139 足掻いてみた

 何処かの何か、前世のフィクションで見た気がする、セリフが頭に響いた。


『諦めるな。最後まで醜く足掻くんじゃ!』


 といったような。

 もともとすでに、格好をつける気もない。

 他人に見られて、どんな非難を受けようが構わない。

 この世界の全人類を敵に回しても、本望だ。何なら、前世を含めてもいい。


――ニールとサスキアを、失わないためなら。


 一度、深呼吸。

 自分の中の、決意を確認。

 気を落ち着けて歩き出し、木立の中に踏み入った。

 木陰の薄暗がりに足を止め、天を仰ぐ。


「神様、お話できますか」


 そのまま黙して待つと。

 数呼吸の後。

 目の前の一切が霞み、全方向白いものに包まれていた。

 よく分からないが、前回と同じ一面いちめん白いだけの場所に連れてこられたようだ。

 前後、左右、上下、ただただ白いばかり。

 下だけは白いながらもしっかりした地面のようだ。


『人生一度だけの呼び出しサービスを使うってことで、いいのかな?』


 不意に、横手からのんびりした声がかかった。


「はい、そういうことになります」

『一度だけ、ボクに質問なり要望なりできるってことにしたからねえ。質問かな、要望かな?』

「えーと、神様様、こちらの考えを読めるんじゃなかったでしたっけ」

『さすがに、頭の中のものすべて、というわけにはいかないよ。せいぜい口に出す寸前レベルで、頭の中で呟いている感じのもの程度だね』

「なるほど」


 とりあえずは、納得できる。前回のやりとりにしても、こちらの思うことすべてを自動的に知られてしまっているという感覚ではなかった。

 そういうことなら、まあ都合がいい。


「とりあえずまず、本題に入る前の世間話ってことで質問してもいいですか。無理して答えてくれなくても構わないので」

『何だろう』

「これまで四人転生者をこちらに送って、待遇が少しずつ違うみたいですけど。これは神様様の壮大な実験みたいなものでしょうか」

『まあ、そんなものと思ってくれて構わないねえ』

「実験の上で思い通りでないとか、気に入らないとかいうことがあるかもしれませんけど。こちらの被験体を始末するとか、持たせた能力を奪うとか、そんなことはあり得ますか」

『それはしないよ。神の端くれとしての矜恃があるし、予想を超えた行動をしてくれるというのも、見ていて楽しいしね』

「そうですか、安心しました」

『特に君は、見ていても予想を超えて楽しませてくれるねえ。溶岩を〈収納〉するとか、空気紐って言ったか、あれなんか想像もしていなかったよ』

「それはどうも」


 人の形をかたどった白い存在。

 表情は見えないがどうもにこにこ上機嫌のようで、このまま世間話に付き合ってくれそうではある。

 とはいえ、こちらにそんな余裕はないので。


「では、本題に入らせてもらいますが」

『何だろう』

「今すぐ僕を、クラインシュミット王国王都の王城近くに、瞬間移動させてください」

『いやいやいや――それはさすがに、無理だ』

「できませんか」

『さすがに聞けることと聞けないことはあるよ』

「神様様の能力的にできないということではなく?」

『能力的にということなら、まあできないわけじゃないけどね。頼みとしては聞けない』

「それがですね――」

『何だい』

「これ、お願いとか要望とかじゃないんです。某軽薄な奴の言い分をなぞるようで不本意なんですが――要求なんです」

『どういうことだろう』

「要求が通らなければ、この世界を消滅させます」

『…………』

「…………」

『…………はい?』

「はい」

『耳がおかしくなっただろうか。世界を消滅って聞こえたんだけど』

「はい、そう言いました」

『マジ?』

「はい。僕にはできますよね。正確には確認していませんがここ、地球と同様の一つの惑星なんでしょう? 僕の足元から続くすべての非生物物体を『収納』、とすれば、消滅しますよね。生物はすべて残ることになるけど、真空の中で一瞬で弾けて残らず消える理屈でしょう」

『…………』

「いやこれ、容量無限の『収納』という能力をもらってすぐから可能性については頭にあったんですが、使い道がないんですよね。使ったら自分を含めすべての生物が消えてしまうわけで、何の効果も上げようがない。せいぜい前世の核兵器と同じで誰かに向けての脅迫用途くらいしか考えられないわけですが、僕にそれができることを信じている相手にしか脅迫のしようがない」

『……まあ、そうだねえ』

「としたら、用途としてはただ一つ、神様相手の脅迫しかあり得ないんですよ。どれだけ執着があるかは知りませんが、この世界を作ってから数万年とかずっと見てきたわけですよね。この時点でいきなりすべてが霧消するっていうの、もったいない気はするんじゃないですか」

『しかし君、自分で言っているように、それをやったら君自身も消滅するんだよ? 君の知り合いなんかもすべて』

「ニールがいない世界で生きていても、仕方ないですから」

『いやいやいや、そんな……』

「知り合いたちには申し訳ない気もしますが、一瞬で消滅して苦しむこともないでしょうから、諦めてもらいましょう」

『そんな君、乱暴な……』

「済みません、時間に余裕がないので、急がせてもらいます。僕の要求を呑むか、この世界を消滅させるか。十秒以内に決めてください」

『いやいやいや……』

「十、九、八、七――」

『おいおいおい、速いよ――』

「六、五、四、三――」

『わーーわーーわーー、分かった分かった!』

「聞いてもらえますか」

『仕方ない、まだこの世界を反故にしたくない』

「ありがとうございます。瞬間移動の行き先は、王城まで歩いて五分以内、そこにサスキアがいたらすぐに合流できる場所でお願いします。あくまで瞬間、超特急で」

『要求が細かいねえ』

「現在僕が置かれた状況は、ご存知と思いますが」

『まあそうだけど。分かった、要求を呑もう』

「ありがとうございます」

『とにかくもこんなイレギュラーを実現してでも、君の行動を見ているのは面白いからね。神の力であの王女を救出してかの国を潰せ、まで要求しないということは、その辺は自分でやる気なわけだ』

「まあ、そうです」

『この先、楽しみに見ていることにしよう』

「よろしくご贔屓お願いします」

『要望を聞くのは一生一回だけのことだからね。じゃあ、行くよ』

「あ――」


 瞬間、目の前からすべてが消えていた。

 言い返しかけた言葉は、途切れていた。

 あの人、一生一回と言っていたけれど。この先また何処かの時点で、「話を聞いてくれなきゃ世界を消す」と言ったら、どうするつもりなんだろう。

 この能力がなくならない限り、脅しだけならいつでも実行できるわけだけど。話の様子でもあの人、絶えずこちらを観察しているらしいし。


――まあ、いいか。


 何にせよやってしまったことは、とりあえず忘れることにしよう。

 これが小説フィクションの中の行為だったら「反則だ」「御都合主義だ」「アンフェアだ」などと非難が殺到するかもしれないが、知ったことではない。

 現実の困難を前にして、目的を果たすためには手段を選ばない。できそうなことはやってみる、ただそれだけだ。

 こうしたことができるのは、ほぼ最初から気がついていた。ある意味、究極の『収納』の使用法かもしれない。ただこれまで、使い道もなければ試すすべさえなかっただけで。

 あの管理者神様の存在を現実の人間とあえて区別して扱う気はない、というのも自分の中で何度も確認していたことだ。

 これが結構よくあるフィクションの中のような、相当威厳ある存在だったり話を聞かない相手だったら難しかったかもしれないが、あのトッぽい兄ちゃんなら何とか通用する気はしていた。


――とにかく、結果オーライということで。


 そんなことより、考えるべきはこの先のことだ。


 くるくると目の前にうねり渦巻状のものが寄せ、過ぎ。徐々に形を作り。緑が広がり。

 気がつくと、雑草繁る木立の中にいた。

 正面から右手方面に、少し離れてマックロートとあまり変わりのない外観の建物が建ち並ぶ。左手はしばらく森が続いているか。

 そして、後ろを振り返ると。

 木立の向こう百メートルほど先に、高い石壁がそびえていた。高さ三メートル以上はあるか。そのまま両側、数百メートルは続いているようだ。

 そしてその壁、城壁らしいその奥に、大きな建築物の上部が迫り上がっている。

 やや煤けた白い壁に赤っぽい円錐状の屋根を載せて、いくつか塔のように突き出す最高部は三階くらいか。建物の横幅も数百メートルに及びそうだ。

 少し離れた町並らしい方向の建物に比べて、ひときわ誇らしげな威容は、王城で疑いようなさそうだ。

 あの神様が要求を呑んでくれたことにまちがいないなら、これが目的地ということになる。

 もう一つの条件も叶えてくれただろうか、と人目を警戒しながら足音を抑えて藪の中を進んだ。

 石壁が、次第に近づく。門などが見えないところからして、城の裏か横手になるのだろう。こちらから見て左手方向に街が広がっているので、そちらが正門になるのではないか。

 そう考え、人目を忍ばなければならない都合上当然、右手寄りに進む。

 もう少しで壁に到達するという辺りで、目を凝らす。

 ほとんど石壁に密着しそうに生えている大ぶりの樹木の向こう、人の気配があるような。『鑑定』の光もわずかに見える。

 その気配に対して以上に周囲や壁の中から咎められることを案じて、息を殺して歩み寄る。

 木立を抜けてあと二メートルほど、と思ったところで、木の陰から鋭く剣が突き出された。


「何者!」

「サスキアか? 俺だ」

「ハック?」


 幹の陰から覗かせた白い顔に、目が丸められた。

 素速く辺りを見回し、徒手の親指を自身の方へ向ける。


「来い。人目につかないように」

「ああ」


 丈の高い藪の中に、並んで屈み込む。

 さらに辺りを窺いながら、サスキアは剣を鞘に収めた。

 そうして、ひそめた声を交わす。


「ハックお前、怪我は?」

「とりあえずだが、傷は塞がった。あの際は運んでくれてありがとう」

「しかしそれにしても、あり得ない。どうやってここまで来た」

「その辺は、後で詳しく話す。大事なのは今これからだ。ニールの居場所と現状は分かるか」

「うむ。わたしも山道を抜けて今朝早く王都に着いたばかりだが、街の者に訊いたところ、本日正午から王城で国王と正妃の婚儀が行われる、と昨日遅く触れが回ったそうだ」

「正妃というのはニールでまちがいないのだろうな。とすると今は、王城の中で準備中か」

「ああ、おそらく。正午まであと三時さんとき程度だから本人たちは準備中、臨席する王都にいる貴族たちがそろそろ入城を始めている、というところだろう」

「ニールを攫った連中は、昨日到着したくらいか? 国王の婚儀にしては、何とも慌ただしい進め方なんじゃないのか」

「ああ、わたしもそう思うし、街の者の感想も同様だ。国王としかも正妃の婚儀だ、慣例に従えばひと月以上準備と周知に費やすのが当たり前だろう。そうした慣例を無視してでも急ぎたい都合があるのだと思われる。いちばんは、ニールを逃がしたくない、邪魔が入る余裕を与えたくない、ということなのではないか」

「とにかくも、時間の余裕はないということだな。サスキアはどうするつもりなんだ?」

「どうするも何もない。婚儀が成立する前に城内に斬り込んで、ニールを救い出す。それより遅れたら、ニールが自害する可能性が高い」

「やはりか。ニールはその覚悟と思って、まちがいないんだな?」

「ああ、ああ見えて頑固だからな。気に染まぬ事態を受け入れる妥協はまずしない。生を受けてからずっと、忍耐だけだったのだからな。限界を超えたら、もうためらいはないはずだ」

「それでサスキアの斬り込みというのは、どの程度勝算があることなんだ」

「やってみなきゃ、分からん」

「やっぱり、な」


 頑固で妥協しないという点では、こちらの女剣士も人後に落ちないところだ。

 ニールの救出という目的が確固としてあって、勝算など思い回す余地なく唯一の方法に邁進する発想しかないのだろう。


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