若さゆえの勢い◆

 母が亡くなって、仏壇が居間に鎮座するようになった日から。

 私もこのまま、ひとりで生きていくのだろうと初めて孤独を実感した。


 しばらくは電気を消して眠れなくて、夜中に突然発作で起こされることもあった。


 友人、きょうだい、家族、恋人同士。

 街中で誰かが誰かと楽しそうにしている光景が羨ましくてつらくて、ちょっとの外出でもすぐ息苦しさを覚えるようになった。


 それが、今では。

 私なんぞに相手、しかも同性のパートナーができるなんて思いもしなかったな。



 髪と身体を清めたあと、バスタブにもたれかかってほうと息を吐く。


 白く濁った湯船からはひのきの芳しさが立ちのぼって、漂う爽やかな香りに全身のコリがほぐれていくようだ。この入浴剤、私も買ってみようかな。


「明るいうちのお風呂って特別感があるわよね」


 私の隣には、当たり前のように毬子さんがいた。

 ベッドインの前にバスルームインかよって、体を洗っている最中に突撃されたときは突っ込みそうになった。


『タオル巻いているし、にごり湯だからセーフよ』

 そうドヤ顔で言い切る毬子さんに押し切られてしまった。


 セーフ? セーフなのか?

 肩から上しか見えなくたって、毬子さんはありえないくらい美しい。


 グラビアの表紙飾れるくらいだ。

 化粧を落としたありのままの姿でもきれいって、反則じゃん。

 持って生まれた美形ってのもひとつの才能だよね。


「忍ちゃんはいつ頃知ったの? こういうこと」

「いきなりぶっこみますね」

「これからぶっこむんだからいいじゃない。夜のガールズトークよ」

「まだ日没前ですけど」


 女の下ネタはえぐいって言うけど、毬子さんもわりとあけすけだ。

 この方は慣れてるだろうし、私の緊張をほぐすために雑談してるんだろうけど。


「興味と聞かれると……中学生くらいです。読んでた少女漫画にやたら過激な描写があって、そこからですね」


 純愛ものなら当然、感じまくっている場面が出てくる。

 だからすげー気持ちいいことなんだろうなって、経験がない私はずっと信じて疑わなかった。


 現実を知ったのは高校生くらいからだ。

 女子校と言えど進んでる子は他校の彼氏がいて、なんだかんだでみんな興味津々だった。


 しかし未成年同士でテクニックなんてあるわけねーから、一人でしてるときのが気持ちいいぜと言われ乙女たちの夢は打ち砕かれたのでした。ちゃんちゃん。


「毬子さんはいつ頃ですか?」

「小学校高学年ね」

「はっや」

「早熟の悪い子だったから。性教育はろくに知らないくせに、やり方だけは知ってるってお猿さんよね」

「まだ早いからっていくら蓋をしても、子供はどっかしらで吸収してくるんですよね……」



 大真面目に性教育の遅れについて語っているうちに、だんだん毬子さんが距離を詰めてきた。


 向き直って、じりじりと。赤く色づいた頬ではにかむものだから、色気が凄まじく目が離せない。見えない首輪でつながれているかのように。


 そういうことをするんだってわかっていても、初めてとなると逃げ腰になってしまう。


「わたし、そろそろ待てない」


 迷っているあいだにも毬子さんはこちらの顔を覗き込んで、視線と頬をロックオンの体勢に入っている。

 切なげに潤んだ瞳は、否応無しに相手を従わせる魔性を放っていた。


 初めてが風呂場ってのもだいぶ斬新だけど、恋愛に普通がないのならこっちにも普通はないんだよね。教室やおそとって人もいるよね、多分。


 そう言い聞かせて、私は受け入れる覚悟を決めた。


「お待ちして、おります」


 ぎこちなく了承の合図を送ると、返事の代わりに唇が吸い付いてきた。



 それから。

 触れられることに時間をかけて、緊張がほぐれてきた頃。


「ねえ。初めてがわたしで、本当によかった?」

 どこか不安そうに、毬子さんは尋ねてきた。

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