【2】ものすごく残念で、あまり頼りたくない。
ネッコと不思議の森。いやネッコも不思議だけども。
騒動が終わった翌日、3人と1匹は次の町を目指していた。
ニースは猫モドキの時こそ駄々をこねたものの、それ以降はご機嫌だ。
アイゼンが各町に滞在する間、普段であれば小さな依頼が次から次へと舞い込む。
けれど今回の彼はニースとアイゼンに守られ、雑用をこなさずに町を去ることが出来た。
アイゼンもご機嫌だ。
「有難う。君たちがいてくれたら、俺も退治だけに専念出来そうだ」
「あ? 退治はオレの仕事だぞ」
「任務を引き受けていない時は戦わせてくれ。体を動かしたいんだ」
「ニースが戦っている時は、ボクがネッコの面倒をみてあげよう」
「おう! なあネッコ、オレすげー強いからな、見とけよ」
モンスターに腕前を自慢するのが正しいのかはさておき、ネッコもまたご機嫌だった。
朝食は成人男性2人前平らげた。それも、狩りの苦労は一切ナシだ。
歩く事に疲れたならニースが腕に抱いてくれる。更に撫でてくれる。
寒さを感じたなら、ニースの装備の胸元に入り込めばいい。
「マァー、ムァーォ」
「んー? どうしたネッコ」
「ムァー」
「あーもう! 鳴き声が可愛い!」
「えっ、ボクは不気味に聞こえるんだけれど」
街道がちょうど森に差し掛かるところで、ネッコが急に鳴き始めた。
ニースの腕の中から装備をよじ登り、胸元に入り込もうとする。
「寒いのか? 森の中って日陰だもんな」
「ボクはてっきり怖がっているのかと思ったんだけど」
「オレ別にネッコを怒ってたりしてねえよ」
「元がモンスターだから、可愛がられる事がむしろ恐怖だったり」
「怒られて喜ぶとか、オレそういうのなんかイヤ。いたもん、村にそういう奴」
ニースが自身の装備の胸元を覗き、不安そうなネッコに声を掛ける。
「もし怖いなら隠れとけ。オレが絶対守ってや……」
「ニース! 剣を構えろ!」
アイゼンが背中の双剣を手に取った。彼の眼は薄暗い広葉樹の森の先を見つめている。
「何かいるぞ」
「何か? えー分かんねえ。ネッコ、怖くないぞ、オレつえーから大丈夫だぞー」
「……頼む、剣と一緒に緊張感も構えてくれ」
ニースが先頭を歩き、ジェインがその後ろを歩く。アイゼンが最後尾だ。
周囲の低木がガサッと音を立て揺れる。何かが潜んでいるのは間違いない。
「アイゼン」
「どうした」
「やべえ、ネッコ具合悪いかも」
「何だって?」
「めっちゃ震えてる」
ニースが心配そうに装備の上からネッコを撫でる。
「食べ過ぎか?」
「猫は食べ過ぎた分を吐く事があるよ。城に住み着いていた猫が、よく城の絨毯の上に吐いていた」
「え、装備の中で吐くのやめろよネッコ」
ニースがネッコを優しく持ち上げようとする。
その時だった。
「キェェェェ!」
周囲で人のものではない声が響いた。
気味の悪い声は次の声の合図となり、大合唱となっていく。
「なんかいる!」
「だから言ったじゃないか」
「正体が分からない、引き返すかい!?」
「退治屋がモンスターから逃げると思うか?」
ニースが剣を高く掲げ、先へと走っていく。
「ニース! 単独行動は……」
「バーカ、お前はジェイン守ってろ!」
1人と2人なら、モンスターは1人を狙う。
万が一を考えても、ここは町にほど近い森だ。
アイゼンが負ける程のモンスターがいるはずもない。
「うおりゃあー!」
ニースがざわざわと音を立てる低木に剣を振り下ろした。
黒く大きな剣は、確かに何かを切り裂いた。
「アイゼン!」
「何だ!」
「オレ、何斬ったか分かんない!」
「はっ?」
ニースが周囲の茂みへやみくもに剣を振り下ろす。剣を振り回せば、確かに何かが悲鳴を上げる。
だが、その姿は見えない。
ジェインとアイゼンが身構えるも、周囲にいる何かは一向に襲ってくる気配がない。
「……何がいるんだ」
ジェインとアイゼンがニースの所へ合流した。
3人が一か所に集まっても、周囲の何かは姿を見せない。
「何か……見えないか」
「フツーに木とか草があるだけなんだよなあ」
広葉樹林の上から差し込む光は、周囲の様子を鮮明には映し出してくれない。
「おかしい……何がいるんだ?」
「ちょっとその辺を斬ってみろ、茂みの中にはぜってー何かいる」
アイゼンが近くの低木の茂みの前で、双剣を水平に振る。
「ギエェェェ!」
「確かに何かを斬った……何だ?」
「ボクが魔法を放ってみようか」
「森が黒焦げになって、俺達も炎に包まれるなんて遠慮したいんだが」
「大丈夫、洪水や吹雪の場合もあるんだ」
「大丈夫の意味が分からなくなるな」
迷わず歩いていたはずだが、いつの間にか足元にあったはずの街道が消えている。
3人は気が付けば茂みを掻き分けるように歩いていた。
「……ちょっと待ってくれ。地図を確認する。町の外れの森という事は分かった。午後2時に太陽が向こうに……」
アイゼンが太陽を背に向け、地図をぐるぐると回す。
だが、アイゼンは何度も向きを変え、地図を逆さまにし、首を傾げるばかりだ。
「アイゼン、お前地図読めねえすか、え、地図読めねえの!? あはは!」
「君と一緒にしないでくれ、じゃあニースが確かめてくれよ」
「バーカ、オレが分かる訳ねえじゃん。だからオレは地図持ってねえんだよーん」
「勝ち誇る所ではないと思うんだが」
「ボクが確かめよう」
ジェインがアイゼンの手から地図を受け取り、地図と方角を確かめようとする。
だが、ジェインもまた首を傾げていた。
「おかしい、こんな森……地図に載っていない」
「ここってアンドニカの領地だよな? 庭みたいなもんじゃねえの」
「アンドニカで間違いないよ。出歩いた事はないけれど、王族として領地の事は把握できているさ」
地図上では出発した町、次の町、それぞれが1本の街道で繋がっている。
このような森は載ってない。
それどころか、この場所は草原ではなく礫砂漠が広がっているはずだ。
「……地図が刷新される数年の間に、こんな森が育つとは思えない。国土の変化は必ず城に報告される」
「つまり、ここは存在していないはずの森……」
アイゼンがハッと気が付いて地面に触れる。
「見ていてくれ。俺の悪い予想が当たっているなら」
ニースとジェインが見守る中、アイゼンが地面に剣を突き刺す。
その瞬間、その場所から耳をつんざくような悲鳴が発生した。
「え、うわ、この地面喋るのか! すげー! 何か喋れ、おーい」
「知らなかったよ、大地は生きている、とはよく言ったものだ」
「違う、この森がそもそも生きているんだ」
アイゼンが付近の木の幹を斬りつける。やはりそこからも悲鳴が生まれた。
「あーオレ知ってるぞ。トレントっていう木のモンスターだろ」
「トレント?」
「枝を人に巻き付けて、
ニースはモンスターの生態に関してはよく把握している。
だが、今回に限っては不正解のようだ。
アイゼンは首を横に振り、ニースの装備の胸元で震えるネッコを指す。
「おい、人に指差すな」
「違う、ネッコだ。ネッコが怯えているのは、この森が怖いからだ」
「怖い……」
ジェインが周囲を見渡す。ふと鞄の紐が低木の枝に引っ掛かっている事に気が付いた。
低木の枝を払おうとして、ジェインは恐怖の正体を目の当たりにしてしまった。
「……紐が、溶けている」
「え?」
「……靴の底! 靴底が溶け始めている!」
「何だと!?」
全員がゴム底の靴を履いている。鞄の紐は麻で、コートは革製。
どれも木や草に触れた部分が溶け始めている。
「だからネッコは怖がって歩きたがらなかったんだ」
「まずい、まずいぞ! もしかして、俺達は森に喰われている……」
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