最後の伝承

「明日は最後の試験というわけなんだが、俺からお前には最後に教えなきゃいけないことがあるんだ」


 俺の師匠である呼人さんにそう言われて、俺はいつも通り誰もいない山の中に連れてこらていた。明日は俺にとって最も重要な戦士試験受験の日、そんな大事な日の直前に呼人さんは何を教えるつもりなのだろう。


 試験前に師匠から教わる最後の伝承か………。やっぱり最終奥義的な大技なんだろうか。俺が窮地に立たされた時にだけ発動するように念押しをして、最後の最後でその技を使わないといけないみたいな展開か。なんだそれ、めちゃくちゃアツいやつじゃないか。俺はすっかり期待して、いつもだったら文句しか言わない山の悪路さえもルンルンで歩いた。


「よし、ここまで来れば大丈夫だろう。受験前日だというのに、こんなところに呼び出してすまなかったな。今日はお前に大事な話があって来たんだ」


 キターーー!! これはもう確定だろう。人気のないところで数百年受け継がれてきた秘儀を弟子に託す。神展開だ。そして俺もそんな大技を使えるほどの戦士になれるなんて、なんか今まで文句を言ってたけど、修行を続けて良かったな。俺が勝手に感動し、感慨深くいると、呼人さんは不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「なにをそんな涙ぐんでるんだよ。そんなに明日の試験が不安なのか? 良かった。それなら俺が前もって準備して良かったというもんだ。ほら、こんなにいっぱい金と酒を用意してきたんだ。明日審査する連中には、やっぱり賄賂が一番効くからな。まあ、戦士なんてただの称号に過ぎないから、これで明日は合格間違いなし…………」


 俺は黙ってクソ師匠を殴りつける。あれだけ苛酷な修行をつけたうえにここまで期待をさせておいて、教えることがこれなのかよ。何の技名も無いただのパンチだったが、呼人さんの身体は上空へとぶっ飛んでいった。理不尽による覚醒、これが師匠の狙っていた最後の強化だということも知らずに、俺はただ怒りで叫び続けたのだった。

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