人質に取られたベッド

Mari

*

僕はクズだと思う。

性格だって良いとは言えないし、第一に働いてすらいない。


彼女は近所のコンビニで週5で働いていて、有難いことに僕はそのお陰で生活が出来ている。

そう、僕は所謂、ヒモである。


一度だけ、何故こんな僕と一緒に居てくれるのか彼女に聞いたことがある。


彼女は僕をぎゅうっとハグしてからこう言った。


「隆の顔が好きなんだもん」


僕はその返答を聞いてチョロい女だと思った。

そんな理由で構わない。

だってそれで僕は働かずとも生活が出来るのだから。


ただ1つ、彼女には今までの彼女とは違うところがあった。

極度の潔癖症だという事。


特に一緒に寝ているベッドに対しての執着が凄かった。

お風呂上がり以外はベッドに入らないこと、パジャマ以外の服装でベッドに入らないこと、飲食しないこと、起床時に粘着コロコロクリーナーで抜け落ちた髪の毛等を一切無い様にすること、毎日除菌スプレーをすること。


僕が前に一度、パジャマから部屋着に着替えて近くの自販機にジュースを買いに行った後にベッドに戻ろうとした時に普段は温厚な彼女が血相を変えて凄んだ事があった。


面倒臭いとは思ったが、パチンコに行くお金も渡してくれるし浮気にも気付かないし、何よりこのベッドに対する潔癖が利用できると思ったからだ。


金を貸してくれ、と言った時に少し嫌そうな顔をした彼女に

「ベッドでポテトチップス食べていいの?」とか言えばすぐに顔色を変えてお金を渡してくれる。


そう、ベッドを人質にすれば彼女は何でも僕の言うことを聞くのだった。





「パチンコ行ってくるから、金」


今日は仕事が休みで、リビングでゆったりと過ごしていた彼女は僕の言葉を無視した。

それはたまにある事だし、手に持っていたペットボトルのキャップを捻ってどうせこう言えばお金くらい渡してくれる。


「ベッドにコーラぶちまけるけどいい?」


ここで彼女は何時もの様にお金を渡してくれる。

と、思っていた。

聞こえなかったか?


「ベッドにコーラぶちまけるけどいい?」


もう一度そう言うと彼女は見ていたTVから視線を外し、僕の方をじろりと無言で見つめてきた。


「もう隆に渡す金なんかない」


は????

なんつった???


「ベッド汚されたら嫌なんじゃねぇの?」


僕はキャップを開けたペットボトルを持つ左手をベッドの方に向ける。


「コーラなんてどうってことない。私なんて今からもっと汚すから」


そう言って彼女は急に僕の手をぐいっと引っ張って、パジャマでも部屋着でもない僕をベッドに押し倒した。

彼女は僕の上に馬乗りになって、右手には包丁を持っているのが見えた。



何を、と思った瞬間、不敵な笑みを浮かべた彼女は僕の胸に包丁を勢いよく突き刺した。



「そろそろ買い替え時かな」


彼女がそう言ったところで僕の意識は無くなった。

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人質に取られたベッド Mari @mari3200mari

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