真砂絹の極短編集

真砂絹

15分即興小説

静かすぎる牢屋

 夜の冷え切った牢屋にコツコツと固い靴の音が響く。一人の警察官があくびをしながら牢屋の見回りをするためだ。


「こんなとこ見たところで何の意味もないのにな……」


 そう、この警察署の区域内では過去5年間一つも事件が起きておらず、当然囚人や犯罪者の一人も捕まえることは無かった。警察はもはや暇を持て余す仕事。牢屋の管理など一番の無駄だ。しかし、そんな平常の沈黙を崩すように一つの鋭い眼光が光っていた。


「だ、誰だ貴様!? ここで何をしている!?」


「何って……、決まってるだろ? ここで捕まってやってるんだよ。アンタ、そんなことも分からないで警察やってんのか?」


「馬鹿にするな! そんなことは分かってる。しかし、お前がそこに入る理由が無いだろうが!」


 そこで自称囚人はニヤリとする。警察官は狼狽えながら慣れない手つきでおもちゃの包丁を取り出した。


「そうか……、この街じゃ人を殺しても犯罪にならないのか……」


「何を言っている! そんなもの、なるはずがないだろう! お前は頭がおかしくなったのか!?」


「ふはははは……、我ながら面白いことをしたもんだ。人は殺しても自由。警察は銃も撃てねえ。でもな、もういいんだ。俺は自分でこの世界をダメにした。こんなでたらめみたいなノートがあるからいけねえんだ。これがなけりゃ、俺の両親も妻も、娘も今は元気に……」


 囚人はボロボロになったノートを投げ捨てると、狂ったように踏みつける。そして、おもむろにポケットから拳銃を取り出すと、頭に当てた。


「この世界じゃ、人を殺しても無罪だ。なら、自殺してもなにもない。あばよ、にいちゃん」


 涙ながらの一発に警察は一歩退く。牢屋は喧騒の前の一端の静寂を迎えていた。

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