不敵に笑う先輩は、今日放課後推理する。
らぶらら
不敵に笑う先輩は、今日放課後推理する。
時計ってあるだろう?
毎秒毎分毎時間必ず同じリズム刻むアレだよ。
目覚まし時計なんて聞くとあまり良い思い出でない人も多いと思うけど、あれって、同じリズムでないことなんて絶対にないんだよ。
例えば、心臓の鼓動だって、その人の誕生。その人が産声を上げる前からその人が生涯を閉じるその時まで、一定のリズムを刻み続けている。
その人の生涯と言ったが、『人の生涯。』と言った方が良いのかもしれない。
人という種が、時計という時を刻むものを発明したその瞬間から、人は時計に見られている。
『深淵を覗き込む時、深淵もこちらを覗いている』とは、よく言ったものだけど、私はそうは思わない。深淵に覗かれたって何も無いだろうに。
それに、時計の針が止まったところで、周りの時間が止まるわけでも、過去が戻ってくる訳でもない。所詮、時計の発明や深淵どうのこうのの解釈だって、自分ではどうしようもないものに対しての、こうなって欲しい、こうであって欲しいという願望。人間の欲に過ぎないんだよ。
「……そうは思わないか?」
「なんですか、その話」
夕日がゆっくりと沈んでいく放課後。
教室の一角に向き合いながら、部活の先輩であるその人は、まるで大観衆にでも語りかけてるかのように、そんな話をたった二人しかいない教室に長々と話しかけていた。
長い黒髪に、整った顔立ち。淡く光る眼は全てを見透かしているような気がする。
眉木秀麗、成績優秀、スポーツ万能、そんな言葉がずらずら並んででてくるような完璧超人が目の前にいる。
この部の部長にして、諸悪の根源。
「そんなことより――」
「そんなことよりってことはないだろうに」
先輩がじっとこちらを見る。
お互いが話さなくなると、二人しかいない教室に静寂が訪れる。こうなれば我慢比べだ。先輩は依然僕を見つめる。
静寂、静寂、静寂、静寂―――――――敗北。
「………はぁー。じゃあ、それほど重要な話だったんですか?」
敗者は勝者に従うのが世の常だ。僕はため息をつきながら主導権を完全に譲る。
「それほど重要ってわけじゃないさ……………。まぁいい。それで、君は何を言いかけていたんだ?」
結局、僕が話す事になるんなら、あの沈黙は要らなくないか?とツッコミたい気持ちを強く飲み込む。
今日は、それ以上に聞きたいことがあったのだ。
「その、僕がこの部活入ってから一週間くらい経つじゃないですか」
「ん?あぁ、そうか。君が私の元へ来て熱烈に入部を希望してからもうそんなに経つのか」
「勝手に捏造しないでください!放課後、先輩に呼び出されたら、もう部活に入っていた事になっていたんですよ!」
入学して間もない頃、放課後に突然知らない声の人から、自信満々と言った感じで呼び出されたと思うと既に部員として、部活名も知らない部活に入っていた。
初対面だったんだぞ!
そりゃあ、先輩は有名だけど。
「この部活って何をする部活なんですか?」
「私に聞かないでくれ」
即答かよ。
「……………じゃあ僕は部員が二人しかいないこの部の先輩以外、世界中の誰に聞けばいいんですか?」
「言っておくが、この部の部員は、三人だぞ」
初耳だよそんなこと。
「……幽霊部員だけど」
――じゃあ、ダメじゃねぇか。
「あっ!そういえば、また先輩、勝手にチラシ貼りましたね!あれ、部員ってことになってる自分が怒られるんですよ。」
先輩が貼ったチラシというのは、部活勧誘のチラシだ。本来、生徒会に許可を得なければならないのを先輩が片っ端から貼っていくので、僕が剥がすのは日課になりつつあるのが現状。
「それはおかしい。貼ったのは私なのだから、私が叱られるべきだろう」
あなたは自分の立場を考えた方がいい………。
本人は気づいていないらしいのだが、校内の人気者に誰が注意できる?噂では一部ファンクラブがあるらしいじゃないか。中には教師にも加入者がいるとか。大丈夫なのかそれ。
「そもそも、先輩の所属している部活に入りたい人はいっぱいいるはずなのに、なぜこうも部員がふえないんですか」
これは本当だ。
現に先輩は学校では人気者だし、こんな何をするかも分からない部員であっても、入りたい人はいくらでもいるだろう。
そう僕が聞くと、先輩はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「ふーん、何故だと思う?」
あ〜、楽しそうだな〜。
どうせ真面目に考えたとこでいつも通りいじられるだけだ。
そう思いつつも、一応思案を巡らせ、答えに思い当たらないことを確認すると、僕は大きなため息を吐きながら聞き返す。
「はぁー、……さっぱりです。なぜなんです?」
そう聞くと、先輩は満足気に言う。
「私が丁重に断っているからだ!」
「あんたのせいか!」
道理で部員がこんなに少ないわけだよ。本人に断われたら仕方ない。
じゃあ、チラシなんて貼らないで欲しいが。先輩のやることなんて、理解不能だ。
「む〜、私にあんた呼びできるのは君くらいだぞ…………」
先輩の頬が膨れる。少し、可愛い。
「ふふっ、まぁいい。この部活はね、推理部だよ」
「推理部?……何をする部活なんですか?」
今までの人生で、聞いたことの無い部活だった。
「文字通り推理をする部活だよ」
先輩は得意気に言う。
「文芸部とかとは、何が違うんですか?」
文章を書いたりするだけなら、さほど変わらない気もするが、
「全然違うな。まずやることが違う。例えば、先生に頼まれた草むしりをしたり、教室でお菓子を食べたり、掲示物の張り替えをしたり、エコキャップ回収なんかもしたな。あぁ、そう!他部活に助っ人に行ったりもするぞ」
半分くらいボランティアじゃないか。なんだ、エコキャップ回収って。あれって、ボランティア部のポリシーみたいなものだろ。うちの高校のボランティア部は何をしてるんだ。
「あと、頼まれた相談を解決する、なんてのもやっている」
そう言うと先輩は徐に白い一枚の紙を取り出した。
「なんですか、それ。ラブレターにしては質素ですね」
「まあ言ってやるな。私がもらうラブレターなんか半分くらいは怪文書だ」
「スケールが違いすぎる!?」
「新学期に入ってからはあまりなかったんだがね、相談事だよ」
宛名もない一冊の封筒には綺麗な字でこう書かれていた。
『旧校舎の怪談―異界へ続く階段―が最近生徒の間で噂になっています。調べてください』
「入学したての一年生でも聞いたことくらいあるだろう。この高校旧校舎の怪談」
「まぁ、噂程度には知ってますよ。割と有名ですからね。えぇっと、七つあるんでしたっけ?」
この高校には、新校舎と旧校舎がある。
新校舎と言っても最近建てられたものではなく、もう少し昔のものらしいが、旧校舎に至っては百年近く前のものらしい。そして昔から旧校舎の怪談はこの地域一体で噂になっている。
「そうだな。この『異界へ続く階段』というのは、夜、学校に忍び込んだ学生が、あるはずのない四階への階段を上り、帰ってこなくなった。というのが、噂になったものだと聞いている」
ゴクリと唾を飲む音が響く。嫌な予感がする。自分の危機管理センサーが警鐘を鳴らしている。
「先輩、もしかしてですけど今いるここって…」
「ん?あぁ。旧校舎だな」
「なーに、大丈夫だ。さっき私も言っだろう。夜、学校に忍び込んだ学生が見つけたと。夜に見つけたということは、日が沈む前に帰ってしまえばいい」
そう聞くと、ホッと、胸を撫で下ろす。
「確かにそうですね。ちょっと安心しました」
ホッとする僕を後目に、先輩は徐に考えだし、ひとつの考えに思いたつと、こちらへ向かって言った。
「……さて、となるとあそこかな。よしっ、行くぞ」
嫌な予感、リターン。戻ってこなくていいよ、君は。
「行くって、何処へです?」
そう聞くと、先輩は一瞬呆れたような表情をすると、ニヤリと笑って実に楽しそうに言った。
「異界へ続く階段に決まっているだろう?」
「えぇ!嫌ですよ」
「なんだ?怖いのが苦手だったのか?」
「違いますよ。というかさっき先輩だって言っていたじゃないですか」
「別に見つけることが出来ないなんて言ってないだろう。いいから行くぞ」
先輩はそう言うと、教室を出て、長い廊下を歩きだす。
この旧校舎は、廊下が長い。理由までは分からないが、五十メートル走くらいなら簡単に出来そうだ。
「そういえば、君はこの旧校舎がどんな構造になっているか知っているかい?」
「いや、」
知るわけがない。入学して一ヶ月も経たない訳で、新校舎の構造も朧気なくらいだ。
「この旧校舎の怪談、七不思議なんて言われてるけどね。実はそれ以外にもこの旧校舎にはいくつか不思議な点ががあるんだよ」
廊下に響く、先輩の喋り声。
二人が歩く廊下には、他に人はいない。いや、この旧校舎にすら人影ひとつ見受けられない。そんな状況がより薄気味悪さを感じさせる。
「例えば、この旧校舎に地図はない。誰も知らないんだよ。
どこにどんな部屋があるのか。そりゃあ、毎日通っていれば、教室の位置くらい覚えるものだけど、詳しい事はほとんど分からない。
今じゃこの校舎を使う人はほぼ居ないからね。さっきいた教室だって、誰も使ってないから部室として使っているだけ。
……だけど、変だとは思わないか?なぜ使う人がほとんど居ないこの旧校舎は未だに残っているんだろう?」
先輩は、そこから先何も話さなかった。先輩の問いに対する答えを僕は持ち合わせていない。
長い長い廊下が終わり、角を右に曲がったところに突然それはあった。
一つの時計。
いかにも古そうなその時計は、この旧校舎が百年近く前に建てられたものだということを、裏ずけるようにそこにあった。
ここですか?と、聞こうとしたところで先輩が話し出す。
「『異界へ続く階段』って、それを見つけた学生はなぜ、異界へ続いていると思ったんだろうね。」
なんだそのとんちの効いた質問は、
「それはやっぱり、本人が直に見たからじゃないですか?」
「古くからね、人は、知らない事、見たことの無いもの、そして、普通じゃありえないことに恐怖を抱くものなんだよ。」
先輩は振り返りながら言う。そこから段々と見える先輩の横顔が少し、怖かった。
「例えば、……………時間が異常な速さで進むとかね。」
ゴーン、ゴーンと突然時計が鳴り出す。
そして、カチ、カチ、カチ、カチ、カチカチカチカチカチカチ、時計の針がありえない速さで過ぎていく。
「なっ、ど、どうなってんすか、これ?」
恐怖が加速していく。目の前にある爆弾を解除しているような気分だ。なにか得体の知れないようなものが迫っているような感覚に憔悴していく。
時計の針はどんどん進んでいく。カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ――――――
段々とあたりが暗くなる。日が沈んでいく。夜になっていく。まるで僕達の逃げ道を無くすかのように。月明かりに照らされて、目の前に何かが現れる。いや、今まで見えていなかっただけなのかもしれない。
「……か、階段?」
全身が震え出す。先程から鳴り止まない音が、時計の音か、身体の震えなのか分からない。
「―――――い。おい。おい!大丈夫か?」
はっと。視界が戻る。先輩が心配そうにこちらを見ていた。
「全く、この程度で気を失いかけてたら、キリがないぞ?」
そう言って、冗談任せに先輩が笑う。気がつくと、全身から汗が吹き出していた。
「はぁ、はぁ、だって、初めてこういうのを見たもんですから。なんていうか、オカルト的なものを、」
自分だって、怖い話程度でこんなに震えあがることは無い。目の前に超常的現象が起こればそうなるのも致し方ないだろう。
だが、先輩は実に不思議そうな顔をして僕に言う。
「何を言ってるんだ。そもそも異界なんて存在しないぞ。」
急なカミングアウトにリアクションも十分に取れないぼくの手を取って、異界への階段へ向かって走り出す。
「ちょっと!何してるんですか!そっちに行ったら、帰れないんですよ!」
先輩は、話を聞かずに走り続ける。段々と出口に近づく―――。
…………言葉が出なかった。
一面の空。周りには何も無い。気づけば、まだ日が沈みかけている真っ最中だった。
「どうだ?中々の景色だろう?」
「……あの階段は、屋上に続いてたんですね。」
「あぁ。さっき私は、なぜ、学生は異界へ続く階段と分かったか聞いたな?」
先輩が、ゆっくりとした落ち着いた声で語りかける。
「これは私の解釈だが、学生はこの景色を、誰にも渡したくなかったんだよ」
そう言って微笑む先輩の横顔はさっきとは違って、とても綺麗だった。
旧校舎の屋上から見える景色は、どこか懐かしいような、目を奪われるものだった。遮蔽物がなく、空を独り占めしているようか感覚。その学生の気持ちが少しだけ分かった気がした。
確か、この辺りは展望台やらなんやらが設置されるぐらいの星が見える場所だったとか。
「この景色は、確かに納得ですね」
「あの後、学生もちゃんと帰ってきたらしいしな」
「えっ!」
「この旧校舎の怪談が、いつ作られたかは分からないけれど、そんな話が、巡り巡って、この怪談を作り出したんだろう。」
急に、数刻前の自分が恥ずかしくなってきた。まぁ、この景色ならあの奇妙な時計の前を通ってでも来る価値があるだろう。………ん?時計?
「……そういえば、あの時計はなんだったんですか?」
「あれはただの時計だよ。壊れてるけどね。」
「そうだったんですか!!」
本当に、拍子抜けだ……。ただの壊れている時計に怖がっていたのか僕は………
「時計が鳴り始めたら、急に辺りが暗くなっただろう?あれは、時間を知らせてただけなんだよ。」
「時間?」
「うん、時間。屋上って、危ないだろう?だから昔から、事故が少なからずあったんだよ。そのための、アレだよ。あれはね、窓が特殊なのになっていて、一定の角度日が沈まないと階段が見えにくくなるんだよ。だけど、先生が毎日見回りをしないといけないから、完全に見えにくくする訳には行かない。毎日階段を探すのは嫌だからね。」
それは確かに嫌だ。あれを見えないまま探すのは本当に骨が折れる。
「だから、時計が鳴り出す頃に、階段が現れる。あれはちょうど、先生が見回りに来る時間だったんだろうね。」
「なるほど。そういう事だったんですね。」
「あぁ。っと。そろそろ戻ろう。本当に日が沈む。」
(君には、あぁ言ったけど、学生は本当に屋上の景色を見たんだろうか。先生が見回りの時間にしか階段は現れないのに)
「本当に、何を見たんだろうね。学生は」
「え?何か、言いました?」
「いやなんでもないさ。」
辺りを見回すと、すっかり暗くなっていた。
階段を降り、元を道を辿る。まるで、あの学生がしたように。やがて僕と先輩は、最初の教室に帰ってきていた。
「先輩は、こんな活動を続けてたんですか?」
「まぁね」
「僕は、この部がさらに分からなくなりましたよ………」
この人は謎だらけだ。今思うと、この人のことを僕は何も知らない気がする。
「最初に言っただろう?推理をする部活だって」
そう言って先輩は不敵に笑う。その名前は、いささか強引な気がするが、これにて今日の部活は終了だ。
今日も時間は過ぎていく。刻一刻と。止まってくれと嘆いても、気にもとめず、同じ速さで過ぎていく。
この高校にいる時間だって、今この瞬間から、刻一刻と過去のものになっていく。
だけど、この不敵に笑う先輩とその周りは少しだけ違う速さで進んでいる気がした。
不敵に笑う先輩は、今日放課後推理する。 らぶらら @raburara
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