溺れてしまう
「勢いで誘っちゃったけど。本当によかったの?」
一挙2話放送のドラマが始まるまであと数分。長々と続くCMをぼーっと眺めていると、物理的に尻に敷いている本庄さんからためらいがちに聞かれた。
ただの恋愛ドラマと違って同性愛がテーマだし。そりゃ、人は選ぶよね。
「ええ。興味はありますので。そいや男性同士はたまーにありますけど、女性同士って滅多にないですよね。海外はけっこう見かけますけど」
抵抗や偏見はないんで、という言葉は引っ込めた。
当事者からすれば、その言葉そのものが普通じゃないって線引きしてるように映るだろうし。
「映画や小説、漫画の媒体だとそれなりに数はあるけど……ドラマの視聴者層は圧倒的に女性が多いからじゃないかしら。需要と供給のバランスってやつ」
映画やドラマって、知名度がある人を主演に添えて放送前から話題を作っておく必要があるし、数字が取れる人を絞ると成人している俳優さんが9割だ。
ガールズラブって言葉にある通り、少女同士のイメージが強いこのジャンルでは実写は相性が悪いのかなあ。
「でも意外」
「そうでしょうか?」
「二次元はありだけど三次元は無理とか、そもそも同性間の恋愛描写が無理って人にしか当たったことがないから」
未だ疑惑が晴れないのか、本庄さんは背中にくるくるとのの字を描く。くすぐったいんですけど。
「女性バディものの刑事ドラマとか、いい関係だなーって脳内補完しちゃうときはありますね。ダブル主人公で売る場合、関係性を重視する作りなので」
「そういう意見を聞くと、やっぱりガチじゃなく妄想の余地がある距離感がちょうどいいのかしらね」
女子校出身だったんで、と補足するのをためらってしまう。
そしたらいろいろ追求されそうだし。本庄さんにはあんまり、昔の私を知ってほしくない気持ちがあった。
そうしてドラマが始まったわけだけど、一言で言うならいろいろと斬新だった。
『同性を前提にお付き合いして下さい』
『心に決めた同性がいるのでダメです』
まずこの台詞から始まるんだぜ。下の台詞は主人公なんだぜ。
普通恋愛ドラマって何話もかけて成就するまでの過程を描くやつが多いけど、これ1話からすでに彼女がいてラブラブなんだぜ。
別れて新しい恋人を見つけ出す気配もなく、他者が入る余地なんてないくらい関係が完成されてんだわ。長年連れ添った夫婦感半端ない。
キャストはもっといるはずなのに、画面に出るのはほとんどが主人公とそのお相手。
こまけぇことは覚えんでええ、とりあえず主人公カップルだけ叩き込めって潔さを感じるほど。
残りの話数どうやって引っ張んだよって思ったよ。スタッフ攻めてんな。
「3話目以降どうなるか覚えてます? 私はネタバレしても大丈夫なんで」
「確か、次話はクラス1のイケメンに想いを寄せる親友の手助けをするはずよ」
さっそく女性同士じゃなくなってるけどいいのか。
「彼氏の浮気現場に突入したら実はバイでゲイの間男がいた話もあるし、男女問わずハーレムを築いている女子はアセクシャル(無性愛者)でひとりひとりとプラトニックな恋愛をしているシーンで1話を使い切る回もあるわ」
「これGLドラマって括りですよね?」
再放送だからそれなりに反響はあったんだろうけど、数字取れたんだろうかこれって。
女性同士の恋愛を期待して観たはずなのに、BLとかハーレムとか異性愛とかごたまぜに出されたら視聴者が定着しないんじゃないだろうか。
「でも、わたしは好きだな。このなんでもあり感が」
「女性同士だけではなくてもですか?」
「ええ。どんな関係性であっても、スタッフが描きたいのは純愛なんだなってわかるから。それぞれの愛の形がしっかり描写されているから」
確かに。同性愛作品では必ずと言っていいほどある”同性を愛することへの葛藤”や”同性愛に目覚めた背景”がこの作品には一切ない。
排除されがちな異性愛や異性の描写も普通に描いている。同性愛も異性愛も両性愛も無性愛も、この世界では否定されていない。
きっとこのスタッフの目指す理想の世界が、どんな性自認も性的指向も当たり前のように混在することなんだろうな。
にしても、これ。
「けっこう、えっちな描写多いですね……」
「そういう攻めた姿勢も魅力の一つなのよ」
主人公とそのパートナーさんは当然だけどものすげー愛し合っていて、肉体関係も当たり前のように描かれている。
2話目の最後にとんでもないものが待っていた。
今のシーンでは部活帰りに片方の家に泊まって(両親公認)、シャワーを浴びて普通にベッドインしている。
さすがにAVじゃないからガチのくんずほぐれつは描けないけど、ディープキスまではやっちゃってる。
キスシーンもいきなり絡み合うとこからじゃなくて、愛をささやいたあとに軽いちゅっちゅから描いてて……
本当にAVじゃないよねこれ? 女優さんよく抗議しなかったね?
いい歳して恥ずかしくなってきて、思わず顔を覆ってしまう。
昔親と映画を観ていたときに濃厚なキスシーンが流れて、いたたまれずトイレに逃げ出した記憶がよみがえってきた。
本庄さんは恥ずかしくないんだろうか。
さっきから無言で画面に没頭している彼女の方を振り向こうとすると、腹の下で組まれていた指がほどかれた。
「ごめんなさい。ちょっと足が……」
「す、すみません。しびれますよねさすがに」
1時間くらい大の大人が膝に座ってりゃ、誰だって限界がくる。
無言だったのは耐えてたのかな。察して私から降りるべきだった。
あわててすぐ隣のソファーに腰を下ろそうとすると、突然手首を掴まれた。
ん? 何?
「今度はわたしが乗ってもいい?」
「あ、どぞどぞ。ずっと椅子にしちゃってましたもんね」
それくらいのお詫びはしたい。
ソファーにもたれて待ってると、向かい合うように本庄さんが乗ってきた。
長いおさげが垂れ下がって、眼前に揺れる。そのまま、肩を掴まれた。
ちょ、逆。
「あの、それだとテレビ見えませんよ」
「もうEDだからいいわ。それとも、上里はこの後観たいものとかある?」
「いえ、特には……」
何のために乗ったんだ。そして体勢を変えた意味を、すぐに分からされることになる。
「……あの、これって”お支払い”ですか?」
頬を挟まれる。
細くてなめらかでぬくい両手が触れて、びくっと肩が跳ねた。何をしたいのかを、ようやく理解する。
「嫌だったら嫌と言ってくれれば、すぐに離れるわ」
つまり、さっきのドラマでその気になっちゃったってこと?
言葉通り、頬を挟んだまま本庄さんは微動だにしない。私にまだ、選択の余地はある。
それぞれの愛のかたちをつづったドラマを見た直後なのか。求められているということに、拒絶の意思が働かない。
「……では。今日はそれで」
これは”お支払い”だからと。都合のいい言葉を口にして、私は受け入れる。
キスだけで終わる保証もないのに。嫌だったらやめられるんだからと、ずるずる言い訳を重ねて深みに落ちていく。
「いい子ね」
すっと指が唇をなぞって、それからぬくもりが重なった。
二度、三度。軽く触れるだけの唇がかすって、柔らかい口唇が吸い付いてくる。
ドラマのような激しさはない。なのに何度も唇に押し当てられるたびに力が抜けていくようで、両手はだらりと下がったままだ。
「……っ」
顔全体を包んでいた甘い香りと体温が離れていって、代わりに耳元へと吐息が流し込まれる。
な、なんだなんだ。
「ねえ、忍ちゃん」
くすりと笑みをこぼしたような息を感じて、ひどく甘ったるい声でささやかれる。
目の前の女を年上どころかすごく小さい子でも前にしたかのように、頭を撫でられて。
「こんなかわいいところ、他の人には見せちゃだめよ」
はい、と。
何も考えられず条件反射でうなずいた私は、とっくにどうにかなっていた。
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