俺の仕える王女様が縁談をすべて断る理由

槻群夕日

1、王女様は縁談に興味がない

「何か理由をつけて断っておいて」

 ユーリア王女は、金髪の青年の肖像が自信たっぷりに微笑む紙片を、無造作にこちらへ投げた。

 俺はそれを手に取った。

「エウクランテ公は、王都の淑女の方々にとても人気のある美男子ですよ。その領地は王国内の自治領でも三番目の広さを誇り……」

 そこで王女は、もういいからやめてというようなジェスチャーをした。

「レオ。私、そういうの興味ないの。いつも言っているでしょ」

「そうでしたね」

 毎日のように繰り返される会話だ。


 王女様がこうやって持ち込まれた縁談を断るたびに俺はほっとしてしまう。

 本当は、王女様のお側仕えである俺は、彼女が立派な貴族と結婚をして幸せになることを応援するべきなのだろうが、彼女が誰か他人のものになることを思うと俺は寂しい気持ちになる。なんだか大切なものを他人に奪われるような気持ちになってしまうのだ。

 そんなことを考えていたら彼女が俺の顔をじっと見ていることに気づいた。気持ちが顔に出ていたのだろうか。自分勝手な考えを見透かされたのような気がしてどきっとした。


「しかし、いつ見ても平凡な顔ね」

 王女様は俺のことをからかうのが好きだ。

「悪かったですね。平凡で」

「どこかに特徴がないかいつも探しているだけれど」と言って更にじっと俺の顔を見つめる。「やっぱり平凡なのよね」

 俺は彼女の視線に耐えきれず目を逸らしてしまった。すると、王女はくすくすと笑った。

「レオは女性に慣れていなさすぎなのよ。私で慣れないと女の子とお出かけした時に困るよ。ほら、こっち見てよ」

 そんなことを言われても、ユーリア王女のような美しい女性にまじまじと見つめられて平気でいられる人なんているのだろうか。王女様は俺のことをこうやって玩具みたいにしていつも遊ぶのだ。まったく困ったものだ。


 本当だったらユーリア王女は王家の前例からすると、とっくに結婚相手が決まっているはずの年齢だ。

 それなのに一向にそういう話が聞こえてこないのは何か原因があるのでは、と周りが詮索しはじめるのも当然で、特に異例の若さでユーリア王女付きの最上級使用人バトラーに引き立てられた俺は好んで噂話の中心に置かれた。

 伝え聞いたところによると王宮の使用人の間で、

「ユーリア王女はレオンを情夫として側に置いているだけ。あいつに最上級使用人バトラーの仕事ができるはずがない」

 とか言われたり、はたまた酷い場合には、

「レオンがユーリア王女を誘惑して結婚の話をすべて断るように仕向けているらしい」

 など俺が黒幕になっていたりするそうだ。

 だいたい俺みたいな冴えない風貌の男が、なぜ王国一の美少女であるユーリア王女の相手にふさわしいと思うのか、もうちょっとリアリティのある噂話にして欲しいものだ。

 

 幸い王女の父親や母親、つまり王や王妃は俺のことを信用してくれているようで、そのような噂話を意に介すことはなかった。

 それでも娘が縁談をすべて断っていることは気になるようだ。

 王妃は俺に紅茶ティータイムの相手をさせて、娘の本心を聞き出そうとすることがある。今日もそんな日だった。


「ユーリアちゃんはどうして縁談をすべて断るのかしら。いくら断るといっても、一度会うくらいしてもいいじゃない」

「そうですね」

「誰かもう好きな人がいるから、とかだったりして。ねえレオ君何か知らない」

 と王妃は微笑みながら俺のことをじっと見る。娘に似た、しかし大人らしい品格に満ちた笑顔だ。

「いえ、私には心あたりがありません」

 王妃は俺の言葉に少し不満そうな表情をした。そんな顔をされても俺にユーリア王女の心の中はわからない。

「いつも近くにいるのにわからないのね」

「すみません」

「いいのよ。そのうちわかるでしょう。なんとなくあなたに任せておけば大丈夫そうな気がするのよね。ふふふ」


 王妃とのティータイムを終えてユーリア王女の部屋に戻ると、王女が膨れっ面で迎えた。

「お母様とのお茶は楽しかった?」と少し棘があるような言い方をする。

「ええまあ」

「ふうん。いいご身分ね」

 王女はつんとした態度をしている。

 使用人の仕事を放棄して、俺が王妃のところに遊びに行っていたという風に捉えているのだろうか。自分抜きで俺と王妃がお茶を飲んでいたのが、仲間はずれにされたように感じているのかもしれない。しかし、俺は王妃から来るように言われたら従うしかない。こちらに決定権はないのだ。


「で、なんの話をしていたの?」

 王女が縁談を断っている件とは言いづらいし、なんと答えようか迷っていると、

「え、何、答えづらいようなことなの? わかった、私の悪口でも言っていたんでしょう」と王女はますます不貞腐れたような顔をして言った。

「いや、そういう訳じゃ」

 すると王女は急に笑顔になって、

「ふふふ、冗談よ、冗談。わかってるわよ。私が縁談を断っていることについてでしょ。それくらいわかるわよ」と言った。

 俺は苦笑して、「ええまあ」と同意した。

 王女は今度は真面目な表情になって、

「もう少し待ってね。私自身もいろいろ整理をつけたいことがあるの。レオにも迷惑がかかっているのは知っているけれど、許して欲しい」と言った。

 俺は首を振った。

「全然、迷惑だなんて思っていませんよ」

 それは本心だ。それどころかむしろ、どうぞごゆっくり、と言いたかった。でももちろん言わない。それは俺の勝手な願望なのだ。

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