第5話 ストーカーの彼

 ググトのいる世界から来た小川涼介と出会った「私(中村理沙)」の話。

 第4話の別視点から。


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 私はある男にストーカーされていた。いやストーカーされたことがあったというべきか・・・。


 大学に行く電車の中にその男はいた。同じくらいの年で向こうも大学生のようだった。こっちを何度も見てくるのには気づいていた。私が電車を降りると、その男も降りてきた。向こうはこっちが気付いていないと思っているようだったが、あんな下手な尾行、誰だってわかる。

 講義が終わって帰るときもあの男はいた。そしてまた私の後をつけてきた。普段なら友達と帰って寄り道するところだが、その日はたまたま一人だった。その男は私の後に電車に乗り、そして同じ駅に降りた。そして私をずっとつけてきていた。


(やっぱりストーカー! 家を確かめようとしているんだわ!)


 私は少し怖かったが、相手が弱々しい男に見えたので途中でやり込めることにした。

 すっと角を曲がって男が来るのを待った。そうすると案の定、男が角を曲がって私と出くわした。その男は私が待ち受けているのを見てひどく動揺しているようだった。


「あなた! どういうつもり! 私をつけたりして!」


 ここは間髪入れずに言ってやった。するとその男はさらに動揺していた。なにかぼそぼそと言い訳をしているので、


「嘘言わないで! 朝も私をつけてきたでしょう」


 とはっきり言ってやった。そうすると男は私のことを「理沙」と呼んだ。


(私の名前を知っているなんて!ずっと前から私を狙っていたの!)少し怒りを覚えて、


「なれなれしく呼ばないで。私はあなたなんか知らないわ」


 と言ってやった。すると男はさらに「中村さん」だの、私に住んでいる「カートマンション」のことを言いだした。


(悪質なストーカーね)


 私はこの男をやり込めたくなった。だがその男は両手を合わせて必死に謝った。その姿は何だか憎めなかった。


(悪い人には見えないし、あんなに謝っているからまあいいか・・・)


 私は張りつめていた気が抜けて、その男を許す気になった。


「まあ、いいわ。そんなに言うなら許してあげる。あなた、悪い人に見えないから」


 と言って、すぐにその場から立ち去るふりをした。そして隠れて、その男がどうするかを見ていた。

 男はため息をついてそのまま走って駅の方に向かっていった。なんだか寂しそうな背中に何か気にかかるものがあった。



 友達にそのことを話すと、


「危ないじゃない!それは本当のストーカーよ!何をされるかわからないわよ!」

「警察に相談した方がいいわよ」

「隠れて見ているかもよ。今日はついてこなかった?その男」


 と心配して言ってくれた。だがそれ以来、その男は私の前に現れなかった。後をつけている気配もなかった。


(これで安心だわ)


 と思った反面、なぜか寂しい気持ちがあった。




 数日後、友達の待ち合わせの場所に急いでいた。河原を通りかかると、そこにあの男がいた。彼はじっと川面を見つめていた。その後ろ姿は何だか寂しげで、何か大きな悩み事でも抱えているように見えた。それを見て私は放っておけない気持ちになった。その男がストーカーだったことも忘れて声をかけた。


「どうしたの? さっきから寂しそうに座って川を眺めていて」


 だがその男は私をそこから追い払おうとしていた。ストーカーだったくせに・・・。でもそれでもなんだか放っておけなかった。彼のことが少し気になり始めていたかもしれない。

 私は強引に彼の横に座った。すると彼は驚いていた。


「なにをそんなに悩んでいるの?」


 彼は話そうとしなかったが、私にはわかっていた。何か悩んでいる。それも過去に悲しいことがあったようだ。私はそんな人を見ると励まさずにはいられなかった。だが彼の口は重かった。仕方がないので私は自分のことを話した。彼はまるでそれをすべて知っているかのように、「うんうん」と聞いていた。


(この人、根はやさしい人なんだわ。だから傷つきやすいのね。それにすべてを背負ってしまうタイプね)


 私は理解した。もっと彼の話を聞いてあげたかったが、もう待ち合わせの時間が来ていた。LINEを交換でもしようとしたが、故障中かなんかでスマホを持っていないと言った。私は嘘と思ったが、ここまで来たら嫌でも彼のことを知ってやるという意地になっていた。だから学生証を見せてもらった。彼は小川涼介という香鈴大学の学生だった。



 それから電車の中で顔を合わすようになった。もっと話を聞きたかったが、涼介はなぜか避けるように話もあまりせず、電車を降りていった。


(強引すぎて嫌われちゃったかな? まあ、いいか)


 私はそう思っていた。



 それからしばらくして偶然、街で涼介を見つけた。彼は何かを追っているようだった。


(もしかしてまたストーカー? 今度は誰?)


 私は涼介の目線を追った。その先には中年の男がいるだけで、それらしい人はいなかった。


(勘違いか・・・)


 私はほっとして、「おおい!」と涼介に手を振った。すると涼介は見たこともないような緊張した顔をして声を上げた。


「逃げろ!」


 私は最初、何のことかわからなかったが、私の方に来るあの中年の男が急に化け物に変わった。


(ば、化け物!)


 私は怖くて動けなかった。その化け物は私に触手を伸ばしてきた。最近、化け物が急に現れて殺される事件が頻発していた。私も殺される・・・と目をつぶった瞬間だった。


「バーン!」


 私は何かに突き飛ばされた。気が付くと私は地面に倒れていて、あの化け物を涼介が押さえていた。


「逃げろ!」


 涼介はまた叫んでいた。だが私はまだ化け物の恐怖に呆然としていた。


「また君を失いたくないんだ! 早く逃げてくれ!」


 涼介はさらに叫んでいた。その悲痛な叫びに私は我に返ってその場を逃げてしまった。

 しばらくして振り返ると騒ぎは収まっていた。もう化け物がどこかに消えてしまったようだった。


(涼介は私をかばって化け物に殺されてしまったわ・・・)


 私はひどく悲しい気分になった。


「涼介・・・」


 そんなに親しいわけではなかったのに、なぜか恋人でも失ったような喪失感に襲われていた。


(私をかばってくれて・・・もう涼介はいない・・・)


 気が付くと目から涙がこぼれていた。

 だがふと遠くを見ると、涼介が寂しそうに歩いていた。深刻な顔で何か考えごとをしているようで、その表情は冴えなかった。私は涙を拭いた。うれしくて飛びつこうかと思ったほどだったが、なぜか、さっきの涼介の言葉が気にかかっていた。


(『また君を失いたくないんだ!』ってどういう意味?私が過去に死んでいるっていうの?)


 私はそれを確かめたくて仕方がなかった。だから私は歩いてくる涼介の前にいきなり飛び出した。そしてさっきのお礼も言わずに疑問をぶつけてしまった。


「またって何?」


 その問いに涼介は怪訝な顔をした。自分の言ったことを覚えていないようだった。だから私はさらに畳みかけた。


「またって何よ。言ったでしょう。『また君を失いたくない』って」


 涼介は何かを思い出したようにひどく動揺していた。それを見て私は確信した。


(確かに何かある、何か深いわけが・・・私と涼介の間には・・・)


 だがいくら問いかけても涼介は何も言おうとしなかった。


「過去に私以外の誰かいたということ?」


 私は意地になり、何とか聞き出そうとしていた。涼介は困った顔をしていたが、突然何かがひらめいたように言った。


「あ、ああ。そうなんだ。彼女がいたんだ。昔」


 だが彼は私から目をそらしていた。


「どんな人?」


 私はその答えに納得せず、涼介を問い詰めた。


「ええと・・・ああ。君に似た人だった。振られてしまってね。だからまたって言ったんだ」


 涼介は何かごまかしているようだった。だがそれなら私をつけてきたことも他のことも何とか説明はつくが・・・何か引っかかる気はしていたが、私はそれで涼介を問い詰めるのを止めた。これ以上聞いても、本当のことは聞けそうにない気がしていたからだ。


「そうだったの。あ、ごめんね。変なこと聞いて。それよりさっきはありがとう。助けてくれて」


 私は涼介にやっとお礼を言った。


「いや、いいんだ。じゃあ、俺は行くよ」


 涼介はそう言って歩いて行ってしまった。

 私は何だかしっくりいかない気持ちになっていた。涼介は何かを隠している。それに・・・


(あの化け物、一体どうしたのよ。あれにたくさんの人が殺されているのよ。まさか涼介が倒したわけじゃあないでしょうけど・・・)


 私には次から次に疑問が沸き起こっていた。




 涼介はその日以来、私の前に姿を現さなくなった。明らかに私の事を避けているように感じていた。


(そっちがその気なら・・・)


 私は涼介の通う香鈴大学の前で彼を待った。しかしいくら待っても彼は姿を現さなかった。私はふられたような寂しい気分になっていた。


(向こうから追いかけてきたのに、私の方がこうなるなんて・・・まるでストーカーね)


 私は何かおかしくなってしまったのだろうか・・・私は涼介に会うのをあきらめて駅の方に戻っていった。すると近くで、


「ぎゃあ!」


 と叫び声が上がった。


(なに!何が起こったの?)


 私は周囲を見渡した。するとまたあの化け物が姿を現した。なんだか前に見たより大きく太くなっている気がしていた。化け物は一人の若い女性をつかまえて体を斬り裂いて血をすすり、次の獲物を探しているようだった。


(逃げなくちゃ!)


 私は慌てて走って逃げようとした。だが人ごみで足を取られて転んでしまった。逃げ遅れた私をその化け物は触手でつかんだ。


「助けて! 涼介! 助けて!」


 私は思わず涼介を呼んでいた。それはなぜだかわからない。だが心の奥底で涼介が助けてくれるような気がしていた。

 だが化け物の口が私に迫っていた。私は気が遠くなっていった。


 


 気が付くと私は道路のわきで寝かされていた。そしてそばには涼介がいて、私の顔をのぞきこんでいた。


「大丈夫か? 痛いところはないか?」


 涼介は優しく訊いてきた。思わず私は涼介に抱きついていた。


「もう大丈夫だ。あのグ、いや化け物は消えた」


 涼介は私を振りほどいて言った。


「一体、私はどうなったの? 化け物に捕まったんだけど。その後を覚えていないの」


 そうは言ったが、気が遠くなった私はかすかに何かを見ていた。何か黒い人影が現れて化け物を倒して私を助けてくれたような・・・。それは涼介のような気がしていた。


「いや、わからない」


 涼介はそう言ってまた行ってしまおうとしていた。


「待って!」


 私は起き上がって呼び止めた。


「本当のことを言ってよ。もう耐えられないわ。何を隠しているのよ!」


 私は涼介に訴えかけた。彼は立ち止まって私をじっと見つめた。


「わかった。もう隠せない。君には」


 涼介は真剣な顔をして話し出した。


「俺はこの世界の人間じゃない。ググトという化け物がいる世界から来た。俺はマサドに変身してググトを倒すことができる。だが何かが起こって俺やググトがこの世界に飛ばされてきた。だから・・・」


 涼介の話を聞いていて私は「ぶっ!」と吹き出した。あまりに荒唐無稽な話だから・・・。私の反応に涼介は意外な顔をした。


「ええ、もういいわ。あなたが変身して助けてくれたのね。ありがとう」


 私は立ち上がった。


(この人、中2病だったんだわ。頭の中で悪い敵と戦っているのね。悲劇のヒーローとして。まあ、面白いから付き合ってみようかな)


 私はそう思った。それで何か心が晴れていく気がした。


「それよりスマホはどうなったの? まだ直らないの?」

「ああ」

「それならメールでやり取りしましょう。パソコンならあるんでしょ。アドレス教えて」


 それで私はやっと涼介と連絡が取ることができるようになった。今日も駅に彼を呼び出している。さて今日はどこに行こうかな。


 でもスマホの修理はいまだに終わらず、LINEで連絡は取れないままだった。


(もしかして機械音痴?スマホを使えないからそう言っているのね。それなら私が教えてあげるのに)


私はウキウキしながら駅に向かった。

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