第23話 残酷なもの

俺は3匹の子猫を預かる羽目になった。しかし俺は子猫が苦手だった。それは・・・現実世界の「俺(小川涼介)」の話


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 人間って残酷なものだと俺は思う。どんな生き物にも命があり、それは尊重されねばならいはずだ。しかし人間はその命を奪うことに何の罪悪感を抱かないことがある。俺を含めて・・・



 1週間前のことだった。理沙が段ボール箱を抱えて俺のアパートに来た。


「ごめんね。持ってきちゃった・・・」


理沙はすまなそうに俺に言った。その箱の中から何かが動く音とかすかな鳴き声が聞こえた。


「これは一体・・・」


俺が言いかけると、それを遮るように


「道端に捨てられていたの。可哀そうでしょう・・・」


理沙はそう言って箱を開いた。


「これは!」


そこには3匹の子猫がいた。生まれたてらしくまだ小さかった。キジトラというのだろうか、ありふれた模様をしていた。


「どうするんだよ?」

「飼えないのはわかっているけどあまりに可哀そうで・・・」


多分、理沙のマンションではペットは飼えないのだろう。俺のアパートはペットが公認というわけではないが、仕方なく黙認されていた。


「いや、どうしよう・・・」


俺は猫が苦手だった。何を考えているかわからず、気まぐれだからだ。それにもう一つ訳が・・・。しかし理沙は何とか俺に飼わせようとしていていた。


「こんなにかわいいのよ。ほら。」


理沙はその中の一匹を抱いて俺に見せた。子猫は、


「にゃあ。」


と弱々しく鳴いた。


「ねえ、かわいいでしょう!」


理沙はやや強く俺に言った。俺に「かわいいね。」と言わせるかのように。


「無理だよ。俺は猫が好きじゃないし・・・」


俺は理沙の企みを何とかかわそうとした。このままでは3匹の子猫を飼う羽目になる・・・。


「ねえ、捨てられていたのよ。かわいそうじゃないの・・・」


理沙は鳴き落としの手を使ってきた。このまま拒否し続ければ、俺は薄情で冷酷な人間ということにされてしまうだろう。理沙はこのまま強引に俺にこの3匹を押し付けるに違いない。ここは少し引いてみるか・・・


「じゃあ、この3匹の子猫の引き取り手を探してくれよ。それまでなら何とか面倒をみる。」


俺は渋々という雰囲気で言った。


「そう!そうしてくれたらありがたいわ!」


さっきまで悲し気にしていた理沙は急に機嫌がよくなった。まあ、いつものことだ。しばらく辛抱してみるか・・・




 それからアパートに帰ると3匹の子猫が出迎えるようになった。俺を飼い主と認識しているのか、にゃあにゃあと鳴いてそばに寄ってくる。俺は「ただいま。」と言って頭を撫でてやる。そして子猫のえさを用意して食べさせている間に、子猫が荒らした部屋を片付ける…そんな毎日だった。猫が好きになったということはないが、少しずつ愛着は湧いてきていた。理沙もちょくちょく来ては子猫をかわいがっていた。


「引き取り手は見つかったかい?」


俺はいつも訊くが、


「まだなの。いろんな人に当たっているけど。もう少しこのまま面倒をみてね。」


理沙はそう答えた。そして挙句の果てに、


「だいぶ慣れたみたいじゃないの。このままでもいいんじゃない。」


などととんでもないことを言い出すのであった。俺はこのまま3匹の子猫と暮らせねばならないのか・・・



 そんなある日、俺は街でググトの存在を感じた。それも真昼間に急に現れたのだった。こんな時はググトが切羽詰まった時が多かった。


(夜間に出かける人が少なくなった。だから多くの人が歩き回る昼間の街を狙ったのだ。そこなら人間は多くいて捕まえやすい。マサドに発見されるリスクはあるが・・・)


 実際、この平行世界に来たマサドの数は少ない。奴はそれに気づいたのだろう。この世界ではググトの好き放題にできる。


 俺はググトがいる方向に向かった。そこには・・・

もう犠牲者が出ていた。それも数人も。そしてググトが2匹いた。となれば結論は一つ。奴らはつがいだ。そして多くの人間の血を吸って繁殖する可能性がある。


「これはまずい!ここで根絶やしにしなければ。」


俺はすぐに、


「エネジャイズ!」


とマサドになって向かって行った。


「マサドがいたのか!」


大きい方のググトが声を上げた。するとこっちがオスで小さいほうがメスか・・・・それならまずメスの方を倒さねばと思うのだが、


「僕が相手だ!」


と大きいググトが俺の前に立ちふさがった。


(くそ!それなら早くこいつを倒して、メスの方も逃げられないようにしなければ。)


俺は大きいググトに攻撃を仕掛けていった。そのググトは必死だった。触手を懸命に動かし、何とか時間を稼ぎだそうとしているようだった。俺たちが戦っている間に、小さいほうのググトは人間の血をできるだけ吸い込んでいた。そして他の触手にもまだ捕まえている人間がいた。犠牲者がさらに増える・・・


(こうなったら多少のダメージは目をつぶって突っ込むのみ!)


俺は大きいググトの懐に入り込んだ。そしてパンチを何度も食らわせた。


「ぐあー!」


大きいググトは体を破壊され泡になって消えていった。


(よし、次は小さいほうのググトを・・・)


俺は向こうを見た。


「いない!」


小さいググトは姿を消していた。俺が大きいググトと戦っているうちに逃げてしまったようだ。人の血を大量にすすって・・・


「まずいことになった・・・」


俺はこれから起こるであろう、恐ろしいことに頭を悩ませていた。



 俺がアパートに帰ると、いつものように子猫が出迎えていた。しかしすぐに俺から離れていった。今日の俺はググトを殺戮した残虐な獣だ。子猫たちは俺から危険なにおいをかぎ取ったのかもしれない・・・

 それでも俺は子猫たちに餌をやる。そして皿に牛乳を入れてやると3匹は並んで一生懸命に舐めていた。その姿が愛らしい・・・と思っていたのはいつまでだっただろうか?今の俺、いや、かなり前から俺はそう思わなくなっていた。むしろ嫌悪感さえ覚えていた。



 取り逃がした小さいほうのググトを放っておくことはできなかった。早く発見して倒してしまわねば・・・俺は焦っていた。

最近の俺を見て理沙は


「何か怖い・・・」


と言い出した。確かに最近の俺は変だ。しかしそうならなければやり遂げられないこともある。心を鬼にしてとはよく言ったものだ。まさしく今の俺はそうだった。そんな気持ちであのググトを追い詰めようとしているのだから・・・。



 それから半月ほど過ぎた夜だった。夜道を歩いている俺は感じた。ググトが現れたと・・・。

俺はすぐにその方向に向かった。すると


「ぐうううっ・・・」


と押し殺したような悲鳴が聞こえてきた。捕まえた人間が騒がないように口を押えているのは間違いないが、そのググトはその人間をすぐに殺そうとしていない。つまり生きたまま連れ去っているのだ・


(これはまずい!やはりこうなってしまったのか!)


俺は唇をかんだ。しかしいくら悔やんでも仕方がない。俺は俺のすべきことをするだけだ・・・


「エネジャイズ!」


俺はマサドに変身した。そしてそのググトを探し出そうと走り回った。だがググトの気配はわかるのだが、どうしても見つけられない。早く決着をつけようとして焦っているためなのか、それともこれから目にすることを心の底で拒否しようとしているためなのか・・・。俺の心がどっちを向いていようとも俺は必ずしなければならない。


「あそこだ!」


 俺はようやくググトの居場所を突き止めることができた。それは古いアパートの1室だった。そこから奴の気配が強く感じられた。いや奴だけでなく・・・

 俺は深呼吸してそのアパートにゆっくりと近づいて行った。自分の心臓の鼓動が聞こえてくるほど俺は緊張していた。

 それは奴も同じだった。アパートのドアの向こうで俺を待ち構えているのだろう。だが俺より奴の方に余裕がなかった。その1室に踏み込まれることだけは避けねばならないと思っているからだろう。

 俺が近づくといきなり、別のドアからあのググトが出て来た。


「ぐあー!」


大きな声で威嚇しながら触手を振り回してきた。奴は俺を倒そうと必死だった。だがここでひるむわけにいかない。ここで引いたら恐ろしいことになる・・・。俺も奴を倒そうと必死に戦った。すると奴はパンチを数発食らって苦しがった。


「もう少しだ!」


俺は奴を仕留めようとするが、奴はその攻撃を巧みにかわして下がっていった。そして逃げ回りながら俺をそのアパートから引き離そうとしているようだった。


「そんな手に乗るか!」


俺は飛び上がって奴の退路を断った。それでも奴は破れかぶれで暴れ回った。俺は慎重に奴の動きを読んで、連続キックで奴を仕留めた。


「ぐうーん!」


ググトは悲しげに泣くような声を上げた。それは残されたものへの最期の言葉のようだった。そして奴は泡になって消えていった。

 そのググトの最期の叫びは頭の中で何度も反響していた。俺はそれを振り払うかのように頭を横に振ると、前にあるアパートの1室に近づいた。そこにはあの光景が広がっているはずだった。


「いくぞ!」


俺は自分に言い聞かせるように声を出した。こうでもしなければそのドアを開け開けたドアから中の様子が見えた。それは俺が思った通りのものだった。ドアから中の様子が見えた。それは俺が思った通りのものだった。

 気を失った男が大の字に寝ていた。そしてその体の3か所が斬り裂かれていた。その傷に3匹のググトの子供が血をすすっていた。そうだ。あのググトは母親であり、ここで子供を産んだのだった。その子供たちを育てるために人をさらってきて、ここで子供たちにその血をすすらせているのだ。

 見ようによってはほほえましい光景・・・ということになるのかもしれない。犠牲者が人間でなかったら・・・

 俺は向こうの世界にいた時も何度もこの光景を目にした。そこで俺が取るべき行動は一つだった。その度に俺の心は荒んでいく気がしていた。

 俺は子供のググトを男から放して部屋の隅に投げた。3匹ともだ。すると男は目を覚まして起き上がると、辺りを見渡し、傷ついた自分の体を見た。そして自分の置かれていた恐ろしい状況にようやく気付くと、


「ぎゃあ!助けてくれ!」


と外に逃げて行った。部屋の隅に追いやられたググトの子供は手足をばたつかせて、


「きゃあ、きゃあ・・・」


と悲し気な泣き声を上げていた。母を呼ぶ声なのか、腹が減ったと言っているのか・・・。俺はもうそれ以上、手を下すことはできなかった。いくら狂暴なググトの子供であっても・・・。

 やがてその泣き声は弱くなり、そして消えていった。儚い泡になって・・・そこには何も残っていなかった。俺はそれを見て大きくため息をつくと、その部屋を出て行った。



 夜遅くアパートに戻るとやはり3匹の子猫が出迎えていた。俺からは血の匂いがしているはずだが、慣れてしまったのか、それともお腹がかなりすいたのか、俺からは逃げずにまとわりついて、


「にゃあ、にゃあ。」


と鳴いていた。


「遅くなってすまなかったな。そら。」


とりあえず俺は子猫たちに牛乳を与えた。そしてえさの準備をした。子猫たちはぴちゃぴちゃと牛乳を飲んでいた。その光景が俺の頭の中で、さっき見たググトの子供が血をすする様子に重なっていた。

 俺はこんな奴らを殺してきたのだ。あのググトの子供とこの子猫たちにどれほどの違いがあるのだろうか?俺のやったことは残虐だったのか?・・・多くのことが俺の頭に浮かんでいた。ずっと前から犬や猫の動物の子供を見ても俺はいやされることはなかった。むしろ自分のしてきた事に対する嫌悪感を覚えていた。この子猫たちを見ているのももう限界が来ていた。



 次の日、理沙が子猫たちを持っていった。それぞれの引き取り手が見つかったそうだ。俺はほっとしてようやく人心地つけた。


「いなくなったら寂しくなったでしょう?」


理沙は俺に訊いたが、俺は黙って首を横に振った。


(これでいいんだ。引きとられた子猫たちは可愛がられて幸せに暮らすだろう。子猫に嫌悪感を示す俺と一緒にいない方がよっぽどいいだろう。)


俺は思った。俺はしばらくは子猫のことを思い出すだろう。そして俺が殺したググトの子供のことも・・・

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