仲間になりたそうな目でこっちを見ている。



 * * * * * * * * *




「わははははっ! ひーっひっひっ! あーおもれえ!」

「に、ニース、プッ……ククッ、笑う……うっ、のは、オフフッ、ぶっ、失礼だよふっ……ふふっ」

「いや堪えられてませんから。もういいです、笑って下さい。笑って下さった方がいっそ有難いです」

「じゃ、じゃあ……ぶあははははっ! おめ、おめえ大きくなるの意味、ふへへへっ、オレでも、オレでも分かる……馬鹿か、笑うしか……ねえだろあははははっ!」

「いや、あなたは最初から笑ってますよね?」


 アーサーが地面を全力で殴った後、その怪力に感動したニースがアーサーを食事に誘った。


 立ち寄った飯処は、調理場以外、土間の床に不揃いな椅子と傾いた机があるだけ。

 この町ではこれが普通であり、家の中に木板や石の床がある方が珍しいという。


 机の上に縁の欠けた皿、不揃いな平たいパン、カレーが置かれると、それぞれが自分の皿に取り分ける。

 ガサツな町らしさ溢れる、大皿以外のメニューがない店なのだから仕方がない。


「なあ、飲み物が水とビールしかねえんだけど」

「しかも水が飲みたきゃビールを頼めって、ちょっと何を言っているのか分からない」

「この付近は雨が少ないからね。綺麗な水は貴重なんだ」


 一通り食べ終えた後、話はアイゼンとアーサーの出会いに移った。

 そうして聞かされた結果が、先のニースとジェインの大笑いだった。


「大きくなったらというのは、大人になったらという意味だったんですね……」

「物理的に大きくなる事だと考える所が面白いよ。心の底から笑わせてくれて有難う」

「俺は、他人の成長を左右するような事を……すまない、胃が痛くなってきた」

「あ、アーサー心配すんな。アイゼンは胃腸が弱いけどうんこ行きたいわけじゃねえから」


 アーサーは勇者がこの町を訪れた時、まだ13歳だった。

 成長期が始まったばかりだった彼は、憧れの勇者の手伝いが出来ないかと尋ねた。

 だがその時の依頼は、坑道にある巨大な毒蜘蛛モンスターの巣を潰す事。

 手伝いに連れて行けるような場所ではなかった。


『モンスターと戦うのはまだ早い。もっと大きくなってからだ。君が大きくなったら連れて行く、その時は力を借してくれ』


 当時のアイゼンはそう言った。

 言ってしまった。


 勇者に憧れる純粋無垢なアーサー少年は、一語一句忘れずに記憶した。

 そしてその意味を誤解したまま、4年間よく食べよく寝てよく動き、本当に大きくなってしまったのだ。


「まあでも、強そうだからいいじゃん。どうすんの、連れて行くのか?」

「ボクはどちらでも。同行させてもらう立場だ、ボクは従うよ」

「だが、俺は……」

「2人共、まるで連れていかない選択肢があるような言い方ですね。ねえ勇者さん」


 冒険者協会本部へ向かいます、理由は勇者を辞めるためです。

 次の勇者はニースです、ちょっとアホの子です。

 そんな事をアーサーの目の前で言っていいのか。


 アイゼンは返答に困りつつ、ニースから水を貰って薬を口に含む。


「勇者さん、もしやドラゴンとの戦いで体を壊し、薬なしでは生きられない体に?」

「胃腸が弱いっつっただろ、聞けよ」

「おのれドラゴン、勇者さんを薬漬けに……」

「おいやめろ、聞こえが悪い」

「あははっ、こいつおもしれえ」


 勇者を辞めに行くための仲間など、訳が分からない。

 だが、アーサーに「あれはその場しのぎの社交辞令だ」と言えないのがアイゼンだ。


「こいつ、すげー仲間になりたそうな目でこっち見るんだけど」

「……分かった。約束は約束だ、自分の発言には責任を取る」

「勇者さん!」


 アーサーの表情がパアァッと明るくなる。

 この日を夢見てこんな大男になったのだから当然だろう。

 だが、アイゼンはアーサーに条件を出した。


「条件がある。君が来たいのなら拒まない。けれど、俺がドラゴンに負けて勇者を引退するという話は聞いたはずだ」

「ええ、そのようなデマに騙される僕ではありません」

「えっ、嘘だったのか? なんだよオレ信じたじゃん!」


 ニースが驚いて目をまんまるにする。

 アイゼンにとって、そんなニースの反応はもはや想定内だ。


「デマじゃない、真実だ。俺は本当に勇者を……辞めるつもりだ」

「……おのれドラゴン、勇者さんを弱気にさせるなんて! 退治しましょう、僕が手伝いますから今すぐに」


 アーサーが鬼の形相で立ち上がる。

 思い込みの激しさが彼の生きる原動力のようだが、ニースより短絡的だ。


 ニースがそんなアーサーの腕を掴み、座れと促す。

 アーサーは驚いた目でニースの手を見つめていた。

 腕を動かそうにも、ニースに掴まれた瞬間、微動だに出来なかったのだ。


 アーサーは戦闘経験がない。とはいえ、力では誰にも負けないと思っていた。


「あんた……力が強い」

「ん? おう、退治屋だからな」

「僕を止められるなんて……あなたも勇者さんを手伝ってくれるなら、ドラゴン退治が出来そうですね! 行きましょう勇者さん!」

「その気概、気に入った! よっしゃドラゴン倒そうぜ!」


 ニースの強さを悟ったのか、アーサーは途端にニースへの態度が良くなった。

 ニースと握手をして共闘を呼び掛ける。ニースもその気だ。


「ちょっと待つんだ前のめりくん。アイゼンの話をきちんと聞いてあげてくれ」

「失礼ですが、あなたは何なのですか。武器などは持っていないようですが」

「ジェインは大魔法使いだ。くれぐれも怒らせないように」

「ああ、この町くらい一瞬で消せるぞ」

「いやいや大丈夫だよ。……この町に反乱分子がいなければ、怒ったりはしないさ」


 ジェインの笑顔にどす黒さを感じたアーサーは、ジェインの事も強いと認めたようだ。

 先程とは違い、ごく普通の笑顔でジェインと握手を交わす。


 ところで、アイゼン、ニース、ジェインの3人以外に、もう1匹重要な仲間がいる。


「あ、こいつも仲間だからな! 俺のネッコ」

「グルル……マァー」

「……何ですかこれ。口が気持ち悪い」

「あ? 今なんつった?」


 今度はニースが鬼の形相だ。

 確かにネッコの口は物を食べる時には4つに割れ、お世辞にも可愛いとは言えない。

 だが、ニース念願の「飼い猫」なのだ。

 ニースの怪力を思い出し、アーサーは言葉を取り消した。


「す、すみません、僕が知る猫と違ったので。よろしく、ネッコ」

「あ? 今なんつった?」


 ニースの静かな怒りのトーンに、アーサーが笑顔のまま固まった。

 先程はネッコに気持ち悪いと言ったせいだったが、今度は何がいけなかったのか、本気で分からないのだ。


 ニースはアーサーを睨みつけながら、ネッコを抱き上げる。


「ネッコじゃねえ、ネッコ

「あ、えっと……」

「ネッコがオレらの仲間になったのは、てめえより先だぞ」

「あっ……はい、宜しくお願いします、ネッコさん」


 若干引き攣ってはいるが、アーサーとネッコの挨拶も無事に終わった。

 ニースはネッコに「お利口だなあ」と言いつつ撫でまわす。


「そ、それで、条件とは……続きが知りたいのですが」

「あ、ああ。それはだね」


 アーサーはアイゼンがドラゴン退治に向かったと信じている。

 そして、アイゼンを傷つけたドラゴンを憎んでいる。

 もしも傷つけたのがドラゴンではなく「善良な市民」だと知ったらどうなるか。


 アイゼンの胃の痛みが自業自得だと知ったら……。


 アーサーに真実はまだ早い。

 そう考えたアイゼンは、ニースとジェインに小声でそう伝え、徐々に洗脳しようという事になった。


「条件だが、決して俺達との会話で知り得た事を、誰にも教えない」

「俺と勇者さんとの秘密という事ですね。分かりました!」

「何でオレ達をしれっと省くんだよ」

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