第3話 お前は人間界に行くのじゃ
じいちゃんが死んだ。
もって数日と言ってから、本当に数日後のことだった。
めちゃくちゃ元気にエデルを叱ってきたので、きっとまだまだ生きるだろうと思っていたのに、ある日の朝、気づいたら息をしていなかったのだ。
じいちゃんに拾われて育てられた彼に、元より身寄りなんていない。
エデルは一人になってしまったのだ。
ただ、死ぬ前にじいちゃんが教えてくれたことがあった。
『実はじゃな、エデル。お前と儂がいるこの場所、本来は儂らのような人間が住む世界ではないのじゃ』
『え、どういうこと?』
『ここは魔界なのじゃ。つまり、魔族と呼ばれる者たちが住む世界での、人間が住む世界はまた別にあるのじゃよ』
『魔族と人間は何が違うの?』
『人間は魔族ほど個性的ではない。お前と儂のように、だいたい見た目が一致しておる。じゃが、魔族は見た目も性質も多種多様じゃ』
『……? じいちゃんと僕も結構違うと思うけど。じいちゃん髪の毛ないし』
『儂も若い頃はふさふさじゃったわい!』
確かに、獣っぽかったり目が三つあったり青色の肌をしていたり、といった違いと比べれば、髪の毛の有り無しは小さなものかもしれない。
『儂が死んだら、お前は人間界に行くのじゃ。この手紙を持っての』
『手紙?』
『儂の知り合い宛てに書いたものじゃ。恐らく人間界でそやつの名を知らぬ者はおらぬはずじゃから、居場所はすぐに分かるじゃろう』
『へえ、じいちゃん、有名人と知り合いなんだ』
そんなわけで、じいちゃんの死を悼みつつも、エデルは今からこの手紙を持って、人間界を目指すつもりだった。
じいちゃんの遺体は言いつけ通りに灰になるまで火葬した。
骨のままだとアンデッドになってしまうからだ。
灰の半分は家を固定していた場所の近くに撒いて、残り半分は持っていくことにした。
「そもそも家ごと持って……いや、家はここに置いていこうかな」
時空魔法で作り出した空間に閉まっておけば、簡単に持ち運ぶことができる。
そうすれば、じいちゃんと過ごした思い出の家にいつでも帰れるだろう。
だが場所が変わってしまったら、それは少し思い出とは違う気がした。
「動かしてしまうと、二度と同じところに戻すことができなくなるし。うん、家は置いていこう。その代わり、壊されないよう厳重な結界を張って、隠蔽をして……これでよし、と」
そうしてエデルは我が家にも別れを告げ、人間界を目指して旅立つのだった。
「ええと、この辺にあるはずなんだけど……」
じいちゃんに貰った魔法のコンパスを頼りに、移動すること一週間ほど。
エデルはあちこちに奇岩が転がる一帯へとやってきていた。
頻繁に地形が変化するこの辺りで、普通の地図など何の役にも立たない。
だからコンパスというものを使うのだが、じいちゃんが言うには、本来のコンパスには方角を指し示す針が付いているらしい。
一方この魔法のコンパスは、代わりに数字が浮かび上がるようになっていた。
これは現在地の座標を表していて、目的地の座標が分かっていれば、この数字を目安にして辿り着くことが可能になるのだ。
「あっ、あれか!」
エデルはようやく発見した。
真っ赤な空に向かって延々と伸びている、不思議な階段だ。
上空数百メートルほどのところで途切れているため、エデルは地面を蹴ってそこまで跳躍した。
「よっと」
無事に階段の上へと着地する。
空に浮いているようなのに、意外としっかりとした足場だった。
もちろんこれは、登っていけば天国に辿り着けるというような代物ではない。
階段を駆け上がっていると、次第に周囲が暗くなっていき、さらに行くと空気がひんやりしていく。
そして階段の最上段へと到達したとき、気づけばエデルは洞窟の中にいた。
いや、ただの洞窟ではない。
「……ダンジョン」
危険な魔物が多数徘徊し、幾多のトラップが侵入者に襲い掛かる。
それがダンジョンというものだが、実はこの魔界の空に入り口を持つダンジョンこそ、魔界から人間界へと移動できる唯一の方法なのだった。
「じいちゃんは今の僕なら確実に突破できるって言ってたけど」
相当な難易度らしい。
魔界の住民たちによる人間界への侵攻を、このダンジョンが防いでいるというのだから、それも頷ける。
じいちゃんがこの魔界に来たときも、これを抜けてきたという話だった。
「よし、気合い入れていくぞ」
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