未曾有の恋
風鈴
第一章、鈴木優人
1話
──誰もが、人には言えぬ秘密を抱えて生きている。
▽
授業が終わりさっさと帰ろうとしたらクラスメイトに引き止められた。日曜日は空いてるかと。
「東高の清水みりが、鈴木優人が来るなら〜って。だから来て」
「そっか。じゃ」
「おい!清水みりだぞ!?確かにお前なら女困らないだろうけどさ…マジ今回だけ!頼む!」
勢いよく手を合わせて頭を下げられる。もう俺が行く体で予定を組まれてるらしい。 だる。誰だよ清水みり。どうせブスだろ。
知らねぇ奴との高い飯より一人で食うカップ麺の方が美味いに決まってる。女も恋愛も興味ない。愛とか恋とかどうでもいい。
「ごめん。そういうの彼女がうるさくて」
適当に愛想笑いしてその場を離れる。勿論嘘。 いたの!?誰!と後ろからデカい声がとんでくる。
廊下に響いたその声に反応して他の奴らもチラチラとこちらを振り向く。それで内緒話のつもりか。全部聞こえてんだよ。うるさい、全員
「あ〜!また皆死ねばいいのにって顔して!」
横からまたデカい声がした。
茶髪に笑う度きゅっと上がる目尻、淡く色付く唇と短いスカート。この3年でだいぶ人間に近づいたと思う。蒐はわざとらしく手を叩きケラケラと笑った。
「うるさい。殺すぞ」
「やだこわぁい」
躊躇せず蒐の首目掛けて手を伸ばす。すんでのところでバッと俺の手を掴み制止し蒐はまた笑った。ノールックで止めといて怖いのはどっちだよ。
「お腹空いたー…。今日のご飯何だろね?」
「お前はどうせ肉だろ」
右腕に蒐がぴっとりはりついたまま帰路につく。おかげで周りの視線めっちゃ感じる。
こいつ無駄に顔広いんだよな。女には媚び売って男には思わせぶりな態度。そんな人脈広げてどうするつもりなんだか。
どうせ本当のことを言えば離れていくような奴らなのに。
.
建付けの悪い扉を蹴飛ばして階段を降りる。商店街を抜けた先、路地裏に佇む薄汚れたビルの地下にあるダーツバーが俺と蒐のバイト先で住処。
バイトというかこっちが本業だけど、建前上まだ学生だから。
「ただいま!」
カランカランと音の大きいドアチャイムに負けないくらい大きな声で蒐が言う。カウンターの奥から一人の男が顔を覗かせた。
「おう、おかえり」
このおっさんはここの店長で俺らの保護者。保護者らしいことは特にしてもらってない。強いて言うなら寝床と飯を提供してくれる。
「今日は佐々木さんのお肉だぞ」
「やったぁ!早く食べよう!」
子犬の耳がぴょこんと立つように蒐が背筋を伸ばした。目を輝かせカウンターへと向かった。
俺も遅れてカウンターに腰掛けると蒐はもう“佐々木さんのお肉”を頬張っていた。目を細め首を振りながら心底美味しそうに。
「よくそんな顔できるよな」
「何急に!分けてあげないからね!?」
「褒めてない。全部お前が食え」
うるさい蒐の口角についたソースを親指で拭う。「え、本当に何?私のこと好きなの…?」とまたふざけてきた。近くにあったカクテルピンで刺そうとしたらそれを見てた店長に包丁で弾かれる。
「食いながらで良いから聞け。依頼だ」
ダンっと勢い良く肉塊がまな板に叩きつけられる音が響く。店長が怪しげに口角を上げる。目の色が変わった。
今回のターゲットは45歳の男で教師のくせに援交したりレイプしたりしてるらしい。依頼主はそいつに裸の写真ばら撒くと脅されて関係を強いられてるとか。キモ。
「ってことで優人、今日会う約束してるから」
「こいつが行くよ。そのおっさんに抱かれたいってさ」
指をさすようにナイフの刃先で蒐を指しながらニィと笑いかけてやる。今度は俺が蒐にフォークで刺されそうになった。
「あ〜!!ははひえ!みひほはか!!」
「え?なんてー?…ウワッ!?おま、ヨダレ!きったねぇ!!」
勢いつけて椅子に足を乗せる。俺が頬をつねって蒐は俺の髪を引っ張る。目の前でギャーギャー言い合いしても店長は気にせず仕事の話を続けた。
もう既に俺達の顔を使ってターゲットとネット上でやり取りをしたらしい。その時食いついたのが蒐ではなく俺の方だったと。
クソジジイ勝手に人の顔使いやがって…。
「どんな加工したか知らねぇけど俺は女装とか絶対しな
「依頼主男子高校生だよ。話聞いてた?」
店長がキョトンと首を傾げる。…は?
「え?そいつ援交してたんだろ?」
「うん。だから…。な?」
帰って来たら赤飯炊いてやると高笑い。蒐もニヤニヤしながら俺の肩に手を置く。
こいつら…。いつか絶対殺す…!
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