放課後の先輩

Naka

第1話

 放課後の学校。近くに活動中の部活も無い空き教室。先輩と二人きり。そんな理想的な環境。

 ……そのはずだったのだけど。


「うんうん、いいねぇ。よし! 次は笑顔で行ってみようか!」


 鳴り響くシャッター音。まるで記者会見のように焚かれるフラッシュ。そして女装させられている僕。僕は先輩の着せ替え人形にされていたのだった。以前、先輩に僕を部活に誘った理由を聞いた時、こんな事を言われたのだ。「君を見た瞬間にビビッときたんだよ。君は女装をすれば映えるってね!」。正直、舐められているとしか思えないが、こんな理由でも先輩と二人きりになれるのだから別に構わない。


「あの……先輩、そろそろいいのではないでしょうか……」

「ええぇぇ?! もうちょっといいじゃないか! ほんの少しだけでいいから。ハウマッチワンモアプリーズナウ!!」


 わーわーと騒ぐ先輩の豊かな胸が僕の前で揺れた。学校に隠れファンも多い先輩からの無意識のハニートラップに僕はついつい視線を奪われてしまう。だが、僕は紳士だ。サッと視線を戻した。紳士だから視線を戻したのだ。


「赤面する後輩君……なんて眼福なんだ……」

「眼福ついでに終わらせてくださいよ」

「いやいや私達の時間はまだ終わらんよ」


 いやね、そんなことを言ったってもうすぐ部活の時間も終わりなんですよ。先輩は肩にまで伸びる黒髪を片手で払いながら言った。


「……全く。難儀なものだね。どれだけ豊かになっても人間は時間という檻を突破できないものなのか。いや豊かになればなるほど……なのかな」

「難しいことをそれらしく言ってるところ悪いですけど、今回の再試験はどうだったんですか? ああいや再々再試験でしたっけ」


 僕の失礼極まりない指摘にも全く動じず、先輩は腕を組んだ。腕の上に二つの果実が乗っている様は僕の男子心をくすぐる。


「ふふふ愚かだな後輩よ」


 まさか……! 万年赤点と単純な総合成績では一年下の僕にも劣ると言われる先輩が赤点を回避したとでもいうのだろうか。これは快挙だ。ノーベル平和賞ものだ。お赤飯の準備もいるだろう。


「再々再々試験を先日行ったところさ。無論、落ちたがね」


 前言撤回。いつもの先輩だった。しかしこの人、これでやる気さえ出せば余裕で試験を突破できるのだから先生方としては難しいところだろう。


「ああ……なんか安心しました」


 何故かは知らないがほっとした。


「今の顔は中々……悪いけどもう一回頼めるかい?」

「すみません。やっぱり心配です」

「心配してくれるのかい?! そうかそうか!」


 先輩がにまりと笑って僕を見た。ああしまった。この表情に僕はおかしくされてしまったのだ。


「それじゃあ、将来はシェアハウスだね」


 と嬉しさ半分気恥ずかしさ半分な未来を語る先輩。無論、この人は僕を男として見ていない。


「……」

「一緒に暮らせば毎日、君を着せ替え人形に出来るぞー!!」


 ああ、全く。この人は、本当に僕のことを何だと思っているのか。

 ええいもう癪だ。言ってやれ僕よ。

 日頃から溜まってる鬱憤を晴らす時だ。


「先輩……。いいんですか」

「え、何がだい?」

「一緒に暮らしたら、先輩は僕が男をやっている姿も見ることになるんですよ」

「……えっ」


 喉に何か詰まったような声を先輩は出した。

 そう。この先輩。男性恐怖症でもないのに、何故か僕が女装するまで僕のことを見ようとしないのだ。


「い、いや……それは……」


 顔を赤くして、目を白黒させている先輩がどこか面白くてつい冗長してしまった。


「ああ、そうですね。では、この場で慣れてみますか?」

「な、慣れるって何よ……」


 口調が素に戻るまでに狼狽していた。まさかここまでとは。ここまで僕は嫌われていたのか。


「そうですか。先輩がそう来るのなら仕方ないです」

「だから、何を言ってるのよ」

「見せてやるんですよ。先輩に僕が男だってことを」

「え、えぇー?!」


 大変着替えにくいコスチュームのボタンを外していくと、先輩がいやいやをするように手を振った。


「べ、別にそんなことしなくていいよ。そんなことしなくたって君が男だってのは十分に分かってるから!」


 耳まで真っ赤にしている先輩を見て、鬱憤が少しは晴れたのを感じた。我ながら最悪の男だ。これで紳士だと。笑わせる。

 少しやり過ぎたと反省しつつ、謝ればきっと図に乗るのも分かっていたので謝れず気まずくなった僕は、部活の終了時間が迫っていることに気付いた。


「ま、それならいいですよ。という訳で、今後は言葉には気を付けて下さいよ。先輩」


 部室を出て更衣室に向かう途中でチャイムが鳴った。


「はぁ……くそ。かんっぜんに嫌われたな……」


 自然とため息が漏れるのを止められなかった。



 彼が部室を出て行ったあと、緊張状態にあった体の力が一気に抜けて私は床にへたり込んだ。顔の熱で頭がぼうっとしている。心臓はばくばくと音を鳴らして、息も出来なくなる。


「はぁ……ようやく出て行ってくれた」


 彼を部活に招待したのは、彼が女装したらとても可愛くなることを見越したのが理由だと彼には話していたが、それだけではない。あの最後に見せた強気なところ。柔和な表情の裏に隠れた本性。その癖、普段はそれを隠しているのだ。そんなところに私はおかしくされてしまったのだ。

 彼に女装を強いるのも、普段の彼を直視できないのが理由である。


「いやさ君、イケメン過ぎるんだよ。」


 静かな部室に響いた声は、誰の耳にも入ることなく消えていった。

 

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放課後の先輩 Naka @shigure9521

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