第7話 従兄弟

 貯水池の底にある異界とこちらを繋ぐ門、ゲートをくぐった先も水中だった。

 真鈴は何となく予想していた。フューリが水面を指差すので、真っ直ぐに向かう。


「ぷはっ……!」


 真鈴は水面に顔を出すと、大きく息を吸った。


 そこは全く見たことのない場所だった。森だと思うが、所々に岩のような塊が突き出ていた。


「大丈夫か?」


 いつの間にか陸地に上がったフューリが手を差し出してくる。


「ありがとう」


 真鈴は彼の手を取って陸に上がった。二人の体はずぶ濡れだが、次第に湯気が煙のように立ち上り、あっという間に乾いてしまった。


 真鈴の力の影響である。力の持ち主である真鈴はもちろんのこと、真鈴に触れている間は、力を持たない者でも影響を受けるのだ。


「…………」


 フューリは初めて体験したのか、自身の手を見つめて驚いた顔をしている。


「……気持ち悪いでしょ?」


 真鈴は自嘲気味に呟いた。フューリははっとしてこちらに顔を向けると、はっきりと首を左右に振った。


「いいや。……不思議な力を持ったヤツはごろごろいる。見たことない力だけど、気持ち悪いとか思わないよ」


 フューリの口調は優しい。しっかりと真鈴の目を見て答えてきた。本心だろう。


「ふ〜ん……」


 真鈴はぶっきらぼうに答えたが、内心は嬉しかった。自分の力を受け入れてくれる。真鈴はそれだけで充分だった。


「ところで、ここはどこなの?」


 真鈴は改めて周囲を見渡した。所々突き出ている岩のような塊は、良く見ると透明度が高く、宝石のように見えた。それは全て紫色で巨大なアメジストのようだった。


「オレが住んでる孤児院の西にある森の中だ」


「孤児院? あなた、孤児だったの……?」


 真鈴が驚いて訊き返すと、フューリは頷いた。


「ああ、そうだよ。孤児院の院長先生に拾われる前の記憶はないんだ」


 フューリの言葉に、真鈴は返す言葉が見つからなかった。


 自分は、親や兄妹がいない人間の前で母親の不満を漏らしていたのか。

 真鈴はすごく悪いことをした気持ちになって俯いた。


「あ〜……、そんな気にすんな。オレにとってはそんな繊細な話でもないし」


 真鈴の心情を察したのか、フューリはわざと明るい口調で言った。

 真鈴は彼の顔を見た。こちらに気を遣っている様子ではない。本心なのだろう。


「…………」


「そんな顔すんなって。なんなら孤児院の連中に会いに行くか? オレの言葉が本心かどうかわかるだろうし」


 自分はどんな顔をしていたのだろうか。フューリは穏やかな顔をして提案してきた。


「え、ええ……」


 真鈴は何とかそれだけ答え、先導するフューリの後をついて行った。「こっちだ」とフューリは森の中を歩いて行く。


 森の木々のせいか、雨があまり降っていないように思える。だが、地面はかなりぬかるんでいて、気を抜くと滑ってしまいそうだった。


「あら……?」


 森を抜けた辺りで真鈴は声を漏らした。足元の落ち葉が乾燥していたのだ。秋頃の乾いた落ち葉のような小気味良い音がした。


 真鈴は思わず空を見上げた。雨が降っていなかった。いや、降ってはいるのだが、落ちて来ないのだ。


 雨粒は上空で見えない何かに遮られていた。じっと見つめていると、上空に金色の粒が漂っているように見えた。それは前にフューリに見せてもらったお守りの宝石に漂っていた金色の粒と同じようだった。


「何あれ? あんたのお守りの宝石と同じ金色の粒が見えるわ」


 その金色の粒は辺り一面の空を覆っていた。止まってはいない。動いているが不規則だ。


「ここからアレが見えるのかよ……」


 フューリが驚いたように呟く。


「そういえばあんた、あの金色の粒が見えると才能があるとかどうとか言ってたけど、それってどういうことなの?」


 真鈴はフューリのほうを見た。彼の口振りからするに、見えない人もいるようだ。


「ああ、あれは……」


「あれは金聖粒(きんしょうりゅう)と言うんだよ」


 突然、フューリの言葉に重なるように第三者の声がした。


「えっ……?」


 初めて聞く声のはずなのに、どこか聞き覚えがある気がするのは何故なのだろう。

 真鈴は声がしたほうを見た。淡い水色の円柱形の帽子。白と水色を基調としたローブ。真鈴やフューリと同年代の見た目だが、その落ち着いた雰囲気から年上に見える。手には山菜が入った籠を持っていた。


「アイレスト、ここ結界の端っこだぞ。こんなところまで来ていいのかよ?」


「結界から出なきゃ大丈夫だよ。それより……」


 アイレストと呼ばれた青年は真鈴を見た。髪はフューリと同じ銀髪だ。瞳は濃い青色だった。


「おかえり」


 アイレストは柔らかく微笑んだ。

 何故自分に言うのだろう。フューリの情報通りなら、この青年が真鈴の従兄弟だ。だが、真鈴にそんな実感はない。


「…………」


 真鈴は何も答えられなかった。

 フューリは、真鈴とアイレストが似ていると言うが、真鈴はそうは思わない。自分はこんなに落ち着いていない。目も髪の色も違うのに、どこが似ているというのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る