第31話 弱く見えるからな

「おいバルク、面白そうなことしてるじゃねぇか」

「そいつ一年だろ? ちゃんと手加減してやれよ」


 二年生の格闘技部員とエデルがリング上で対峙していると、各々でウォーミングアップなどをしていた他の部員が集まってきた。


「当然だ。俺が本気を出したら一年を殺してしまうだろう」

「はは、それはそうだな。なにせ二年生にして、すでに試合のレギュラー張ってるくらいだ」


 どうやら彼は格闘技部の中でも指折りの実力者らしい。

 確かに今いる他の部員たちと比べても、仕上がった肉体をしている。


「兄貴、ぜひあいつの鼻、へし折っちゃってくださいっす! オレみたいに!」


 リングの脇からそんな応援を飛ばすのはガイザーだ。

 彼もまた剣技部で将来のエースとして期待されており、その自負があったのだが、エデルには手も足も出なかったのである。


「じいちゃんとしてたのは別に戯れじゃないけどなぁ」


 一方エデルは不満そうに呟いていた。


「何度も死にかけたし。じいちゃん、普通に腕とかもいでくるからさ」


 首を捻り折られ、見えてはいけない方向が見えたときは、本当に死んだと思ったものだ。

 ギリギリ治癒魔法が間に合って、事なきを得たことが何度もあった。


「ふん、あまり吠えるのはお勧めしないぞ。弱く見えるからな」


 ただのハッタリだと切り捨ててから、バルクは告げた。


「行くぞ」


 次の瞬間、バルクの全身から凄まじい圧力が放出された。


「っ……」


 思わず圧倒されたのは、リングの外にいるはずのガイザーだ。

 元から大きかったバルクの身体だが、それが二倍、いや、三倍にも膨れ上がったかのように、彼には錯覚されていた。


「さ、さすがバルクだ」

「……凄まじい闘気だな」


 賞賛の言葉を口にする他の部員たちも、額から汗を垂らしている。


「しかし、本気を出さないとか言っておいてこれか」

「あの一年、動くこともできねぇだろ……って!?」


 そこで彼らは目を丸くした。

 バルクのプレッシャーを正面から浴び、それだけで膝を屈していてもおかしくないはずの一年生が、まるで微風でも浴びているような涼しい顔で、平然と立っていたのである。


「……ほう、胆力だけはなかなかのようだな。褒めてやろう」


 ニヤリ、と不敵に笑ったバルクが、リングの床を蹴った。

 独特の走法で一気に距離を詰める。


「出た! 東方の忍者からヒントを得た、バルクの接近術! 相手は突然目の前に現れたかのように錯覚し、驚きのあまり対処が遅れ……え?」

「なっ!?」


 驚いたのはバルクの方だった。

 いつの間にか目の前から、エデルの姿が掻き消えていたのである。


「ど、どこにっ!?」

「ここだよ」

「っ!?」


 エデルがいたのはバルクの背後だった。

 これには彼だけでなく、他の部員たちも目を見開く。


「な、なぁ、今、いつ後ろに回ったんだ……?」

「いや、俺にはまったく見えなかった……お前は見えたか?」

「ぜ、全然……」


 どうやらリング上にいるバルクのみならず、外から見ていた部員たちにすら、エデルの動きを見逃していたらしい。


「い、一体どんな魔法を使った!? 格闘技で魔法は禁じられているのだぞ!?」


 声を荒らげて追及するバルクだが、エデルは首を振って、


「魔法なんて使ってないよ?」

「そ、そんなはずはっ……」


 信じがたい思いで、リングの周囲を構成しているコーナーポストを見遣るバルク。

 そこにはリング内で魔法を使用した際に反応し、赤く光る仕組みのランプが設置されていた。


「ひ、光っていないだと……? 本当に今のは魔法ではなかったというのか……?」


 愕然としつつも、バルクは再びエデルに躍りかかった。

 今度はその動きをしっかり捉えようと、極限まで集中する。


 そのお陰か、床を蹴って横に飛ぶエデルの姿がはっきりと見えた。


「見えたぞ! こっちだ!」

「それは残像だよ」

「っ!?」


 エデルの声が反対側から聞こえてきたため、バルクは愕然とするのだった。

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