妹の恋を応援するお姉ちゃん

アル

妹の恋を応援するお姉ちゃん

 昼休みはいつも親愛なる妹と食堂で昼食を取る。

 そんな私たちには多くの視線が送られる。しかし、その視線のほとんどは私ではなく妹を視界に捉えたくて。

 

 身長は高く、足もスラッと長い。それなのに少しの刺激で折れてしまいそうなくらいに細く、顔はとてつもなく小さい。八頭身近い体型をしている。低身長の私とは似ても似つかない。

そんな見た目に反して言動も可愛らしく、柔らかい印象を周りからは持たれている。実際のところ男子はもちろん、中には女子でも好意を持っている人もいるらしい。

 だからこそ視線を感じるのは日常茶飯事に過ぎない。

 

 でもそんなに好意を抱いているなら話しかけてくればいいのに。私だって空気を読んで席を外すことだってできる。可愛い、可愛い妹が取られるのは残念だが仕方がない。姉として甘んじて受け入れよう。

 でも誰一人として、行動するものはいない。お互いに牽制し合って、遠くから眺めるだけ。

 残念ながら、そんな根性なしに大切な妹を差し出す気にはならない。もうしばらくはこの聖域は私だけのもの──


「あの!」

 そう思ったのも束の間、こちらに控えめな視線を向けてくる男の子が一人立っていた。

 男子としては低身長。目元が隠れそうな程に伸びた、羨ましくなるほどサラサラで綺麗な黒髪。その髪色にお揃いの黒縁スクエアメガネを目元にかける。日焼けもほとんどしていなくて、肌荒れも見受けられない。制服も汚れひとつなく、綺麗に着こなす。いかにも真面目な優等生と言った感じだ。

 足元には赤色の柄の入った校内シューズを履いている。

 うちの高校では学年によって校内シューズにデザインされる柄の色が違う。三年の私は青。

 そして目の前の彼や妹たち一年は赤。この二人は同級生であると一目で分かる。

 となれば、言いたいことはある程度予想がつく。


「お昼、ご一緒して良いですか?」

 まさかこんな大人しそうな見た目をしている彼が一番に声をかけてくるとは。なかなかに肝が据わっている。

 こうなればさっきの言葉通り、邪魔者はおさらばしよう。女に二言はない。

 声をかけようと隣にいる妹を見ると、瞬き増えて、しきりに視線が泳ぎ始めた。段々と頬や耳元が薄く赤色に染まっていく。

 意外と好感触なのかもしれない。なおさら若い二人に任せた方がいい。

「あー、ちょっと私これから用があるから先に行くね」

「待ってお姉ちゃん……」

 妹が上目遣いで瞳を潤ませながらお願いしてくる。

 こんな表情をされてしまっては姉として、もっといじめたくなってしまう。

「ささ、ここどうぞ」

 待たせていた男の子を今まで自分の座っていた席、すなわち妹の目の前に誘導する。

 席に着いたのを確認して、問答無用に移動を開始する。

「……頑張ってね」

 妹の耳元で囁いた。すると湯気を上げるような勢いで妹の体温が上がっていくのが目に見えて分かった。その様子がすごくおかしくて吹き出しそうになってしまう。

 

 これ以上ここにいては笑いが堪えられない。急いで退散する。

 ある程度の距離まで離れたら、あの二人に見つからないようにコソコソ覗き見始める。

 残された二人はすごくぎこちなくて、とても純粋な青春映画を見ている気分にさせられる。そんな甘ったるい二人をおやつに食後のコーヒーを飲み干した。


 なのに、良い雰囲気だったにも関わらずあれから全く進展がない。

 昼休みも、登下校も今まで通り妹と私の二人でいる。百歩譲って学校では他の生徒もたくさんいるわけだから、人気な妹と一緒にはいられないのも分かる。なら休みの日、二人で出かけるくらいしてもいい。しかしそんな素振りを妹から見たことがない。

 そして今日も今日とて妹と二人で登校し、普段通りの学校が始まる。はずだった。

 

 下駄箱を開けると一通の手紙が入っていた。

 まさか、と思いつつ手紙を開くと。

『お話があります。放課後屋上に来てください』

 そう書かれていた。

 妹と間違ったんじゃないか、そう思わざる負えない。とはいえ、名前も書かれているわけではないし、ひょっとしたら私宛で正しいのかもしれない。それなのに一方的に無視するのも気が引ける。

 多少面倒に思いながらも放課後、一緒に帰る予定だった妹に一言断りを入れて屋上へと歩いた。

 屋上に到着すると待っていたのは、この間食堂で声をかけてきた男の子。

 

 ん? なんで妹ではなく私が呼ばれたんだ? 

 本当に妹と私を間違えるような天然を炸裂させたのか?

 

 完全に状況が飲み込めずに、屋上の入り口で立ち止まっていると、私に気づいた男の子が駆け寄ってくる。

「あ、ごめんなさい呼び出してしまって」

 間違えたのではなく、初めから私を呼び出していた口ぶりだ。彼が告白するのは妹のはず。益々、自分が呼ばれた意味が分からない。

「ちょっと相談がありまして……」

「相談?」

 万が一にも告白でもされるんじゃないかと身構えていた分、少々拍子抜けをくらう。

 でもほとんど話したことがない彼から受ける相談など思いつかない。

「えっと……その……」

 ここまできて彼は言いずらそうに、含みを持ち始めた。

 するとこの間の妹のように顔に赤みが出始める。その様子を見ていると彼から妹と同じような空気感を感じる。

 

 なんとなく想像できた。差し詰め、相談というのは妹関連だろう。

「で、妹の何が聞きたいんだね、後輩くん」

「えっなんで分かったんですか⁉︎」

 何にも汚れていない無垢な子供のように素直なリアクションを取られ、思わず笑ってしまう。この子は我が妹に引けを取らないくらい、いじり甲斐がありそうだ。

「とりあえず話を聞かせてよ、好きな子の姉を呼ぶくらい深刻なことなんだろう?」

「好き⁉︎ ……ではありますけど」

 テンプレの照れを披露してくれる。顔を真っ赤にして、俯く。頭からは湯気が立ち上っているように見える。どこまでも妹に似ていて、可愛がりたくなってしまう。

 しかし今はそんな欲望は堪えて、話を聞いてあげないといけない。

「実は、今度の休みに美咲さんと二人で出かける事になったんです」

「おぉ、いいじゃないか」

 やっとそういう話か出てきたのは姉としても嬉しい。それにこの子ことを案外気に入ってしまったし、この子なら妹を奪っていっても許すことができる。

「なんですけど……、どんな格好をしていけばいいか分からなくて。美咲さんの好みとか教えてください」

「なんだ、そんなことか」

「じゃあ教えていただけますか?」

 結構な勢いで食いついてきたが。

「ごめん、分かんないや」

 いくら姉妹でも細かな服の好みまでは分からない。ましてこのくらいの思春期ともなると、実の姉にはあまりそういう話をしてくれなくなってくる。

「そんな……」

 目の前の彼が暗く、残念そうな表情を浮かべた。そこまで深刻そんな顔をされては後味が悪い。


 仕方ない、彼には結構楽しませてもらったし。ここはひとつお姉ちゃんとして一肌脱いであげよう。

「じゃあ逆に、君は美咲にどんな格好をしてきて欲しいの?」

「どんなですか?」

 問われた彼が考え始める。その思考も程なくして終わり、答えが出された。

「……どんな格好でも僕は嬉しいです。けど、制服姿じゃない普段の美咲さんを見てみたいから、僕はいつも通りがいいです」

「そうだね。それじゃあ君の服装も決まったんじゃないかい?」

「……でも」

「まぁこれはあくまで私の意見だけど。その人本来の王道を知らないと、いつもと違う格好をしたって意味を持ってこないんだよ。コーヒーだって本来の味を知らないままにミルクや砂糖ではアレンジできないでしょ。

 だから好みに合わせるにしたって、まずは等身大を見てもらってからでも遅くないと思うよ」

「……そう、ですね。生意気言ってました。僕も変に背伸びしないで普段通りの服装にしようと思います」

「うんうん。素直な子はお姉ちゃん大好きだよ」

 答えを出せたご褒美に頭をワシャワシャ撫でてあげる。

 ──そういえば妹も頭を撫でられるのは好きだった。もう随分やってあげれてないけど、いつかタイミングがあればやってあげようかな。

「じゃあ頑張って。応援してるぞ少年」

 彼は律儀に頭を下げて、お礼を言ってくる。

「ありがとうございました、お姉さん」

「いや、お姉さんは気が早いから。美咲と結婚してからね」

「ち、違います、そういうつもりでは……」

 またも顔を紅潮させて、大慌てに否定している。最後の最後で私の大笑いを取ってくれる。

「じゃあね。妹をよろしく頼んだよ」

 言い残して、妹の待つ家へと帰った。

 

 もう私がこの二人にできることはないだろう。後はほっとけば、その内には──

「ねえ、お姉ちゃん。私に似合う服ってどんなのかな?」

 妹よ、お前もか。

 彼に話したのと同じような話を妹にもする羽目になってしまった。




 そして二人が出かける当日を迎えた。

 妹は直前まで準備していたようで、慌ただしく出かけていった。

そのせいもあり、先に来ていた彼を多少待たせてしまっていたようだった。

 それから二人が向かった先は遊園地。


 あれだけ余裕ぶっといて、いざ当日になると私が不安になってきて、二人の後を追ってしまっている。我ながら親バカならぬ、姉バカだと思う。

 この遊園地に来るまでほとんど会話なく、いざ入園しても業務的な会話しか聞こえてこない。

 見ているこっちがドギマギしてくる。

 結局、進展という進展が見受けられないまま日が落ちてきてしまった。

 最後に二人は観覧車に乗るようだ。流石に観覧車の中には着いていけない。 


 ベンチに腰をかけて、二人を待つことにした。

 どっと一日の疲れが体に出てきて、「ハァ」と思わずため息が出てしまう。

 背もたれに体重を預け、顔を見上げた。すると、

「冷たっ」

 こじんまりとした粉雪が降り始めた。その粉雪に遊園地の色とりどりのライトが反射する。

「そろそろ二人、降りてくるかな」


 観覧車から降りてきた二人の周りが粉雪のせいか、明るく見える。

 しかし以前と明確に違うのは二人の手元がしっかりと結ばれていた。

「やればできるじゃん」 

 ──今度こそ私の出番はもう必要ない。

 二人を包む色とりどりの世界に背を向けて、一人帰路についた。

 

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