退治屋と王子様。




 —— 勇者が酒場で嘆いたその数日後。




「ほら見て! この花な、蜜吸えるやつ」


 18歳男性の嬉しそうな発言である。


「そうなのかい? 庶民は何でも口に入れるんだね、逞しい」

「あーっ! またそうやって庶民を馬鹿にする!」

「褒めたつもりなんだけど。うーん、庶民と同じ目線まで下げるのは難しいな」


 普通ならば「馬鹿か」「だからどうした」と返すだろう。だが隣を歩く青年は朗らかに笑みを浮かべ、素直に受け入れる。

 発言に若干の毒が含まれているものの、本人にその自覚はない。


 花の蜜発言をした金髪に褐色肌の男の名はニース。各地を旅してまわる「退治屋」だ。

 ニースよりやや背の高い、色白で栗色の髪の男はジェインという。


 草原に吹く風は爽やかで、歩いて次の町まで行くにはちょうど良い季節。

 2人は緩やかな丘陵地に差し掛かり、合間を縫う街道を歩いているところだ。


「あー遠いよなあ、あと1日歩き続けるんだぜ」

「ボクはこうして街道を歩くなんて初めてだよ。新鮮でとても楽しいね」

「王子様は気楽でいいな。苦労なんてしたことないだろ」


 ジェインはアンドニカ王国の第3王子である。

 兄2人、姉1人、弟1人、5人兄弟の4番目として生まれた。


「苦労ならたくさんしてきたさ」

「例えば?」


 ジェインの長兄は次期国王。期待と責任を一手に引き受けられる、性格の良い聡明な男だ。

 次男は兄の右腕となり、次期国王代理として努力を惜しまぬ人物になった。


 姉の美貌は各国の要人を虜にした。姉を狙う諸外国の貴族王族は列をなしている。

 弟は甘え上手。おおよその我が侭を聞いてもらい、様々な行いを許されてきた。


 肝心のジェインはどうか。

 彼は重責もなく、特に期待もされず、末っ子ほど可愛がられもせず育った。


「王家ってのはね、苦労ばかりなんだ。正直な話、ボクはそんなに期待されていない。でも王族だから、ある程度は出来なきゃいけない」

「え、お前期待されてないの? 可哀想」

「うっ……」


 ニースに同情される王族でいいのか。ジェインは苦笑いを浮かべ、おでこを掻く。


「客人もね、王族として扱ってはくれるけれど、内心はお前と親しくなってもなあ……って思っているはず」

「もしかして要らない子? だから城出たのか? え、お前、本物の可哀想な奴か! なんかごめん」

「外の世界を知りたかったんだってば」

「ふーん、外なんか窓から見てりゃいいのに」


 ニースはジェインの身の上に同情しつつ、「王族めんどくせーな」と月並みの感想を口にする。


「で、何が苦労なの?」

「え?」

「お前結局どこで苦労してんの?」

「あれれ? 今の話でボクの苦労が分からないかな……期待されていないと分かっていながら、王族として振舞う苦労を語ったんだけど」


 ニースにはあまり察する力が備わっていない。

 お気づきの通り、彼は賢さで渡り歩くタイプではない。力こそパワーのタイプだ。


「あー分かった! 要る子になるために邪魔な兄ちゃん達に毒盛るんだな! 早く言えよ、オレ、毒がある花知ってるぞ、ちゃんと死ぬやつ」

「いや全然違う、全然違うけど!? ニースの頭脳に合わせた言い方が出来なくてすまない」

「あ? 何言ってんのかよく分かんねえけど、そのうち出来るようになるんじゃねえの」


 ジェインが外の世界を知りたいと言った時、さすがに王も王妃も難色を示した。

 王族が護衛もなしに出歩くなど、不用心にも程がある。


 けれどジェインに限っては大丈夫だった。


 彼は国民の前に姿を見せる機会が少なすぎた。

 国民もジェインの顔は「見たら分かるかも」程度にしか覚えていない。

 国民の中で、ジェインの姿は幼少期のまま止まっていた。


 試しにジェインが庶民の格好で町を歩いた時、なんと誰もジェインに気付かなかった。

 変装した兵士が見張る中、実験は大成功を収めた。収めてしまった。


「買い物の方法も分からねえのに、よく旅に出ようと思ったな」

「ははは……自分は何が出来ないのか、それが分かって良かったんだよ」

「何もできてねえよ、王子様ジョークとかいらねえすわ」


 昨日、ジェインは1人で放浪の旅に出た。

 勉強はやればできる。頭は良い方だ。


 だがジェインはあまりにも世間知らずだった。


 夕暮れにはいよいよ困ってしまい、川辺で水を飲もうと顔を浸けた時……それを入水と勘違いしたニースと出会った。

 ジェインの1人旅は、城から僅か1キルテ(≒1キロメートル)の川辺で終わったのだ。


 ジェインは己の無力さを自覚し、ニースに護衛を頼んだ。

 ニースは「なんか面白そう」と二つ返事で応じ、それから今に至っている。


 城の者がジェインに「1泊2日のおひとり様観光旅行」程度の経験をさせるつもりで送り出した事を、2人は知っているのだろうか。


「ジェイン、戦ったり出来るんだよな」

「……本物の剣なんて扱った事がないよ。殴るなんて野蛮だし、銃なら少々」

「銃!? すげー、殺し屋みたいだ! 銃ありゃ毒は要らねえな、よし」

「いや暗殺は忘れてくれ、ボクは兄達が大好きだ」


 ニースは賢くないが、剣の腕前は確かだった。

 大きな剣を手足のように扱い、どんな化け物でも叩き斬る。銃弾も剣で弾き返す。

 魚を3枚おろしにも出来る。


「城につえー武器とかねえの? オレ新しい武器が欲しいんだわ」

「あると思うけど……戻ったとしても、お父様から許可を頂かないと」

「よっしゃ! ちょっと行って許可もらおうぜ!」

「今更戻るのもね。それに許可をいただくには時間が掛かるんだ、手続きもある」


 家族とはいえ、城のものは国のものでもある。「ちょっと貸して」で持ち出せるものでもない。


「王家クッソめんどくせーな!」

「クソだなんて、そんなはしたない言葉は感心しないよ、ニース」

「うんこめんどくせえ!」

「え、もよおしたのかい? 困ったな……」


 クソをうんこと言い直したら良いというものではない。どうせどちらもはしたない。

 一方のジェインもかなり天然だ。

 会話は成立しているが、噛み合ってはいなかった。


「お前と話してると頭おかしくなりそ。魔法は」


 ニースに言われたくないなどと言わず、ジェインは困った表情を浮かべる。


「一応習ったんだけどね。制御が難しくて。あまり才能はないみたいだ」

「丸腰で1人旅するつもりだったのか? お前、旅ナメてんすか。オレでも出来るぞ」


 そう言って、ニースが呪文を2度唱える。

 何故2度唱えたかというと、暗記が苦手で間違えたからだ。


「ヒール!」


 魔法の発動と共に風がふわりと服や髪を揺らし、ニースの周囲が淡く光る。

 その光が頭上に集まった後、ニースとジェインに降り注いだ。

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