第2部 魔女

 暗闇に包まれた、禍々しい空間。

 ここは魔城、その中でも最も重要な部屋である魔女の玉座の部屋。

 魔界と人間界の狭間にあり、魔女軍の本拠地である。

 


 人間界を侵略し、破壊の限りを尽くそうとする魔族。

 この部屋には今、その魔族の軍隊を統括する大幹部たちの姿があった。



「ククク……人間どもの勢力も、刻一刻と弱体化の一途をたどっております」



 その大幹部の一人・ダンタリオンが見上げる先には、玉座があった。

 その玉座に座する、黒いドレスと、妖艶な漆黒の翼に身を包んだ女王。

 闇より生まれし女。混沌が人の形となった存在。



 その場にいた存在こそ、魔族の頂点にして人間界の混乱の現況、【深淵の魔女】であった。



「でしょうね。無駄な抵抗も見られるようだけど、所詮は浅はかな人間たち。我々の強大な力を前には手も足も出ないわ」



「それもそのはずでしょうな……人間側は虚勢を張って雑兵を募っているようですが、今の情勢で戦えば、奴らの降伏、あるいは破滅も時間の問題でしょう」



「えぇ。それで人間の時代は終わりを告げる。その時こそ、時代と世界を統べる、すべての食物連鎖の頂点に立つのが、この私……」



 どおぉぉん……↓スポットライトの音!!!



「【深淵の魔女】」



 堂々たる調子で、名乗りを挙げる魔女。

 口にせずとも、最早この世には何人たりとも自分の敵などいない、という絶対的な自信があふれていた。



 しかし、その時だった。



「大変です、女王様!!」



 闇の眷属の一人が、息も絶え絶えと言ったような状況で玉座の部屋に駆けこんできた。

 


「何者かが、超高速で迫ってきています!! 警備のドラゴンが、一撃で倒されました!!!」

「何だと!?」



 ダンタリオンが動揺の一言を発した、その時だった。



デュルルルルルルルル!!!♪



 鍵盤が端から端まで流れるような音色を奏でる、ピアノのグリッサンドの音。

 それを合図に、暗闇だったはずの魔女宮は晴れ上がっていく。



デーン♪デーン♪デーン♪デッデッデーン♪



 そして、エルトン・ジョンのI'm still standingのような曲が流れ始めた。



「お前は考えたことないだろ♪

 お前の心は氷のように凍てついている♪

 とても冷たい、寂しい光だ♪

 このままだとお前は破滅する、その面の底にあるものみたいに♪」



 歌声こそ聞こえるが、肝心の歌い手はその場に現れない。

 代わりに華麗にダンスを踊りつつ現れたのは、荒くれ冒険者やゴロツキや酒場の店員、そしてリチャードやアニーなど勇者パーティーのメンバーたち。


 あの日、リチャードがオスカーに追放を言い渡した酒場に居合わせていた者たちだった。



「俺みたいな雑魚が栄光を掴むなんて思わなかっただろ?♪

 でも見ろよ、この通り覚醒した♪

 シンプルな方法で、覚醒の喜びも知った♪

 お前が知りたがっても、俺は今ここにいる♪

 お前は消えていくだけだけど♪」



 しかし、格好が微妙に違う。



 顔や体が、頭からペンキでもかぶったかのように白塗りだった。

 そして服装も、どことなく露出が多い。 



 一見、同性愛者風では?と誤解を受けかねない見た目。

 だが彼らの目力には、そのような誤解すら恐れない、絶対の自信があった。



 二列に並んだかと思うと、お互いに視線を向けるかのように中央に向けた。

 まるで、全員で誰かの通る花道を作っているかのようだった。



「よく見ろ、俺はこうして立ってるんだ♪前よりずっと堂々と♪

 ほんとのチート能力者みたいに、少年のような純粋さで♪

 色々あったけど、俺はこうして立っている♪」



 その花道を通って、ついに【その男】が現れた。



 純白のタキシード服。

 クリーム色のカンカン帽。

 そしてレンズをハート形に象ったサングラス。



 白塗り衣装のバックダンサーたちのダンスに囲まれながら現れたのは、チートジョブ【ロケットマン】に覚醒した、かつて低レベル冒険者だったはずのオスカーだった。



「昔のことを頭から追い払い、思い出を拾い集めてる♪

 俺はこうして立ってる♪まだ挫折しちゃいない♪」



イェー、イェー、イェー白塗りダンサーたちのバックコーラス♪)



 ステッキを振り回しながら軽快なダンスも交えて歌う彼の姿は、どこか純粋な子供のようだった。



デーン……デーン……デーン……デッデッデーン!!!♪



 照明を浴びながら、曲の終了と共に見事にタキシードの冴えるポーズを決めて制止するオスカー。

 当然、魔女も、その場にいた大幹部たちも、臨戦態勢に入った。



「自ら乗り込んでくるとは言い度胸ね……絶望を味わわせてあげる」

 しかし、それに対してオスカーが抜いたのは、剣ではなかった。



「よせ! 俺は戦いに来たわけじゃない。魔女、キミの血塗られた過去を、清算させに来たんだ」

 その言葉を聞いた魔女の表情が、一気にひきつった。

 なにか触れてはいけない地雷を踏んだのは、誰に観ても明らかだった。



「人類を破滅させたいなんて、それは本当に君のやりたいことなのか? 過去の記憶の傷痕が、キミを暴力的にさせているだけじゃないのか?」

「私だって……私だって、好きでこんなことやってるわけじゃない!!」



 魔女の瞳は、怒りと悲しみに囚われつつあった。

 かつての彼女に、想像するも無惨な悲しい過去があることは明らかだった。



「今の君が本当に嫌いなのは、人間たちじゃない。自信を持てない自分じゃないのか!?」



 その言葉に強く反応した魔女は、目を大きく見開いた。



 オスカーは、彼女の真ん前で、ゆっくりとて手を振りかざした。



 ふとその場に、ピアノソロが流れ始めた。



 しばらくの演奏で、映画【グレイテスト・ショーマン】の挿入歌・This is meを彷彿とさせる曲に聞こえてきた。



 ゆっくりと光がその場に漏れ、ある場所に照らされる。その場にいたのは、みすぼらしい白いワンピースで倒れている少女。見るからにあどけない少女の肩には、しかし烏のごとき黒い翼が生えていた。

 感傷的な表情で、その少女を見つめる魔女。少女の顔や体にはいたるところに痣があり、決して恵まれた環境にはいない、ということがわかる。誰の目から見ても、少女が在りし日の魔女の姿であることは明らかだった。



「闇の深淵には慣れているの♪

 『近寄るな』と何度も言われた♪」



 過去を思い出すように、魔女はゆっくりと歌い出した。



「自分の存在自体が恥だった♪

 『世界のどこにもお前の居場所なんてない』と言われた♪」



 魔女の歌声に導かれるかのように、ダンタリオンたち大幹部や、配下の魔族たちも、次々と神妙な面持ちで歌う彼女の後に続きだした。

 彼らそれぞれに、魔女と同じかそれ以上の凄惨な過去があることを体現するかのように。



 しかし、やがて光に照らされていたみすぼらしい少女が、何かを決意したかのような表情で立ち上がり、歩き出し、魔女の真後ろに、隠れるかのように立ち止まった。



「だけど、本当は誰にもクズ扱いされたくない♪

 居場所があることを、知っているんだもの♪

 私たちが、光をもたらせる場所を―――♪」



 立ち上がった少女の勇気が乗り移ったかのように、俯いていた視線を持ち上げ、透き通った声で徐々に堂々とした雰囲気を醸し出していく魔女。

 その姿に最早人々の平和を脅かす悪女の面影はなかった。

 やがて彼女の真横に、見守っていたオスカーも並んで立った。



「醜い野次が私に投げつけられたとしても♪

 大地震を起こして震えさせてやる♪

 私たちは勇気ある者、私たちは爪弾きにされた者♪

 でもこれこそが私たちの理想像♪

 これが私なんだ♪」



 彼女の歌、その最後のフレーズが封印を解く呪文であったかのように、禍々しい魔装束と、悪魔のごとき黒い翼を身に着けていたはずの魔女の体に亀裂が走っていく。

 亀裂の奥、魔女の中身にあったのは、超新星のような果てしなき光。

 程なくして、光を放つ者が正体を現した。魔女の顔をした、白鳥のごとき白い羽と、あの少女と同じ白いワンピースをまとった天使という正体を。



「「用心することだ、私たちは今羽ばたく♪

  自分の心臓が奏でるリズムに乗って歩き出す♪

  さらけ出しても恐れない♪ 恥じたりしない♪

  これが私なんだ♪」」



 気が付くとオスカーと魔女を中心に、向かって右側にリチャードたち勇者一行や冒険者たち、左側にダンタリオンたち大幹部一行が並んで立っていた。



ウォーオーウォーオー勇者一行、魔女一行のバックコーラス

 ウォーオーウォーオー♪)



「「無数の矢が、我々の体に放たれる♪

 いいさ、放てばいい♪

 明日からは情けなさで引きこもったりはしない♪

 城壁を突き進んで、光に手を伸ばしてやる♪

我々は戦人だから↓バックコーラス♪)

 これこそが私たちの本来の姿だ♪

 本当は誰にもクズ扱いされたくない♪

 居場所があることを、知っているんだもの♪

 私たちが、光をもたらせる場所を―――♪」」



 人間の軍団と魔女の一味、その垣根を超えた大合唱が今奏でられる。



 彼らが歌い、舞い踊っている途中、背景が、禍々しい魔女の玉座から急に変わり出した。同時にその場を、明るい光が包み込んでいく。

 生い茂る草木、潤う湖、透き通る空に照り付ける日光。

 親和の世界を思わせる楽園のような場所だった。



 自分を自分と思える勇気が、オスカーたち、魔女たちをこの天空の楽園―――本当の勇気を見せた者にしか姿を現さないとされる幻の天空島、【約束の島】へと導いたのだ。



「「用心することだ、私たちは今羽ばたく♪

  自分の心臓が奏でるリズムに乗って歩き出す♪

  さらけ出しても恐れない♪ 恥じたりしない♪

  これが私なんだ♪」」

(ウォーオーウォーオー♪ウォーオーウォーオー♪)



 歴戦の勇者のごとき堂々たる佇まいで、力の限り自分たちの生きざまを歌い続けるオスカーと魔女、そして勇者一行と大幹部たち。

 最早今の彼らには、自分への自信の無さや、自信の無さゆえの他者への攻撃心をつのらせるものなど一人もいなかった。



「「醜い野次が私に投げつけられたとしても♪

 大地震を起こして震えさせてやる♪

 私たちは勇気ある者、私たちは爪弾きにされた者♪

 でもこれこそが私たちの理想像♪

 これが私なんだ♪」」



 彼らは天空島という、新しい居場所を手に入れた。




 これからも、彼らは心無い者たちからの偏見と、差別に晒され続けるかもしれない。




 しかしそれでも、自分は自分でしかない、という絶対的な理念と共に、彼らは胸を張って生き続けていくのだろう。




 彼らの心に勇気がある限り。




 いつまでも。

 どこまでも。



 

 ◆    ◆    ◆


テーレテーテテレテーレテーテテレテーテーテーテテテテー♪



 蒲田行進曲を思わせるオルガン曲が流れたかと思うと、一度閉じられたはずのカーテンが再び開いた。



 舞台に立っていたのは、手を繋いで並ぶオスカー、リチャード、魔女―――を演じた、俳優たちだった。



「本日は特別公演、【追放されたけどチートスキルに覚醒したので、侵略者の本拠地の魔女宮へ遠征しようと思います】をご覧いただき、誠にありがとうございます。来月は別の公演【父親の再婚相手の娘が幼馴染だった件】も上演予定ですので、そちらもご覧くださいませ!!」



 オスカーを演じた俳優の口から、観客への感謝と、次回公演の宣伝が劇場中に響く声量で語られる。



 は、その言葉を拍手で迎えた。



 歌とダンスを交えた異世界冒険譚演劇【追放されたけどチートスキルに覚醒したので、侵略者の本拠地の魔女宮へ遠征しようと思います】は、そのカーテンコール、そして私たちの拍手によって幕を閉じた。



 劇場を後にして、熱気がありつつもそよ風の涼しい、夏の夜らしい外気を帯びた、東京繁華街の裏路地に出る



 家路に着く中で、―――観客の一人である女性は、思ったのだった。




(曲のチョイス……全体的に古かったなー……)

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【ミュージカル小説】♪追放されたけどチートスキルに覚醒したので、侵略者の本拠地の魔女宮へ遠征しようと思います♫ 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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