128 密談してみた

 ニールには火の傍に寄るように促し、こちらは少し離れて横向きに座っている。

 状況的にどうも落ち着かず、できるだけそちらに目を向けないようにして話を続けた。

 とにかくいつもながら相手の口数が少ないので、こっちから話題を振るしかないのだ。


「近いうちサスキアもいるときに話をしておきたいと思っていたんだがな」

「うん」

「ニールとサスキア、あまり長くここに住みつくわけにいかないんじゃないのか」

「……それはそう、話してた」

「何処かへ移動するというなら、俺も協力できるぞ」

「ほんと?」

「ニールの行きたいところ、やりたいこと、固めてくれればそれに応じて考えられる」

「ハックが協力、してくれるなら、安心。だけど……」

「まあいずれにせよ、サスキアの考えも聞いて、だな」

「うん」


 そうしてしばらく過ごすと、ニールも落ち着き、脱いだ衣類もおおかた乾いたようだ。まあ衣類については、こっそり水分を『収納』したせいも大きい。

 岩の上に広げていたシャツを持ち上げて、ニールはにっこり笑っている。


「もう、いいみたい」

「天気がよくて、助かったな」

「うん」


 そそくさと岩陰に回って、着替えを始めている。

 焚火を消して解体したノウサギをまとめ直していると、貸した上衣を抱えて戻ってきた。


「ありがと、これ」

「おう」


 来たときと同じ経路を辿って、残しておいた採集物などを回収して帰路につく。

 家に戻ると、さっそくナジャが新作の饅頭を出してきた。小さな子たちと一緒に試食し、わいわいと感想を言い交わすことになった。

 そうしてるうち夕方近くなって、サスキアが帰ってきた。

 一通りの手続きを済ませ、無事女子三人は正式雇用の業務を始めたという。


「これであちらも安心だな。ご苦労さん」

「ああ、一安心だ」


 頷き返しながら、サスキアの視線が落ち着かなくなっている。

 脇の方でもの言いたげな様子になっている、ニールのことが気になるのだろう。

 一通り報告を終えて、二人で二階の部屋に上がっていった。

 そのまま小さな子たちの様子を見ながら、ナジャと料理の改善点について話していると。

 もの言わず、ニールが階段を降りてきた。

 続いて中途まで降りてきたサスキアが、真っ直ぐ視線を向けてくる。


「ハック、ちょっとこっちで話せるか」

「ああ、いいぞ」


 何処となく不安げなニールに頷きかけて、階段を昇った。

 サスキアとニール、二人で使っている小部屋で、奥の寝台の前にサスキアは腰を下ろす。その脇に、最近は持ち歩いていない愛用の剣が立てかけてある。

 窓は開けているが、赤みがかった陽が斜めに射し込んでいるだけで、室内はやや薄暗い。

 部屋の主と少し距離をとって、戸口近くに座り込んだ。


「何だ、そんなに離れて」

「サスキアの機嫌を損ねる成り行きになったら、怖いからな。一応備えておこうかと」

「わたしが機嫌悪くするような覚えがあるのか」

「そちらの受け止め次第かな」


 ふん、と女剣士は鼻を鳴らした。

 最近はあまり見せていない、どこか殺気含みを思わせる視線を向けてくる。


「ニールが、秘密を話したらしいな」

「一点だけな。それ以上は問い詰めていない」

「だそうだな。で、それでお前はどうする」

「個人的希望としては、どうするもないな。できればずっと、これまでのままでいられるのがいちばんだ」

「ふむ」

「しかし、二人はそうもいかないんじゃないのか。前にも少し話したが、人目につきたくない事情があるんだろう。この街はもともと人の出入りが活発で、冬場はある程度落ち着いていたにしても、雪が解けたこれからはどうなるか予想がつかない」

「そういうことになるな」

「お薦めとしては、近日中に南方なり何処かへ向けて移動を開始した方がいいと思うぞ」

「簡単に言ってくれるな」


 顔をしかめて、サスキアは吐き捨てた。

 まあある程度、予想した反応だ。


「無責任に言っているつもりはない。しばらく前からこれを想定して、俺としては準備してきたからな。三の月の末が一つの目処だと思っていた」

「どういうことだ」

「見習い組の処遇が落ち着いて、あとはナジャの働き先さえ決めれば、俺たち三人とチビたち以外は、もう自分でやっていけるだろうからな」

「ああ、そうなるな」

「これまでいろいろやってきたわけだが、まあイーストだけに絞って考えていい。イースト開発に対する供与は、売り上げの一部から、俺とニールと、ここの同居する集団に入ることになっている。これはまちがいなく、今年中にも相当の額に膨れ上がる。ここの連中が小さな子三人を養うのにまず不自由はしないし、何処かに移動したとしてサスキアとニール二人で生活するのに贅沢さえ言わなければ十分、ということになるはずだ」

「はあ? 本当か」

「サスキアはイーストについて、あまり真剣に考えたことがなかっただろう? 販売開始当初に比べると最近では国の北半分でかなりの地域に広がっていて、売り上げは数十倍に増えている。今年中には南半分にも広げる予定だから、さらに数倍に増加する。少なく見積もってもニールの取り分は、庶民なら十人家族が生活できて不思議ない額になると思う」

「な――」

「これも俺たち三人を除けばということになるが、当初案じられていた他の仲間誰かの身柄が狙われるという可能性はもうないからな。もうサスキアの護衛は不可欠というわけではない。二人が移動したとして、自分たちの生活も残される者たちについても。心配の必要はない」

「そう――いうことになるのか」


 そこまで理解していなかったらしく、サスキアは目を丸くしている。

 深呼吸して気を落ち着け、先を続けることにする。


「ただ、言い方が少し難しいんだが、二人に関しては俺が傍にいた方がいいと思う」

「どう、いうことだ」

「イーストに関する供与は、イザーク商会から受け取ることになるからな。この街に残る者たちについては、会長によく頼んでおけば問題ないはずだ。しかしこの街を離れることになると、それが難しくなる」

「――そうか」

「俺の提案としては、王都より少し北になるらしいんだが、侯爵領の領都になっているヘルツフェルトという街かその近郊に居を構えるのがいいと思う。現状その街にイザーク商会の仮支店が置かれていて、今後国の南向けのイースト製造をする拠点の最有力候補になっているらしいからな。俺がその街に定住して商会と渡りをつけておいて、ニールの取り分を定期的に運ぶという形なら、二人が目立たないように暮らす上で最も危険が少ないんじゃないか」

「う……む」

「どうする? 二人の意向が最優先で、強制するものでもないが」

「ちょ――ちょっと、待て」


 サスキアは、掌をこちらに向けて制止した。

 もう一方の手を額に当て、すっかり顔をしかめてしまっている。


「急にそんな話を持ち出されて――情報量が多すぎるぞ」

「そうか?」

「いつの間に、というか。よくもそんなに方々ほうぼうまで配慮して、計画を詰めたものだ」

「別に、昨日今日考えたことではないからな」

「そうなのか」

「この半年あまり俺がやってきたことは、ほぼすべてニールのためになることを考えてのことだからな。できれば、本人には言わないでおいてもらいたいが」

「何だと?」


 胡座の膝に両拳を置いて、サスキアは上体を乗り出した。

 見開いた目が、今にも血走りそうになって見える。


「考えてみれば分かるだろう、俺がみんなと同居を始めた時点を振り返って」

「どういうことだ」

「あの時点でみんなが困窮していたとは言っても、大がかりな変革が必要なほどの状況じゃない。経済的に苦しいということはあったろうが、せいぜい俺が加わって生活費とノウサギ肉を入れれば持ち直せる程度だ。こういう言い方をしては申し訳ないが、小さな三人とニールを除けば何とか稼ぎ口を持っていて、それぞれ自分だけを食わすことなら不可能ではなかっただろう。それだけなら別に、イースト製造などを持ち込む必要はない。実を言うとジョルジョ会長にはある程度見透かされていたが、イーストだけなら他人の手を借りず俺一人でも何とか作れたんだ」

「そうなのか」

「あの時点での最大の問題は、ニールが職を失ったということだったはずだ」

「ああ……」

「それも、力がなくて働くことができないというのなら、仕方ない。しかしニールには他とは違う能力がある。読み書き計算ができて、へたな商会職員よりもその点では秀でているという」

「ああ」

「そんな能力を活かす仕事は、きっと何処かにあるはずだ。しかし実際に探すとなると、イザーク商会と同等かそれ以上の商会や、役所のようなところになるだろう。ニールとサスキアにあまり人目につきたくない意向があるなら、それも難しいということになりそうだ」

「そう……だな」

「その辺を考えて、イーストとミソの開発はもっぱら、ニールに仕事を与えて将来的に安定した収入が得られるようにするのが目的だ。まあ最初はそこまで見事に狙い通りいくとは思わなかったし、やってみたら予想以上にニールが有能で助けられたわけだがな。あの地道な試行錯誤を繰り返せる辛抱強さは、驚嘆に値する」

「……なんと」

「本人がどう思っているかは知らないがな。今得られているイーストなどによる収入は、まちがいなくニールの働きによるものだ。胸を張って、将来の生活に役立てていってもらいたい」

「……うむ」


 唸って、サスキアは頬と額をぐいと拭った。

 むむと首を捻り、聞いた言葉を咀嚼している。


「ともかくも……ニールの働きのお陰で、今後の展望は開けていると」

「そういうことになる」

「しかしそれも、お前がニールの傍にいた方が円滑に進むというわけか」

「そうなるな」

「貴様、そこまで計画のうちか?」

「結果としてそうなっただけだ」

「どうだかな」

「別に気に入らなければ、二人だけで行動してもいいぞ。こちらからは強制しない」

「くそ――確かにその、ニールの収入は助かる。何処かへ移動したとして、わたしの働き口は探せばあるだろうが、ニールから目を離さず他人からは目立たずということになると、限られてくる」

「だろうな」

「それにお前、やろうと思えばニールへの利益配分を断つことだってできるのではないか」

「不可能ではないかもしれないが、やらないぞそんな脅迫めいたことは。俺の希望はただただ、ニールの安全と幸福だ」

「むうう」


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