123 いろいろ作ってみた

 翌朝にはトーシャがこちらに顔を出して、若い二人を連れてしばらくは山の中を探索する、と告げてきた。

「気をつけて行ってこい」と、激励して送り出す。

 残されたこちらは、さほど急用のない日々に戻る。

 ここ数日はナジャとニールの二人で何だかんだと協力して、ショウユとアマサケにいろいろ香草を混ぜてソースのようなものを工夫しているようだ。

 年末に作った包み焼きの具と同様のものに使って面白い味になった、と報告を受けて味見をしてみる。確かに、この世界では味わったことのない深みのある風味になっているようだ。

 ショウユを使ったことで、和風から中華寄りという感覚がする。


「うん、旨いんじゃないか」

「面白いものができた気はするんだけど、包み焼きの季節は過ぎちゃってるんだよねえ」

「うん」


 ナジャとニールは、残念そうな顔で頷き合っている。

 じゃあこんなものはどうだ、と提案してみた。

 イーストを使ったパン生地を二次発酵まで進め、用意していたノウサギ肉と数種類の野菜のみじん切りをソースで和えた具を、それで包む。大きめの鍋に湯を沸かし、木の笊を工夫して設置したものにそれを載せ、蒸す。

 要は、中華饅頭のイメージだ。少し前に初めて包み焼きの話を聞いた際に連想したものを流用しただけで、芸がないという気はする。しかしこの地で蒸し料理のようなものはほぼ見かけないので、珍しがられるのではないかと思うのだ。


「へええーー、面白い」

「美味しい」


 小ぶりに作ったニクマンを在宅していた全員で味見して、大好評を得た。

 特にナジャは、満足と新たな好奇心で顔を輝かせている。


「これなら十分に売り物にもなるね。中の具を変えたらいろいろ種類が作れるかも」

「だろうな。この作り方でもいいし、ふつうのパンの作り方でこんな具を入れて焼いてもいい。具によってやり方を変えるってのもアリかもしれないな」

「だよね、だよね」

「ニクマンの皮は、もっと軽い感じにしてふつうのパンと差をつけた方がいいかもしれない」

「そっか。それも工夫してみる」


 それからさらに数日、ナジャは工夫を重ねていた。

 皮に使う小麦粉に、別の種類のものも混ぜてみる。発酵の時間もいくつか変えて実験してみる。

 それらをすべて、ニールが傍について逐一記録に協力していた。

 三日後には、かなり満足のいくものができ上がったようだ。

 そんな作業と並行して、ニールとサスキアとは庭の家庭菜園の点検を行った。

 積雪前に移植しておいた薬草のほとんどはやはり枯れてしまったが、二種類ほど葉の色を残していたものがある。これを摘んで、後で薬屋に持ち込んでみようと思う。『鑑定』の結果では薬効を残しているようなので、十分に好結果が望めそうだ。

 他に、薬草ではないが育ち具合によって食用になるかもしれないという植物を数種類植えていたが、当然ながら雪の下になってすべて枯れている。

 まあこれらは晩秋に森や山で見つけたので、とりあえず他の方法もなく試しに植え替えてみた、というだけだ。『鑑定』によれば食用に結びつけられる可能性が高いので、また違う季節に試してみればいい、と思う。

 そう考えながら見回していると、ひとつ『鑑定』の反応があった。


【キシロイモ。地球のサツマイモに近い。地上では枯れているが、地中の塊根は十分育っている状態。食用可。】


 試しに掘ってみると、確かに見た目サツマイモに近い薄赤いものがいくつも大きく育っていた。

 前世のサツマイモがどうだったのかの記憶はないが、このキシロイモは冬期間雪の下でもイモ部分だけは育つものらしい。

 思ってもいなかったところでの収穫を得て、妙に心が浮き立ってしまう。


「何とも大きく膨らんでいるが、ハック、これは食べられるものなのか?」

「食べられることはまちがいない。味がどうなのかは、試してみなけりゃ分からないが」

「そうか」


 掘り出しを手伝っていたサスキアが、首を傾げる。

 その横で、ニールはただ黙々と手を動かしていた。

 ニクマンの試作で蒸し調理の器材が揃っていたので、洗ったキシロイモを数本加熱してみることにした。

 串を刺して柔らかくなったことを確かめ、二つに割ってみるとクリーム色の断面が覗き、ふわあ、と大量の湯気と甘い香りが立ち昇る。

 興味津々で覗き込んでいた子どもたちから、わあ、という歓声が上がった。


「あち、あち」

「わあ、甘い」

「美味しい」


 味見をした一同から、口々に喜声が返ってくる。

 前世の石焼き芋に比べるとかなり物足りなさはあるが、この手の食材では珍しいレベルの甘味を感じる。こうした単なる蒸し調理でも、十分な満足が得られた。

 何よりも腹に溜まる食べ応えがあり、子どものおやつには最適だろう。

 この世界でサツマイモに近いものを見かけたのは、初めてだ。ジャガイモに近いものも見たことはない。どちらも確か地球では南米原産で広く普及したのは中世以降だった気がするので、これからに期待というところなのかもしれない。

 イモの類いでは地球でのタロイモとかサトイモとか呼ばれていた種類に近いものが、食用として出回っている。どうも味は淡泊だが腹保ちのよさの方が重宝されて、スープの材料などに使われているようだ。

 このキシロイモについてはまたナジャが興味を示して、いろいろな料理に使ってみたいと言っている。

 家庭菜園からとれる分はすぐになくなってしまいそうだが、森などで自生しているものも同様に地中のイモが育っている期待が持てるので、後日また探してみようと話をしておいた。


――サツマイモで、何か料理はできなかったかな。


 考えてみてすぐ浮かぶのは、大学芋とかスィートポテトとかいった菓子類だが。砂糖が高価だしアマサケの代用ではうまく作れるイメージがないので、却下する。

 もちろん汁物や煮物にいろいろ使えるのはまちがいないのだが。何か面白いもの――。

 と考えて、思い出した。

 これもまた、ナジャとニールを呼んで提案してみる。


「こんなのは、どうだ?」

「何なに?」


 蒸したキシロイモの皮をむき、熱いうちによく潰す。

 細かく刻んだ燻製肉と香草を混ぜ、塩味をつける。

 小さく丸めたものに水溶き小麦粉をつけ、乾燥して細かく砕いたパンの粉をまぶす。

 鍋にそれが浸るほどの油を熱し、揚げ焼きをする。

 ――要するに、サツマイモのコロッケだ。

 コロッケと言えばジャガイモの方が好みだが、サツマイモでもそこそこ面白い風味だった気がする。甘味がある分、子ども受けをして不思議はない。

 なお、この地で植物油は北のプラッツよりは普及していて少し安価なのだが、それでも高級品でようやく手に入れ使い始めたというところだ。そのため、消費量を抑えた揚げ焼きを提案しておく。

 この料理もやはり、子どもたちから好評を博すことになった。油の風味と中身の甘さが今までにない味わいだ、ということだ。

 ナジャとニールは手を叩き合わせて、快哉を上げていた。


「こんなのもいいかもしれない」


 数日後ナジャは、ソースをつけたキシロイモコロッケを中に入れて焼いたパンを食卓に出してきた。

 これも当然のように、仲間たちに大好評で迎えられる。

 今回はマリヤナと協力して作ったということで、二人で満面の満足げな表情になっていた。


 三の月も後半になると、街中もすべてが春めいた空気になってくる。

 見習い修行の者たちはルーベンを除き、四の月から正式雇用に移行する打診を受けていた。そのため、その準備に入っている。

 ルーベンも別に修行が遅れているわけではなく、ふつうに標準的な十五歳成人を目処に見習い卒業を目指しているところだ。どちらかというとレナーテとビルギットの方が、店の都合で早い正式移行ということになるらしい。

 こちらとしては暖かな日が多くなってきたので、そろそろニールを連れて森での活動を再開してもいいかもしれない。ということで、サスキアに話を持ちかけてみる。

 うむ、と即座に同意して、何だか本人よりも同行する護衛の方が嬉しそうな様子だ。


「天気がいいようなら、明日から出かけようと思う」

「うむ、それは問題ないのだがな。別に、気になることがあるのだが」

「何だ?」

「このところ妙に、ナジャの元気がない気がしないか。何処か塞ぎ込んだ様子というか、よくマリヤナと二人で話し込んでいるようだ」

「そうなのか」


 十日ほど前までは続けざまに新作料理を作り出してきて、仲間たちの中でもナジャが最も溌剌として見えていたのだが。

 しかしこちらが外出しているときでも家内を護っているサスキアは細かいところまでよく観察しているようなので、かなり信頼の置ける情報と思える。


「それでもマリヤナと相談しているというのなら、まだ深刻なものじゃないんじゃないか。必要があれば年長組に話を持ってくると思う」

「うむ。わたしもそう思うんだがな」

「まあ、気をつけて見てやってくれ」

「うむ、了解した」


 この日のナジャは店で修行の番で、マリヤナとレナーテが家に残って内職のカーテン裾縫いに励んでいる。

 その様子を確認して、帳簿をつけていたニールに近いうち森へ行こうという話をした。天気がよければ明日にもと告げると、基本表情の少ないこの子にしては珍しいほど顔を輝かせている。さっそく準備を、と慌ただしく二階の部屋に上がっていったほどだ。

 夕方ビルギットとともに帰宅したナジャはマリヤナたちと少し話した後、こちらに報告に来た。

 三の月を七日残して、店の増築も終わった。来月からの勤務について改めて相談したいので、明後日は四人揃って出勤してもらいたい。できれば保護者も一名同行してほしい、と店主から言われたという。


「分かった。じゃあまた明後日は俺が付き添うことにするか」

「うーん、いや、ハックにばかり任せるのも悪い。女子のことだし、今回はわたしが行くことにしよう」

「そうか」


 サスキアの申し出に、頷き返す。

 この街に来てから人目に触れるのを避けて外出を控えているのだが、この女剣士も最近は完全に女性らしい装いが身について、外でも目立つことはないだろうという判断になっていた。

 間もなく帰宅したブルーノにも、その方針を伝える。

 夕食後、さらに女子四人は二階の部屋で相談をしていた。

 その後降りてきて、ナジャとマリヤナが連れ立ってこちらに寄ってきた。年長者三人と相談したいと言う。

 年少の子たちを土間の方に遊びに出して、囲炉裏の周りに五人で円座を組む。

 床に正座して、あのね、とナジャは切り出した。


「みんなにいろいろしてもらった末で、申し訳ないんだけど――あたしやっぱり、お料理を仕事にしたいの」


 こちら三人、顔を見合わせていた。

 意外な申し出、というわけではない。ただ、この件は五ヶ月前に一度話し合いをして、結論を出していたはずなのだ。

 ううむ、とブルーノは腕組みをした。


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