第60話 泥で作った偽物だよ

 グリスから得られた情報を元に、森の中にある古い砦にやってきたエデルは、そのまま砦へと乗り込んだ。


「な、なぜこの場所が分かったんだ!?」

「くそっ、このガキ、強すぎるぞ……っ!?」

「ぎゃあああああっ!?」


 そうして中にいた野盗集団をあっさり全滅させてしまうと、後は簡単だった。

 何も知らない野盗たちが生徒を砦へと運んできてくれるので、その都度倒して生徒たちを保護していくだけだ。


「ね、簡単でしょ? 砦さえ奪っちゃえば、待ってるだけでいいって」

「「「どこが!?」」」


 ティナたちに思い切りツッコまれたりしつつ、エデルは野盗を片づけていく。

 なお怪我をしていた生徒も多いので、治療は彼女たちに任せた。


 運ばれてきた中にはシャルティアもいた。


「ふ、不覚を取りました……この私としたことが……」


 目を覚ました彼女は、生徒を護ることもできずに、ハイゼンにやられてしまった自分が許せないようだ。


「ああ、もはや犬になってお詫びするしか……」


 意味不明なことを言い始めるシャルティアに、エデルは提案する。


「それよりここは任せてくれていいから、学校に応援を呼んでくれない? 野盗を捕まえて運ぶ人手が必要でしょ?」

「わんっ! じゃなかった、分かりました……」


 その後、今回の事件の首謀者であるハイゼンが砦へと現れたのである。






「……そんなわけで、すでに計画は失敗に終わってるよ」

「ば、馬鹿なっ……」


 エデルが一通り状況を説明し終えると、ハイゼンは愕然と唇を震わせた。


「い、いや、そんなはずがない……っ! 私を混乱させようという魂胆だろう……っ!?」

「わざわざそんなことしないよ。それより大人しく捕まったらどう?」

「っ……その手には乗らん……っ!」


 エデルを排除し、砦の中を確認する。

 すべては自分の目で判断してからだと、ハイゼンは胸の動揺を鎮める。


「そもそも、お前の言うことが本当なら、なぜたった一人で私を迎え出た? 他の者たちと力を合わせるはずだろう」

「? 単に一人で十分だからだけど?」

「……それもハッタリか? あるいは時間稼ぎか? いずれにせよ、もはや会話は不要だ。人質の数は十分だからな、お前は今ここで死ね!」


 剣を抜き、エデルに躍りかかるハイゼン。

 対するエデルは、身構えることもなく平然とその場に突っ立ったままだ。


「(罠か? だがその手には乗らん!)」


 ハイゼンは距離を詰めるとみせかけ、得意の影魔法を発動する。


 事前にこっそり詠唱しておいて、いつでも使えるように準備していたのだ。

 隠密詠唱という技術で、彼はこれを得意としている。


 エデルの足元の影がぐねぐねと動き出し、その身体に巻き付いて拘束した。


「終わりだ!」


 身動きを封じたエデル目がけ、ハイゼンが剣を投擲する。

 真っ直ぐ飛んでいったそれは、エデルの心臓を貫いた。


「ふん、他愛もない」


 鼻を鳴らして、勝利を確信するハイゼン。

 しかし次の瞬間、エデルの身体がどろりと溶ける。


「なにっ!?」

「泥で作った偽物だよ」

「っ!?」


 背後から聞こえてきた声にハイゼンは絶句する。


 いつの間に泥の偽物と入れ替わっていたのか。

 そしていつの間に後ろを取られていたのか。


「(こいつも隠密詠唱を使って、泥人形を作り出していたのか? だが、あんな精巧なものをこの短時間で……? それに、入れ替わる隙などなかったはず……)」


 相手はたかが一年生の生徒。

 なのにハイゼンには、今の動きが何一つ理解できなかった。


「くっ……」


 それでも鍛え抜かれた反射神経で咄嗟に身体を転じると同時、影の中から新たな剣を取り出し、エデルを斬りつけていた。

 まさかこれほどの速度で反撃してくるとは思ってもいなかったのだろう、刀身は見事に少年の首へと迫り――


「(はっ、油断したな……っ! 所詮は子供かっ! 私は影の中に何本も剣を隠し持っているのだっ!)」


 ――そこで停止した。


「……は?」


 信じられないことに、エデルが指で刀身を摘まみ、ハイゼンの斬撃を受け止めていたのだ。

 しかも余裕の表情である。


「ば、ば、馬鹿な……っ!?」


 どれだけの反射神経と動体視力があれば、そんな真似ができるのか。

 そして当然、斬撃を指先だけで止めるだけの力も必要だ。


 ハイゼンが必死に剣を引いても、ビクともしない。

 まるでアダマンタイトにでも突き刺さっているかのような手応えである。


 ハイゼンは慌てて剣を手放し、距離を取ることしかできなかった。

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