第30話 その肉体に教え込んでやろう

 エデルが放ったファイアボール(?)が見事、的へと直撃する。

 と同時に凄まじい火柱が天高く立ち上がり、三百メートル離れた場所まで熱風が押し寄せてきた。


 やがて火柱が収まったあと、そこに残されていたのは、ドロドロに溶解した的だ。


「と、特注の的が……一撃で溶けちまった……」

「というか、今の魔法、何だったんだ……? 目視できないほどの速度で飛んでったし……どう考えてもファイアボールじゃねぇだろ……」


 その場にいた射撃部員たちが揃って唖然とする中、エデルは言った。


「次は風魔法を試してみていいかな?」

「「「絶対にやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」







 ビアンサから涙ながらに「帰ってくれ」と訴えられて、エデルとガイザーはすごすごと射撃部を後にしていた。


「……追い出されちゃった。何でだろ? やっぱり的を壊しちゃったからかな? だって、ガイザーが大丈夫だって言ったし」

「そ、それは悪かったっす! ただ、たぶん的を壊したのが原因じゃないっす! 強いて言うなら、部員たちの精神を壊したせいっす!」

「?」

「にしても、さすが兄貴っす! 魔法の威力は元より、狙いも完璧だったっすね!」

「じいちゃんはもっと凄かったけどね」

「一体どんなお爺さんだったんすか……」


 エデルも五キロくらい先の魔物を狩るくらいは、何度も成功したことがあったが、さすがにじいちゃんの持つ記録の十キロは抜けなかった。

 三百メートル先の的など、じいちゃんなら後ろを向いていても撃ち抜けるだろう。


「他にはどこ見てみたいっすか?」

「そうだね……あれは?」


 エデルが発見したのは、正八角形をした謎のリングだった。

 周囲に鉄網のようなものが張られており、まるで猛獣を閉じ込める檻のようである。


「あれは格闘技部のリングっすね! 武器や魔法なんかを一切使用せずに、鍛え上げた己の肉体のみで戦うのが格闘技っす!」

「魔法もダメなんだ。毒とか硫酸なんかもダメなの?」

「ダメに決まってるっす! 彼らは正々堂々、己の身体だけを頼りに戦うっすよ!」


 正々堂々なんて、魔界にはなかった概念である。


「ちょっと面白そうかも」

「じゃあ見に行ってみるっすか!」


 どうやらこちらもまだ部活前らしく、ほとんど部員が見当たらない。

 それでもリングに近づいていくと、一人の男子生徒が声をかけてきた。


「お前たち一年か? 我が部に何か用か?」


 一年生にしては体躯のいいガイザーより、一回り、いや、二回りは大きいだろうか。

 ブーメラン型のパンツを穿き、その上に長い外套を羽織っているだけなので、鍛え上げた肉体が露わになっている。


「編入生の兄貴が部活を見学したいって言ってるっす」

「兄貴?」


 男子生徒が値踏みするような目でエデルを見てくる。


「ふん、随分と軟弱そうだな。だがまぁ、まだ一年か。今は貧弱な身体でも、しっかり鍛えれば俺のような肉体を作り上げるのも夢ではないだろう。おっと、名乗るのが遅れたな、俺の名はバルク。二年生だ」

「僕はエデルだよ。純粋な肉体だけっていうのはないけど、じいちゃんとはたまに肉弾戦をやってたんだ」


 もし武器を失ったり、魔法を封じられたり、といった場合を想定しての訓練である。

 こんなあらかじめ用意されたリングの上で戦ったことはないが、断崖絶壁や暗くて狭い場所など、様々なフィールドで行っていた。


「……どうやら格闘技というものを舐めているようだな」


 エデルの発言が気に入らなかったのか、バルクという名の上級生は不快げに鼻を鳴らすと、エデルをリングへ上がるように要求した。


「せっかくだから、見学よりも実戦形式で歓迎してやろう」

「今から戦うってこと?」

「そうだ。お前がやっていた老人との戯れなどとは根本から違う。本物の格闘技というものを、この俺が直々にその肉体に教え込んでやろう」


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