第50話 寝ぼけてるね

「どうやったらっ……言うこと聞いてくれるのよ……っ!」


 暴走する炎を懸命に制御しようとするアリスだが、今のところまったくその成果が出る気配はない。


「たぶんその内できるようになるよ。それまではこのまま地道に続けていくしかないね」


 焦り始めるアリスとは対照的に、エデルは暢気なものだ。

 そうこうしている間に、次第に炎の勢いそのものが衰えてきた。


「ま、魔力が……尽きてきたみたいね……」


 ぜえぜえと息を荒らげ、残念そうに呟くアリス。

 幾ら膨大な魔力を有する彼女といえ、これだけの炎を維持し続けていれば、魔力が枯渇してしまうのも当然だった。


「よ、ようやく収まってきたか……」

「あんな炎を、あれだけ長く出し続けるなんて……一体どんな魔力してんだよ……」


 クラスメイトたちが安堵と驚きの息を吐く中、エデルがゆっくりとアリスに近づいていくと、お疲れ様とばかりにその肩に手を置いた。

 それを受けて、魔力を閉めようとしたときだった。


「あれ? 何で止めちゃうの?」

「……? だって、もう魔力が……」

「魔力なら今、補填したよ?」

「え?」


 何を言っているのだろうという顔をするアリスだったが、そのとき自分の体内を巡る魔力が復活していることに気が付いた。


「僕の魔力を分け与えたんだ」

「そ、そんなことができるの!? でも、確かに魔力が回復してる……っ!? って、ちょっと待ちなさい……っ! ということは、私よりあんたの方が魔力が多いってこと……?」

「そうだけど?」


 驚くアリスに対して、さも当然、という反応をするエデルである。


「僕の方はまだまだたっぷりあるから、気にしなくていいよ」

「……」


 納得できない思いを抱きつつも、アリスは制御の訓練を続けた。

 そして彼女の魔力が失われる度に、エデルが自分の魔力を与えていく。


「いやいやいや、あんたどうなってんのよ!? 何でそんなに魔力があるのよ!?」


 すでに五回も魔力を補填されて、アリスは思わず叫んだ。

 これで少なくともエデルは、アリスの五倍の魔力を保有していることになってしまう。


「心配しなくてもまだまだあるよ。こういうこともあろうかと、あらかじめ大量の魔力を亜空間の中に保管してあるからさ」

「どういうこと!?」

「簡単に言うと、予備があるってこと。予備の方が何十倍も多いんだけどね」

「説明されてもよく分からないんだけど!?」


 しかし魔力があるとはいえ、すでにもう一時間近くも続けている。

 アリスの疲労はピークに達し、集中力も切れかかっていた。


 できればいったん休憩を取りたいアリスだったが、そんな彼女にエデルはにっこり微笑んで、


「だからまだまだ練習を続けられるね」

「っ……」


 こいつはとんでもないスパルタ野郎だと悟り、思い切り頬を引き攣らせるアリス。


「そ、そろそろ、授業が終わっちゃうんだけど?」

「あれ、そうだっけ? うーん、じゃあ、仕方ないなぁ」


 アリスはほっと安堵の息を吐く。

 しかし次のエデルの言葉に、戦慄させられるのだった。


「じゃあ、続きは放課後にしよう」







 その日の放課後から、アリスの厳しい訓練が始まった。


 エデルはとにかく容赦なかった。

 魔力が切れても切れてもその度に回復させられ、延々と終わらせてくれない。


「まだやれるやれる。だってまだ気を失ってないでしょ」

「気を失うまでやらせるつもり!?」

「僕は気を失ってもやらされてたけど?」

「あんたもしかして虐待されてたんじゃないわよね!?」


 そのため訓練は夜遅く、アリスが倒れそうになるまで続いた。


 しかも訓練は夜だけではない。

 早朝にも行われたのだ。


 エデルは当然のように壁をすり抜け、勝手に部屋に入ってくる。


「じゃあ訓練に行くよ」

「いやあああああっ! もう行きたくないっ! まだ寝てたいっ!」

「あはは、寝ぼけてるね」

「バキバキに起きてるわよっ!」


 その日は必死にベッドにしがみ付いて抵抗したアリスだったが、気が付くとそのベッドごと訓練場へと移動していた。


「はい着いたよ」

「あんた出鱈目にもほどがあるでしょ!?」


 それでも訓練を嫌がるアリスに、エデルは言うのだった。


「大丈夫大丈夫。そのうち苦しいを超えて、もはや何も感じなくなるから」

「それ全然大丈夫じゃないんだけど!?」

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