私のどこがいいんだろう

 次の日、私は珍しく電話をかけていた。

 通話の履歴を見ると、実にひと月ぶりだ。


『もひもひ』

 声の主からは呂律が回っていない。

 明らか寝起きっぽい声におそるおそる『今電話大丈夫ですか』と聞くと。


『いいけど。どうした?』

「突然だけどさ。お父さんって××高校勤めてたことある?」


 私の父親は教職員だった。科目は美術で、主に油絵を担当していた。

 今は定年を迎えて、ひっそり余生を過ごすのかと思いきやまた細々と時短の仕事を始めたみたいだけど。


『××高校だろ? 話してなかったっけ、行ってたって』

「ごめん初耳」

 父親に電話をかけた目的は、本庄さんが在籍していなかったか気になったためだ。


 彼女の年齢から逆算すると5、6年くらい前だから覚えているかわからないけど。

 そもそもそれを知って、どうすんだって話だが。

 探ってしまうくらいには、私も本庄さんに興味が湧いているんだろうな。


『本庄? 女子の? ……あー、あの問題児ね』


 も、問題児?

 あまりに私が抱く本庄さんのイメージ像とはかけ離れすぎて、よもや学生時代はやんちゃしていたのかと考えが飛躍してしまう。


『茶髪の子だろ? 目立ってたからよく覚えてるよ』

 その頃から染めていたのか……

 ルーズな会社ばかり渡り歩いていたせいか染めてる光景が当たり前で、感覚が麻痺していたけど。


『あ、悪い。守秘義務だったな。これ以上は娘でも無理だわ。またな』

「そ、そうだったね。ごめん」


 電話は一方的に切れた。

 うわ気になるな。気軽に聞こうとした私が迂闊だったんだけど。


 離婚してからも、こうして定期的に父親とは話したりする。

 こういう親子関係って珍しいのかな。面接交渉権ってやつで、月イチで会ってたのがいまもなんとなく続いている感じで。



 それから私は、布団を干したあとのマットレスの上でごろごろしていた。

 日曜日って、なんで休んでいい日のはずなのに得も言われぬ焦燥感がのしかかってくるんだろうか。


 理由はひとつ。本庄さんとの関係について。


 過去に面識は一切ないし、会社でも顔を合わせる機会はほとんどない。

 恋愛ゲームに例えれば、好きになる過程が短すぎてわからない。


 接点なんて、美少女イラストが好きってくらいだ。

 趣味の一致ならお友達のポジにおさまるだろうし、私も契約を交わすまではそうなると思っていた。



 女性とまた、関係を持つなんて思わなかったな。


 理由は私の学生時代にある。通っていた高校は女子校で、まあ、やっぱりというか。同性のカップルもそれなりにいた。

 普通にカムしている子もいたし、先輩の誰がかっこいいとか恋バナ感覚で話していた。


『忍はぜったいモテるよ』


 女子校に進学すると友人に告げた際に、言われたその一言が私の自尊心を増長させた。


 無駄に背が高くて面長で。実年齢より上に見られることはザラ。小学生時代は頻繁に男子と間違えられた。


 ランドセルは死ぬほど似合わなくて今でも卒アルは読み返せない。老けて見られていいことなんかひとつもない。


 当然ロング以外のスカートなんか履こうものなら痛い女丸出しの絵面になってしまうので、自然とボーイッシュな格好が増えた。


 そんな私でもちやほやされるかもしれない。

 これまでの人生で褒められたことなんてほとんどなかったから、一度くらい注目を浴びてみたい。


 モテるために運動部に入る男子の気持ちが、なんとなく分かった気がした。



 高校に上がる前に、まず髪型とメイクを必死で研究した。ボーイッシュが映えるように。

 入学してからは演劇部に入った。運動はあまり得意ではなかったってのもあるけど。

 宝塚の男役を研究して、王子様役を勝ち取れるように頑張った。


 交友関係ではオタク趣味を隠して、なるべく口角を上げるようにした。

 リーダーっぽい役職について、演劇部の鍛錬で培った爽やか系キャラを演じていた。女子グループでハブられないために。


 超見栄っ張りだったな、振り返ると。


 結果、2年のときにある1人の後輩から告白された。

 彼女を作るためにやってたことではなかったんだけど、それでも女同士がどういうものか、ちょっと興味はあったのだ。日常的に同性カップルを見てきたから。


 でも、長続きはしなかった。

『なんか違う』と評価を下されて、私は彼女の期待に応えられず終わった。


 別れた原因。

 求められているキャラクターを、私は演じきることができなかったのだ。


 お付き合いの役割において、私はタチ、いわゆる男役しかやったことがなかった。

 だからって経験値0の女に完璧なタチが務まるわけがない。

 女の子を攻めることに、私は喜びを見出すことはできなかった。


 私だって可愛がられてみたい。自分の中にはまだ、最低限の女心が残っていたことに気付かされる。


 もちろん世にはバリタチという方々がいてパートナー関係が成立していることも理解しているけど、少なくとも私には合っていなかったということだけは分かった。


 付き合っていた女の子はいま、男性と結婚して普通の家庭を築いている。

 そんな便りを最近聞いて、今さら気づいた。



 私、彼氏の代用品だったんだな。



 自分だって興味本位で関係を持った身だけどさ。女の子と一緒にいる時間はまあまあ楽しかった。

 だけど近づいてくる子は、みんな薄っぺらい王子様像に惹かれたってだけで。


 中身がばれて、失望されるのが怖い。相手の期待に応えないといけない。

 きっとその臆病な感情が少しずつ膨れ上がって、発症につながっていったのかもしれない。



 本庄さんは、果たして私のどこが好きになったんだろう。

 私はLINEを開いた。トーク画面に入って、打って、指が止まる。


『私のどこが好きか聞いてもいいですか』って。

 めんどくさい彼女みたいな文面だ。


 ……もし。男役を私に求めているとしたら。

 応えることができない。まだ期間が浅いうちに、関係を解消しないといけない。


 相手の好みは早々に熟知しておくべきなのに、訊くのが恐い。

 予想が当たっていたらまた、私は一人ぼっちになってしまうから。


「…………」


 私は頬を叩いた。

 寂しくて本当の自分を隠してしがみつくのか。

 嘘で塗り固めた仮面はいずれバレる。そうなればもっと相手を失望させてしまう。


 だいたい、私に普通の恋愛はできないんだ。

 この不安定な関係だっていずれ終わりがくるのだから、その期間がちょっとだけ早まっただけのことだろうが。


 意を決して、私は送信した。


『今大丈夫ですか?』

『はい なんでも結構ですよ』

 返事はすぐに来た。なるべく重くならないよう、気軽に話しかけるノリで私はメッセージを打った。


『いやあ 今さらなんですけど 本庄さんほどのお方に好かれるって夢みたいで』

『あら ありがとうございます』

『ぶっちゃけ 私のどこがいいんだろーって気になったんです』


 無難な回答がくるかもしれない。雰囲気とか話が合いそうとか。

 そうだとしても、ちょっとでも本庄さんの気持ちを推し量りたい。

 いったんスマホをスリープ状態にして、私は返信を待った。


 そして送って1分も経たないうちにスマホが鳴った。はええ。

 鳴り始めた心臓とともに、新着メッセージを開くと。



『とても可愛らしい女性だからですよ もう食べちゃいたいくらい』


 ぎゃおーと吠えるファンシーな怪獣のスタンプとともに、メッセージが飛び込んできた。


 ……なんで。

 単なる社交辞令かもしれないフランクな一言に、私は泣きそうになってるんだろう。

 震える唇を噛み締めて、私は返信する。


『なんだか照れますね』


 本当はもっとクソデカ感情を乗せたかったんだけど、まだ関係が浅い人に情熱的なメッセージを送るのも重いかなと思ってやめた。



 次のデートは、少しおしゃれを頑張ってみようかな。

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