第61話 普通にバレバレだったけど

 素早く距離を取りながら、ハイゼンは驚愕する。


「(一体何なのだっ、こいつは!? そういえば最近、この編入生について、幾つか荒唐無稽な噂を耳にしていた気がする……どれもただの噂だと、聞き流していたが……)」


 今の一瞬の攻防だけで理解した。

 目の前の少年は、ただの子供ではない、と。


「(だが明らかに甘い……先ほど背後を取ったにもかかわらず、すぐに攻撃してこなかった……。今もそうだ。この辺りはやはり子供か)」


 ならば経験の差で覆してみせると、ハイゼンが覚悟を決めたときだった。


「あ、ちょっとだけ切れちゃった」


 暢気に呟くエデルの指。

 そこには先ほどハイゼンの剣を受けたときに付いたのだろう、赤い切り口があった。


「はっ、はははははははははははっ!」


 思わず笑い声を響かせるハイゼン。

 不思議そうな顔をするエデルへ、その事実を告げた。


「私の剣には毒が塗られている! それも僅かでも体内に入れば、ワイバーンすら殺せる猛毒だ! お前が幾ら強かろうと、間もなく死ぬ! 油断して私の剣を素手で受けたのが、大きな間違いだったな!」


 だがそれを聞いても、エデルは平然としたまま、


「へえ、そうなんだ。確かにちょっとピリピリするね」

「……ピリピリだと? いや、すぐに効いてくるはずだ! 全身が腐り、これ以上ないほど醜い死体と成り果てるがいい!」


 そう言いつつも、ハイゼンは違和感を覚えていた。


 毒を受けた指や手あたりは、すでに壊死し始めていてもおかしくないはずだ。

 しかし見たところ、ほんの僅かに指先が青くなっているだけである。


 それから幾ら待ってみても、毒の影響が出る気配はなかった。

 それどころか、指の色も元に戻り、切り口もすっかり無くなってしまう。


「馬鹿なっ!? ま、まさか、毒を塗り忘れていたのかっ!?」

「ううん、ちゃんと毒は塗られてたと思うよ? だけど僕、毒には耐性があるんだ」

「ワイバーンを殺す猛毒だぞ!? 耐性云々でどうにかなるかっ!」

「そうかな?」


 そもそも並の解毒魔法や毒消し草などでは効かないレベルの毒なのだ。

 もしそれを本人の治癒力だけで解毒してしまったとすれば、とんでもない化け物である。


「……くっ!」


 再び隠密詠唱によって、影魔法を発動するハイゼン。

 エデルの足元から、剣のごとく鋭利な影が何本も出現し、串刺しにせんと襲いかかった。


 だがそれがエデルに届くことはなかった。

 いつの間にか展開されていた結界が、影の刃を完全に防いでしまったのだ。


 先ほどから詠唱していた様子はない。

 ハイゼンは叫んだ。


「やはり隠密詠唱か……っ! しかもこの私ですら詠唱を察知できないとは……っ!」

「隠密詠唱? ああ、さっきから先生が使ってるやつかな?」

「なんだとっ?」


 私の隠密詠唱がバレていたのかと、ハイゼンは愕然とする。

 一方でこちらはまったく察知できていなかったということは、相手の方が隠密詠唱の技術で上回っているということになってしまう。


「そ、そんなはずはっ……私の隠密詠唱の技術は、この国でもトップクラスなのだぞっ!?」

「普通にバレバレだったけど……」

「っ……な、ならばお前は一体、どうやってそこまでの隠密詠唱を実現しているっ!?」


 そんな方法があるなら言ってみろと問い詰めるハイゼン。

 しかしかえってきたのは、彼の予想を大きく超えた返答だった。


「いや、僕はそもそも詠唱なんてしてないよ。ていうか、ずっと不思議だったんだけど、何でみんな魔法を使うとき、詠唱なんてするの? 面倒じゃない?」

「ま、まさか、お前は無詠唱で魔法を使っているとでもいうのかっ!?」

「そうだけど?」


 さも当然のような顔をするエデルに、ハイゼンは声を荒らげる。


「む、無詠唱は高難度の魔法技術だ……っ! 熟練の魔法使いですら、使える者はごく少数なのだぞっ!?」

「そうなの? じいちゃんからはそのやり方しか教えてもらわなかったから、それが普通だと思ってたんだけど」

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