第24話 オタクの行く道

 私は「ググト」のネット画像を見て魅了されてしまった・・・現実世界のオタクの「私」の話


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「これ!かわいい!」


 私は声を上げた。それはネットに拡散している画像だった。体から何本も触手を伸ばした生物だった。鋭い歯を並べた裂けた口と黒目の顔は恐ろしいが、それがアクセントになってより全体をユーモラスに見せていると感じた。


「これ、なに?」


 それは人を襲う化け物のようだった。だがそんなことはどうでもよかった。怪獣好きのオタクを自認する私にとって、この生物は新鮮な驚きを覚えさせた。ありきたりな姿でなく、人が想像したものではなくリアルに現実にあるものだ。こんなに興奮することがあるだろうか・・・。

 


 私は早速、LINEで仲間に紹介した。すると、


「すごくいい!」

「バズる!」


 とみんな言ってくれた。ここでは私のようなオタクしかいない。


「こんな化け物を持ち上げるなんて不謹慎な!」


 という大人はいるはずがない。みんな自分の感性で判断しているのだ。そこにいいも悪いもあるはずがない。ただ自分の心にヒットしたものにときめいているだけだ。


 ネットのうわさによるとその生き物はググトというものだ。平行世界から来た生物で、人の血を吸って生きているらしい。普段は人の姿をして日常に溶け込んでいるそうだ。本当かどうか知らないけど。でもそれだけで想像が膨らんでいく。



 それは普通の人の姿をして、いやイケメンな男性の姿をしている。彼は街角でなんとなく偶然にある若い女性と出会う。そして優しい笑顔を向けてその若い女性を誘惑する。彼はこの世の者ではないのだ。違う世界から来ている正体不明な謎めいた存在なのだ。その魅力に若い女性はなぜかひかれていく。そして導かれるようにある古い洋館に入って行く。彼の後を追って。気味悪いその洋館の中で、女性は一人で不安になりながらも彼を探す。そしてようやく大広間で彼を見つける。後ろを向いている彼に女性が近づいて声をかけると、彼は触手を伸ばしてググトの姿になって彼女を襲う。


「愛しているよ。」


 と言いながら首筋から赤い血を吸っていく。彼女はうっとりしながらそのまま気を失っていく・・・



 まるで現代の吸血鬼ドラキュラね。実際そうなりたいとは思わないけど、そんな悲劇のヒロインにはあこがれる。それに相手がググトなら・・・。




 私はググトをモチーフにイラストを描いた。それはあの毒々しさなどないユーモラスな姿に仕上がっていた。


「これはいい。これが私のググトだわ。」


 私は満足した。そしてその勢いのままに頭に浮かんだ物語を綴った。それはロマンチックでありながら、ググトを美化した物悲しい話だった。


「これをネット小説に。イラストを添えて・・・。」


 私はそれをある小説投稿サイトに載せた。するとその反響は予想以上に大きかった。オタク仲間がSNSで拡散してくれたのだろうか、一気に「いいね」を増やした。


「みんな、新しいキャラを求めているのだわ。かわいいばかりじゃない。リアルで怖いけれどどこか物悲しい存在を。」


 私は確信した。世の中の人は私と同じようにググトに引かれている。もはや私だけの押しではない。それならもっとググトを有名にしよう。この私の力で!




 私は俄然やる気を起こして同人誌をこしらえた。もちろんコミケに出店するためだ。かわいくしたググトの大きな人形も作ったし、準備は万端だ。同人誌を作るのに相当費用が掛かったし、それが売れたからと言って儲けが出るわけではなかった。ただ

(ググトの人気をもっと上げよう!)の一心だった。オタクのパワーはすごいのだ。


「おっ!すげえ!ググトだ!」

「あっ!ググトよ。ここにあった!」

「見て、見て!かわいい!」


 ブースは多くの人でにぎわった。スマホで写真を撮ったり、ググトの人形を抱きしめていった。もちろん同人誌はすべてあっという間に売れた。そして驚くべきことにググトのコスプレをしている人も多くいた。よくできている。それは私が感心するほどだった。

 コミケに以前、色々出したことがあったがこんなことは初めてだった。


(ググトって魅力的でしょう。みんなももっと好きになって。)


 私は、まるでググトを自分が作り出した創造物と勘違いし始めていた。だがググトは実際にいるのだ。今もどこかで誰かが襲われているかもしれない・・・。




 それは帰り際のことだった。浮かれていた私は、一人の男がこちらを探るように見ているのに気付いた。私がそっちをみるとその男はすぐに隠れた。


(私を見張っている?まさか・・・)


 私は気付かれないように鏡をうまく使ってその男の様子を逆に探った。

 それは知らない男だった。大学生風でまじめな感じだった。ただ何か物悲しいオーラを放っており、厳しい顔をして悲劇のヒーローという感じだった。


(どうして私を?)


 そう思いながらも私にはうすうす感じていた。


(彼はググトだわ!あの何か悲し気な表情は・・・)



 私の物語では、男は血を吸う目的で女に近づき、やがて2人は恋に落ちる。女は男の正体を偶然、知ったが、それでもその男を思い続ける。男はググトになって別の女を襲って血をすすり続けるも、彼女だけは襲うこともなく愛し続ける。だが何かの間違いで知らずにググトになって彼女を襲って殺してしまう。絶望したその男はそのまま命を絶って泡になって消えてしまう・・・



 あの男はまだ私を見張っている。一人きりになるのを狙っているに違いない。私の血をすするために・・・。そう思うと私は恐怖で冷や汗が出た。


(もし襲ってきたらどうしよう。)


 もちろん物語の様に恋に落ちて・・・というわけにはいかない。彼の獲物の一人として血を吸われて殺されるだけだ。人を呼んで助けてもらおうにも誰も信じてもらえないだろう。実際にググトという化け物が人を襲っているが、多くの人はフィクションだと思っているのだから。何せ、ググトの物語をでっちあげた張本人が私だから。


(とにかくまいてみるか?もしかしたら私の勘違いかもしれない、)


 私はそう思って角を曲がると急に走り出した。そして追いつけないようにあちこちを複雑に曲がって物陰に隠れた。

 しばらく様子を見たが誰も追ってくる様子はなかった。辺りは少し薄暗くなってきた。


(気のせいか・・・。そうね。ググトがそう簡単に襲ってくるわけはないわ。私なんかに目につけて)


 私は少しがっかりもしたが、とにかく安心して隠れた場所から出て道を歩き出した。


「!」


 私は愕然とした。ショーウインドウのガラスにあの男が写っていた。やはり私をつけてきているのだ。辺りはますます暗くなって人通りも少なくなってきた。そしてこの道を行けばますます寂しいところに出てしまう・・・。まこうと思っても辺りは建物の少なくなって隠れる場所などなかった。男はまだ遠くにいたが少しずつ近づいてきているように思った。私は冷や汗を流して焦っていた。


(このままでは殺される・・・)


 とにかく逃げようと私は走った。捕まったら命はない。とにかく一人でいたら危ない。せめて助けが呼べるところまで・・・。

 すると天の助けか、その先におばさんが一人で立っていた。微笑をたたえ、やさしそうな人だった。私は肩で息をしながら言った。


「助けてください。追われているんです!」


「えっ!そうなの。それは大変だわ!」


 おばさんはそう言ったが慌てていなかった。私は振り返ってみたが、追ってきていた男は姿を消していた。私はそのおばさんが信じてくれないのではないかと思って、


「追われていたんです。本当に!」


 と言った。だがおばさんは微笑んでいるだけだった。


「ググトなんです!私は血を吸われて殺されるんです!」


 私は懸命に訴えた。信じてもらえないかもしれないが、私はそう言うしかなかった。すると


「いいのよ。もう怖がらなくて。」


 おばさんは優しく言って、私の方に近づいてきた。


「信じてください!本当なんです。」


 私は必死になった。


「わかっているわ。ググトを知っているのよ。」


 おばさんの言葉に私は逆に気が抜けた。信じてもらえたのか・・・いや簡単に信じてもらえるのだろうか。もしかして私の小説に出てくるググトを知っているということだけで、実際にいるググトを知っているわけではないのか・・・。いろんなことが頭を駆け巡った。


「知っていたんですね。ネット小説?同人誌ですか?あれは私が書いたんです。でもフィクションでなく本当にいるんです。ググトが。」 


「いるわよね。本当に。」


 おばさんは意味ありげに言った。そこに何か不気味な雰囲気を感じた。気味が悪くなった私はこの場から離れようと思った。

「もう大丈夫みたいです。帰ります。」


「ちょっと待って。あなたの小説も同人誌も見たわ。素晴らしかったわ。」


「あ、ありがとうございます。」


 私はお礼を言ったが。おばさんは目の前まで近づいていた。


「でも本当のを見せてあげる。」


 おばさんはそう言うと、やさしそうな顔が崩れて葉が並ぶ恐ろしいものになった。そして触手が伸びてきて私をがっちりとつかんだ。


「グ、ググト!」


 私は驚きのあまり、それしか声が出なかった。リアルなググトはやはり恐ろしい。そこには甘美な物語など存在しない。ただ死が待っているだけだった。


「そう、これがググトよ。いいでしょう。素晴らしい作品を書いてくれたからあなたのことが気になって見ていたのよ。私の獲物にしようと思って。」


「た、助けて!」


 私は何とか声を絞り出した。しかしググトは私をしっかり捕まえたままだった。そしてその恐ろしい顔に不気味な微笑を浮かべていた。


「あなたが好きなググトに血が吸われて永遠の眠りにつくのよ。あなたも満足でしょう!」


「いや!いや!絶対にいや!」


 私はオタクに生きているんだ。リアルな現実からは目をそらしているんだ。小説や漫画の中なら美しい死もあろうが、こんな化け物に殺されるのだけは絶対にいやだ。

 だがググトの口は私に迫ってきていた。このまま体を切り裂かれ血を吸われてしまうのだろうか・・・


「待て! その人を放せ!」


 いきなり声がかかった。その方を見るとさっきの男が立っていた。


「マサドか!貴様、ここにいたのか!」


 ググトが声を荒げて言った。


(マサド?それ何?)


 私が疑問に思って見ていると、その男は、「エネジャイズ!」と叫んだ。するとその男の周りに何かのエネルギーが集まり、影のような黒い姿に変わった。


(これがマサド!)


 これから何が起こるのだろうかと私は少し興奮していた。何か私の心をくすぐるようなことが起こる気配がしていた。


「行くぞ!」


 そのマサドというものはググトに向かって行った。ググトは触手で対抗したが、だんだん押されてきているようでついには私を放り出した。そしてすべての触手をマサドに向けていった。だがマサドは強かった。キックやパンチでググトを叩きのめして最後には倒した。ググトは泡になって消えていった。私は地面に座り込みながらその様子をすべて見ていた。


「大丈夫ですか?」


 マサドは人の姿に戻ると私を抱き起した。私はお礼を言いながら湧いてくる疑問をぶつけた。


「ありがとうございます。マサドっていうのですか?」


「ええ。ググトを倒す者です。危なかった。あんな同人誌を描いたから、ググトに狙われてしまったのです。」


「じゃあ、私の身が危ないからついてきてくれたの?」


「そうです。でもあなたはこれ以上、ググトのことを書かない方がいい。また別のググトがあなたに興味をもって、人に擬態して殺そうとしてくるかもしれない。すばらしい獲物として。」


 そう言って男は立ち去ろうとした。


「ちょっと待って!名前を教えて!」


 なぜか私は彼のことが気になっていた。


「ただのマサドさ。じゃあ。」


 男はそう言うとそのまま走って行ってしまった。私にはその男の手のぬくもりがまだ残っている気がした。




 私はまた夢中になるものを見つけた。それはマサドだ。私を救ってくれたヒーローだ。空想ではないリアルな存在だ。考えるだけでワクワクする。私はまた秘めていたやる気のパワーを発揮した。でも今度は小説や漫画を描いたわけじゃない。


(小川涼介っていうのか。香鈴大学の学生で・・・。まあ、いい感じだ。でも彼女がいるのか・・・う~ん)


 私は彼のことを調べ上げたし、後ろからつけて行ったりもした。人はストーカーというかもしれないが、それはそれでいい。だってオタクだもの。好きな道にまい進するだけだから!

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