと思えない。明らかに別人だ。


その次に聞こえてきたのは何かを引き摺るようなズルズルという音だった。集中して聞いてみるとシャーと口から漏れる息が聞こえる。蛇だ。かなり興奮しているのか鼻息を荒くしながら人間の方を追っている。さっきのズルズルという音は体を引き摺る音だったのだろうか。だとしたらかなり大物だ。


ふたつの音が徐々に近づいてくると同時に、その距離はどんどんと縮まっていく。何があったかは分からないが、人間側が追いつかれるのも時間の問題だろう。どうにかしてやりたいがあいにく消えかけの俺には動物を追い払うだけの力すらもはや残っていない。


ザッザッっと忙しなく地面を蹴るふたつの足音は段々と近づいてきて、そして祠の前で人間の方の足音がザザッーといってブレーキをかけた。


まさかここにきて神頼みでもするつもりか?

やめておいた方がいい。こんな死にかけの神様なんか当てにするよりそこら辺の木に登ってこの場を凌いだ方が何千倍もいいぞ。


そんな声も通じるはずがなく、人間は祠の中から力の入らない小さい俺を抱き上げて必死に叫んだ。


「お願い、助けて神様!!!」


女の、それもまだ幼い子供の声だった。


次の瞬間


バクンッ!!!!!


静かだった。

体がふわふわした感覚。まるで死んだかのような。いや死んだのか俺は。

直前に聞いたあの音、追いついた大蛇に食われたのだろう。元々死ぬ予定だったから、別に祠で死のうが大蛇に食われて死のうがどうでもいいのだがあの子だけが心配だ。


恐怖のあまり俺を囮にしてしまったのだろう。その判断は合っている。なにかに気を取らせて少しでも自分が生きる確率をあげようとするのは生き物として当然の行動だ。

あの子は逃げきれただろうか。この大蛇があの子を見失ってくれているといいのだが。


というかやけに周りの音がうるさい。今夜は風が強いのかビュービューと風鳴りが聞こえる。目を開けるとそこらじゅうの落ち葉が中を舞っていた。


……………は?


”目を開けると”…!?


おかしい、と思いながらあたりを見回す。間違いなく俺の祠がある場所だ。さっきの娘は腰が抜けてしまったのかその場で座り込んでいる。

なぜだか大蛇の姿はない。俺が無意識に追い払ったのか?


まあともかく、つまりここは黄泉の国ではない。ここは間違いなく現実だ。


だったらなおのことおかしい。大蛇に食われた死にかけの神が急に回復するなんてことあるもんか。

不可解なことは多いが、俺は助けたであろう娘を心配する気持ちの方が先行した。大丈夫かと声をかけに行こうと足を踏み出し…


足を…



足がない。手がない。動き方が分からない。そもそもどうやって立っているのか。

そこまで思考が到達した時、俺はようやく自分の姿を自覚した。


月光に照らされたその体は、紛れもなく15尺はある大蛇の体そのものだった。

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