第5話 カフェ・アージョ
由真は階段を駆け上がり、元に戻ると周りを見渡し、何か食べ物を得られそうなところを探した。道は突き当たりの堤防を右奥へ行く方と左に折れる方とどちらも海岸沿いに続いていたが、それぞれ三・四軒しか家はなく、その先はカーブしていて見えなくなっていた。左側の二軒目に白い壁でうす煉瓦色の瓦、周りの民家とは明らかに違う、お店かもしれない建物があった。
由真は、そこまで歩いて行き、カフェであることを確認した。左端の玄関は、住居の入り口で、右側には外から二階に上がる階段があった。カフェは、外から入る二階にあるらしかった。
由真は階段を上る前にここに来て初めてスマホの時刻を確認した。一〇時二五分。 夜中の三時だったはずなのにもう一〇時を過ぎている。いつの間にどこで時間が過ぎてしまったのか、お腹が空いていることを考えると単に時刻が間違っているだけではなさそうだ。何か食べさせてくれるだろうか、ランチを食べるには少し早すぎるようなと思いながらも階段を上り始めた。上の踊り場まで来て左側にあるドアのノブの位置を確認しながら由真は、後ろを振り向いた。
――わあ、青い。上から見ると更に青いなあ。やっぱりどこだろう? そこには波一つない穏やかな湾のとてもまぶしい青い海があった。
カラン・コロン、由真は、ドアを押し開け、ドアベルを勢いよく鳴らしてみた。
「おはようございます。なんか食べるものありますか?」 そして、ベルより更に大きな声で 叫んだ。奥の方から三・四〇代ぐらいの色白でスラっとした女性が出てきた。他の客はいないようだ。
「いらっしゃいませ。一応、食事は予約制ですが、ひとり二人分なら出来ますよ。おひとりですか?」
その女性はニコニコしながら由真に尋ねた。
「良かったぁ、お腹ペコペコになっちゃって、ひとりです」
「コース料理で一五〇〇円ですが大丈夫ですか?」
――安っ。「はい、大丈夫です。お願いします」
「かしこまりました。では中へどうぞお好きな席へおかけください」
中は板張りの床と白いクロスの壁で外の海と建物の外観の雰囲気と合っていた。海側にあまり大きくない窓が二つあり、青い海と対岸を観ながら座るカウンターの一人掛席が四つ、四人掛けのテーブルが二つあった。由真は、海が窓越しに左手に観える入口側の四人掛け席の手前側に座った。
「いらっしゃいませ。今日は、どんなお悩みを持ってきましたか?」 先ほどの女性が水を運んで来ながら由真に尋ねた。
――えっ、いきなり、何?
「いいえ、私は、ただお腹すいてここに来ただけです」由真は、驚いてそう答えた。
「あら、そう、あなたどこから来たの? 悩みがない人は、ここに来ないわよ」
「そうでした。ここは、どこか分からないのが今の悩みです。私は大塔のマンションへ帰る途中だったんですがここに迷い込んじゃって気づいたらもう朝で、お腹すいてもうすぐ昼で、あっ、もうすぐ昼ですよね?」由真は素直に尋ねた。
「はい、まだ十一時になってないけどもうすぐ昼ですね。大塔?」
「佐世保市の大塔です。ここは佐世保じゃないんですか?」
佐世保にもきれいな海はある。由真は、佐世保のどこかの海岸だろうと思っていた。
「佐世保の方なんですね。ここは天草、熊本県の、正確には上天草市よ。天草五橋の四号橋と五号橋の途中の島」
「へえ、天草って熊本県なんだ。長崎県かもって思ってた。それでなんで私は天草にいるんですかね?」
由真は、この距離、時間の不思議なギャップを埋めようともう一度素直な気持ちでその女性に尋ねてみた。
「ひょっとして雑木林の所から出てきましたか?」女性は相変わらずニコニコして今度は由真に尋ねた。
「出てきた? 出てきたと言われればそうかもしれません。暗闇の中の薄い明りが急に眩しくなって、気づいたら林の中で夜も明けててそのまま進んだらこの海に突き当たりました。そうです。雑木林の中から出てきました」
「そうですか、やっぱりね。最近、雑木林のところからやってきましたって人が多いのよね。そして何か悩みを持ってくる。で、あなたのお悩みは?」
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