ずるい告白

 私は2階の自分の部屋で、本庄さんは親が就寝用に使っていた和室で寝ることになった。


 眠くならないのかな、集中していると。

 お腹が空いたときのことを考えて、卵を溶いた春雨スープをさっき夜食用に差し入れておいた。



 それから日課である美女イラストをスマホで漁っている途中、ひとつの更新通知が届いた。


 戸田とだ先生からか……

 半月くらい投稿が止まってたよね、確か。


 ちなみにこの方はあるゲーム会社お抱えのグラフィッカーで、ライトノベルの挿絵も手掛けている忙しい方だ。

 たぶん、趣味絵ではなくなんかの発売告知だろうけど。最近の投稿作品は全部それだし。


「えっ……」


 作品ページに飛んで、思わず声が出てしまう。悪い意味での驚愕から。

 この人、ここまで同じ構図しか描けない人だったっけ?


 イラストの内容は、予想通り数ヶ月後に発売されるゲームの告知。今回は単独ではなく複数原画だけどよろしくね、と。


 公式サイトにアクセスして納得がいった。ダブル原画にした会社の判断は理解できる。


 良く言えば、原画家一人に仕事を集中させぬように新人を育てるため。万が一のことがあっても、代わりがいるように備えるため。


 悪く言えば。劣化が目立ってきたメイン原画家の、全盛期の絵柄を再現できるイラストレーターに取って代わらせようという戦略だ。



 でかでかと並ぶ二人のヒロインは一見、同じ人が描いたように見える。

 が、いいなと思った娘は原画家が新人の方だ。担当ヒロインの割合も、こちらの方が多い。


 正面絵はほとんど見分けがつかないけど、構図が変わると一目瞭然。


 表情の豊かさも、艶めかしい身体のラインも。細部ではっきりと差が出ている。

 絵柄を完コピできるくらいだから、基礎画力も低いわけがないのだ。


 そしてこの複数原画体制は皮肉にも、会社と顧客目線ではっきり意見が分かれていた。


 SNSの意見を覗くと。劣化している人を無理やり使うくらいなら、上位互換の人単独で固めてほしいとの意見が目立つ。

 会社としては起死回生の一手であったはずなのに。


 戸田先生が手掛けたヒロインを、外れ扱いする人も見かけた。


 この意見が売上に直結すれば、おそらく戸田先生がメインから外される日はそう遠くないのであろう。


 消費者はわがままだ。

 その人が上手いか下手かではなく、絵柄が好みかそうでないかで判断する。


 流行りなど知ったことではない。ただ、好みの時期から変わらないことを望む。

 時代に合わせた変化を劣化と判断し、簡単にファンをやめる。


 私も例外ではなく。お金を出す価値があるかとジャッジした場合、残念ながらこのゲームの購入はお見送りだ。


 去年何十枚も不採用通知を頂いた人間のくせして、簡単に選ぶ権利を振りかざすのだ。過去作はコンプしてるほど大好きだったメーカーなのに。



「…………」

 自分のくしゃみで目が覚めた。どうやらいろいろ考えているうちに寝入ってしまったらしい。


 毛布の上に寝っ転がっていたせいで寒いし、尿意も覚えてきた。

 また風邪引いたらしゃれにならんぞ、私。


 とりあえず下階のトイレへと向かう。

 手を洗い終わって、寝室へ続く廊下を歩く途中。


 本庄さんがいる和室からは、まだ電気がついていた。

 戸の隙間から漏れるほのかな明かりが廊下にこぼれて、ぼんやり光の線が伸びている。


 まさか寝落ちしていないだろうか。そっと襖を開けると、案の定の光景が広がっていた。


 本庄さんはテーブルに突っ伏していた。

 私が入ってきたことに気づかないのか、寝息まで聞こえてくる。スープのお椀は空になっていた。


「本庄さん」

 お布団、入りましょう。風邪引きますよ。

 どれだけゆすっても、華奢な背中はびくともしない。疲れていたのだろう、深い眠りに落ちているようだ。


「あぁや」

 振り払うように、本庄さんの肩が大きく左右に揺れる。同時になにやら短く擬音のような言葉を放った。


 寝言? 無理やり言語化するならばぁや、だろうか。

 うーむ、お付きみたいな人でもいたのだろうか。裕福な生まれっぽいしな。


「失礼します」

 引きずってでも布団に運ぶか。幸い、すぐ隣に敷いてあるわけだし。


 両脇から腕を入れて抱えて、ずりずりとシーツの上へ本庄さんの尻をすべらせていく。ごめん雑な扱いで。


 お姫様抱っことか、こういうときにさらっとできたらかっこいいんだろうな。


 無事枕に頭を置いて、定位置に運びきったことを確認して。掛け布団を胸までかけた。そのときだった。


「おやすむぅ」

 突然腕が強い力で引っ張られる。

 わけもわからず、はへぇぇ、と素っ頓狂な悲鳴が漏れた。


「な、なに、なんですか」

 私は一瞬のうちに、本庄さんに布団の中へ引きずり込まれていた。


「あの、本庄さ、」

 痛い痛い痛いんですが。

 相撲のサバ折りみたいなポーズで抱き寄せられているもんだから、腰への圧迫感がやばい。心臓が別の意味でどっきどきだ。


 なんでこの人、寝ぼけているくせにこんな馬鹿力出せるんだ。

 腕の締め付けだけでもゆるめてほしくて、寝技にまいったをアピールするみたいに腕を叩くと。


「来てくれたんだぁ」

 くひひひと白い歯から忍び笑いが漏れて、背中へと両腕が絡められていく。


 腰の痛みは止まったものの、ますます布団の中から抜け出せなくなってしまった。この人前世アナコンダとかじゃないよね?


 引き剥がすのは気がひけるけど、朝私が布団に潜り込んでいると分かれば本庄さんがパニックを起こすだろう。


 寝込みを襲いに来たと誤解されても不思議じゃない。

 いや今はむしろ私が捕食されそうな構図だけど。


 なのに。まったくの不意打ちで掛けられた一言が、私の脱出意欲を刈り取っていった。


「やぁ、すきだぜぇ」

「っ」


 急に小声になって、耳元でぽつりとささやかれるものだから。

 力が頭から抜けていくように、代わりに口端から息が漏れていく。


「ずっと、ずーっと。だいすきさー」

 こんなの、単なる寝言に過ぎないのに。


 求められることにとことん弱い私には、ダイレクトに好意の言葉をすぐ側で聞かされて胸が締め付けられてくるのを感じていた。


 ついには、寝言にマジレスするというタブーを侵してしまう。

 なんで。そんなの、言質を取りたいからというエゴに他ならない。


「…………す、好き?」

「すきー」


 会話らしきものが成立してしまって、一気に胸が苦しくなる。

 好きって。なんでそんなときに限って何回も言ってくるんだよ。


 さっきだって。本当に聞きたかったことは絵を描くことについてじゃなかった。それもいずれは知りたいと思っていたけど。


 今まで何人、関係を持ってきたんですか。


 今さらお金の絡む関係はいけませんよと窘めたいわけじゃない。

 本当は人数なんて聞きたくもない。


 誰かと愛し合う本庄さん。誰かに今みたいに愛をささやく本庄さん。すべて本当にあったことであろうに。


 想像したくもない。なのに、聞き出したいという矛盾がぎりぎり喉にとどまっている。


 私は、知らなくてもいい本庄さんまで、知りたがっている。

 知ってどうするの? 得しないことは分かっているのに。


 だけど人のプライベートを根掘り葉掘り探るなんてことは許されないから、本心を隠して私は当たり障りのない会話を続ける。

 デートは、相手を気持ちよくさせてこそだから。


 だめだ。物理的にも心理的にも苦しいのに、ここから抜け出す気力が抜け落ちてしまった。


 断続的に放たれる無意識の愛の台詞が、私を見えない糸で縛っていくようで。

 私はきっと、もう戻れないところまで沈んでいる。


 だから、今は。ずるくもこの状況に甘えていよう。


「すきよー」

 私もですよ。


 かすかな声で。本人の意識がないこの瞬間に、私は答えた。

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