第17話
八月八日。練習五日目。
学食で腹ごしらえを済ませてから、俺たち四人は部室で思い思いの時間を過ごしていた。
先日の四条の件もあり、一日のスケジュールが大幅に見直されることとなった。
改革案のひとつにあった昼休憩が、今日からこうして導入されているというわけだ。
とはいえ、いつもと様子が変わることはない。
日暮は「今日から周年イベあんだよ」とソシャゲのイベントを周回している。女子組はスマホ片手に、ユーチューブやらティックトックやらの話題で盛り上がっていた。
売れない芸人みたいなコンビ名がポンポン出てくるので「どこの芸能事務所だ?」と訊いてみたら、めちゃくちゃバカにされたのが五分前。こうして情報弱者は会話から閉め出されていくのだった。
手持ち無沙汰となった俺は、そういえば、とスチールキャビネットへ振り返る。
この前整理しているときに、ガムテープで厳封された大きめのクッキー缶を見つけたのだ。
撤収間際だったため放置し、それからすっかり存在を忘れていた。どうせたいしたものは入っていないだろうが、わざわざ簡単に開かないよう施されているのを見ると、無性に気になってくるもの。暇つぶしにはもってこいと判断して、ガサゴソとそいつを取り出す。
「お、なんだよそりゃ」
その異様なフォルムに目を惹かれたのか、日暮が反応する。
「ん~? なんね?」
「? どうかしたんですか?」
それに呼応するように、女子組の視線もこちらに引っ張られてきた。食いつきは非常に速い。
神社の池にパンくずをちぎっては投げるじいさんの気分を味わいながら、俺はいやらしく巻きついたガムテープをぴりぴりと剝がしていった。
「……なぁ堀川。それ、あんまり開けないほうがいい系じゃねぇ?」
「そんな系統ないだろ」
「もしかして、あまり見られたくないもの……ですかね?」
「すごかお宝かもしれんばい!」
「初代の履き古したストッキングとかな!」
「「…………」」
音海までジト目になってドン引きしている。なかなか見られない光景だ。
「ほら、開くぞ」
絡み合ったガムテープの束を丸めてから、俺はさっさとクッキー缶を開けた。
「……おぉ」
「なんね、なんね?」
そのなかに眠っていたのは、たった一冊の古びたノートだった。
A5サイズで、俺たちが普段使うものよりも一回り小さい。
表紙には「歌詞ノート♪ しおん専用(ほかの人はみちゃだめ♡)」――とあった。
「それって、もしかして……詩音さんの」
「読むか?」
ノートを音海のほうへ向けると、緊張の面持ちでうなずいた。
「歌詞ノートってことはつまり、天川詩音本人がオリ曲の作詞をしてたってことか?」
「そうらしい」
音海はそっと、ちょうどおとぎ話で魔法の本を開くときの要領で――秘密を覗き見るみたいに、そのノートを広げた。
「……わ……」
「……すごかね、こい……」
四条と音海は驚いたように目を見合わせて、再びノートの魔力に引き込まれていく。
「なんだなんだ……っと、これは……マジですげぇヤツだな」
日暮の言葉どおりだった。
まず一ページ目は、曲のイメージをひたすら絵で描き表していた。
おそらく『サンシャインガール♡』のものだ。太陽、海、水着、青空、サイダー、森、Tシャツ、風鈴、かき氷。思いついたものをひたすら描いて、描きまくっている。
ページをめくると、いくつもの単語のかたまりが、ノートのなかで縦横無尽に飛び上がっているかのようだった、
空に浮かぶシャボン玉を想像するといいかもしれない。いくつもの単語群が囲まれ、それぞれが線で結ばれ、いちいちメモが書きつけられている。
「恋の」「涼しい」「甘くてすっぱくて」「夏風」「弾ける」「しずく」「しゅわしゅわ」「ハイ-サイ」「パッション」「メロメロ」「草いきれ」――。
いくつもの言葉が浮かんでは消える。そのうちのどれかは弾け飛び、いくつかはまだ、ふわふわと青空を漂ったまま。
そのシャボン玉たちを、直感の糸で繋ぎとめていく。そういう作業がひたすら、ページをまたいで続けられていた。
そしてようやく――十数ページを費やしたところで、歌詞ページが現れる。たった一ページにすっきりとまとめられた、膨大な物語の結晶がそこにある。
「………あの、」
ずっと息を呑んで読み込んでいた音海が、不意に手をあげた。
「これ、わたしが持っていてもいいですかっ?」
「へ?」
不思議そうな顔をする四条に、音海は真剣なまなざしで向き合った。
「もちろん、ライブが終わればきちんとお返しします。……でもわたし、これを……家でじっくり読みたいんです」
なにか、思うところがあるのだろうか。
音海の顔つきは、これまでにないほど明確な意思を持っている。
「いいんじゃないか? 扱いにさえ気を遣えば」
「それは、もちろんですっ!」
音海にしては珍しく、ちょっとムキになっている。
「俺もいいと思うぜ」
「うんっ。持つべき人が持っとくのが、いちばんよかばい」
四条も日暮も、とくに異論はないらしかった。
「あ、ありがとうございます! 大切に読ませていただきますねっ」
嬉しそうな息を弾ませながら、音海は歌詞ノートをぎゅっと胸に抱きしめた。
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