119 通話してみた

 その後しばらく森の中を歩き、獲物を見つけて魔法で狩る試行をくり返した。

 二人の攻撃魔法で、藪の中からいきなり現れたノウサギにも何とか対処はできる。同時に二羽が襲いかかってきても、連携して撃退できるようだ。

 本人たちが言うように、魔法の詠唱は省略気味でもとりあえず発動だけはする。最後の魔法名だけははっきり発音しなければならないが、いきなり飛びかかってくる相手にもファイアボールやウォーターアローの弱いものならぶつけることができる。

 それで出足を止めておいて、アースランサーやウインドエッジに十分威力を持たせたもので、止めを刺すという手順だ。

 ノウサギ狩りには十分な技量だと確認して、新人二人に解体の方法を教えてやった。これまでは狩ったそのままの状態で肉屋に持ち込んでいたようだが、これで買い取り価格が高くなると教えると喜んで練習していた。

 何よりもこれを覚えることで、これまでノウサギ丸ごとだと彼らの『収納』には一羽ともう少し程度しか入らなかったところが、二羽分持ち運べるようになった。それ用のバッグなどを装備すれば、さらに一人四羽程度は何とかなるだろう。

 この日は余剰分をトーシャの『収納』に任せることにする。後で街の肉屋に持ち込んで、二人の収入の足しにする予定だ。

 そんな確認をしながら森の奥まで入って。

 山に近い方向に、珍しい反応を見つけた。


「お二人さん、もっとでかいやつも相手してみるかい」

「え、何すか?」

「あちらの木の陰に、ヤマイノシシがいる。少し小ぶりのようだが、ノウサギの十倍くらいの大きさはありそうだ」

「え、え? そいつもハックパイセン、呼び寄せられるっすかあ?」

「うまくすれば、だな」

「じゃあじゃあ、チャレンジしてみよ、ねえ?」

「お、おう」

「よし、隠れていてくれ」


 三人を藪の中にしゃがませて、ゆっくり歩み寄っていく。

 肩の高さに両掌を開き足音を立てていくと、間もなく向こうもこちらに気づいたようだ。

 がさ、と足音。ブフ、と唸り声を漏らした後、たちまち進行方向の小枝を弾き折る勢いで駆け出してくる。

 木立を突き抜け、やや開けた草原へと飛び出してきた。


「来たぞ、あとは任せた!」


 少し横手の枯れ草の上に高さ一・五メートルほどの岩を取り出し、上に跳び乗る。

 勢いのついた相手の疾走は予想通り止まることなく、そのまま直進を続ける。


「偉大なる水の霊よ! 鋭利なやじりにて敵を穿うがて! 水矢ウォーターアロー! 」

に炎の加護あらん! ここに輝き燃える力となれ! 火球ファイアボール!」


 藪から飛び出してきた二人が、ほぼ同時にそれぞれの初手を放った。

 水と火が続けざまにイノシシの顔面に弾ける。深い傷を負わせはしないが、やや直進の足が鈍ったか。


「勇猛たる風の神に請う! 尖鋭なやいばにて総てを切り刻め! 風刃ウインドエッジ!」


 続けてのレオナの攻撃に、巨体の首元から血しぶきが噴き出した。

 これもまだ深い傷にはなっていないようだが。ギーー、と獣の口から甲高い鳴き声が放たれ、さらに足どりが緩められる。


朧朧ろうろうたる神よ! 我が声に答え、母なる大地より天をけ! 土槍アースランサー!」


 ジョウの詠唱とともに、イノシシの巨躯が跳ね上がった。背中まで突き抜けてはいないが、土の槍が腹を突きいたようだ。

 大きな悲鳴。二度三度上下して。

 やがて、イノシシの身体は横転した。腹に突き刺さった槍が消滅したらしい。

「おう、やったな」と、トーシャが藪の中に立ち上がった。


「いい連携じゃないか」

「手強そうな相手にはこの順序でいこうって、前から打ち合わせていた、す」

「ね、ね、大成功! あたしたち、ヤバいんじゃない?」

「たいしたもんだよ」


 乗っていた岩を降りて獲物に近づくと、ようやく絶命したところのようだ。

 トーシャも寄ってきて、まず首の切り口を確かめている。


「半分までは斬り込んでいないが、頸動脈を断つことはできたみたいだな。しばらくそのまま放っておいたら、これだけでくたばってくれたんじゃないか」

「やった! ねえねえトーシャパイセンも、こんなの相手したことあるっすか?」

「ああ。前に出遭ったときは、まず岩に衝突させて勢いを止めてから、剣で首を撥ねてやった」

「わあ! 一刀で首を撥ねた?」

「一回で両断できたな」

「凄い凄い、やっぱりパイセンの剣の方が、あたしのウィンドエッジより切れ味は上ってことだあ」

「かもしれんな」

「レオナの方が遠くからできるから、やっぱりそれぞれってことすね」

「だな」

「俺のアースランサーの方が威力はあるかもしれないけど、相手がスピードに乗っているときは、合わせるのがムズいす」

「なるほど、確かにそれぞれだな」


 イノシシの後ろ脚を丈夫な紐で結わえ、一度『収納』して取り出す方法で太い木の枝に引っかけて、逆さ吊りで血抜きをする。

 肉屋に持ち込むとかなり高額で売れるぞ、と教えると、二人は手を叩いて喜んでいた。これも丸ごと二人の貯蓄に回すということでいいだろう。


「この巨体を引きずっていくわけにもいかないから、僕が使っている荷車を運んでくるか」

「えーー、お二人どっちかの『収納』でいいじゃないっすかあ」

「手ぶらで門を通過して街中でこんなのを取り出すってのも、不自然だろう」

「こんなの楽に運べるんだぞって、自慢すればいいのにい」

「そんなのはご免だな」

「えーー」

「まあじゃあ、今日はそれで引き上げることにするか」執り成すように、トーシャが一同を見回した。「二人の基本能力は、見せてもらったってことだな。あとは明日もう一日この森で動きを確認して、この先のことを打ち合わせることにしないか」

「はい、いいすよ」

「あ、あ、それとそれと」


 頷くジョウの横で、レオナが片手を挙げて振った。


「うち、もう一つ秘密の技があるのお。特別に公開しまあす」

「ああ、そうだったすね」

「何だ、秘密の技って」


 トーシャが首を傾げると、にっと笑ってレオナは周囲を見回す。

 それから見極めをつけたらしく、悪戯めかした企み顔をこちらに向けてきた。


「皆さん、ちょっとここで待っていてくださいねえ。まずハックパイセンからいくっすから、覚悟していてほしいっす」

「何だい、いったい」

「お楽しみにい」


 手を振って、弾む足どりで駆け出した。

 見る見るうちに枯れ草の上を遠ざかり、しばらく先、二百メートルほど離れたかという岩の陰に姿を隠す。

 そのまま数秒。何事も起こらない。


「何なんだ、本当に」

「しっ、静かにしていてください、す」


 笑いを堪える顔で、ジョウが口の前に一本指を立てる。

 仕方なく口を閉じ、少女が消えた先の岩に目を凝らす。

 そちらに変わった現象は見られない、が。

 さらに数秒、して。


『……パイセン、ハックパイセン』

「え?」

『聞こえますかあ?』

「何だ?」


 いきなり耳元に囁き声がして、思わず横から後ろへと振り向き見渡していた。

「どうした?」と、トーシャが不思議そうな顔で問いかけてくる。


「いや、今この辺で声が聞こえたんだが」

「何も聞こえないぞ」

「そうなのか?」

『……パイセン、パイセン、ヤッホー』

「な、また。これ、レオナか?」

『そうっすよお。うちの声、届いているっすね』

「何なんだ。これも魔法か?」

『そうっす。風魔法の一種みたいっす』

「こっちの声も聞こえている?」

『そうっす。あ、ちょい待ってくださいね。トーシャパイセンと交代するっす』


 と、いきなり不思議な声は消えた。

 それからまた、数秒おいて。

 びくりと身を震わせ、トーシャが辺りを見回していた。


「何だ? この声か、ハックが言ってたの?」


 こちらには、何も聞こえない。

 さらに、トーシャだけに囁きかけが続いているようだ。


「つまり、決めた対象者だけに声が届けられるってわけか」

「そう、す。一度に一人だけ、限定みたい、すね」


 当然あらかじめ承知しているらしいジョウが、問いかけに返答してきた。

 いくつかトーシャとやりとりした後、向こうの岩陰から満面の笑みでレオナは駆け戻ってきた。


「成功成功。どうっすか、うちの魔法。ヤバいっしょ?」

「ああ、たいしたもんだね」


 トーシャと頷き合い、感嘆の声を返す。

 元の位置に戻った少女は得意げな笑みのまま、さらに説明を加え質問にも答えてくれた。

 それによると。


 この魔法を『風通話』と名づける。

 ジョウを相手に実験した限りで、一キロメートル程度先まで通話可能らしい。それより離れても二キロ近くまでは、音質悪く聞きとりにくいながら届かせることができる。もしかすると強風など天候条件でその辺も変わるかもしれないが、まだ未検証。

 あらかじめ想定した対象人物一人限定。想定した場所の十メートル程度以内にその人がいれば、通話が繋がる。繋がった後は、相手の声も聞きとることができる。

 双方からの声は五~十秒ごとに一秒程度途切れるので、長い言葉を届けるにはややストレスが溜まる。

 レオナの側は、実際に発声しなくても届けることができる。口の中で囁くのを頭の中で思い浮かべる感覚、だとか。相手の声は実際に発声していないと無理の模様。


「前に呼んだラノベで、風魔法でこんなことできるってのあったから、試してみたらできちゃったしい」

「他の魔法でもこんな裏技っつか、変わったことできないかって思う、すけど。今のとこ、見つかってない、す」

「なるほどな。しかし妙なとこ気にして申し訳ないけど、他の魔法は詠唱が必要なのに、こっちの声に絡んだ魔法は無言でもできるわけか。何だかちぐはぐって言うか」

「たはは。やっぱ、最初にやってみたときの設定がそのまま登録されるってことかもお」


 疑問を呈すると、少女は屈託ない顔で笑い返してきた。

 それに、トーシャは真面目顔の頷きを返していた。


「しかし確かに、便利なことはまちがいないな。この世界に電話とかどころか、遠くと通信する手段は何もないみたいだから。一~二キロメートルが限界とか、一人相手限定とか、レオナから発信する以外方法はないとか、制限はあるにしても画期的に便利だろ、これ」

「だよなあ」

「ねえ、ねえ、ヤバいっしょ」


 レオナは何度も手を叩き、その場で跳びはねていた。

 この日は陽も傾いてきたので、終了とする。

 一度一人戻って作業場から荷車を引いてきて、イノシシとノウサギ十羽以上を載せて街に入ると、門番に驚嘆された。

 そのすべてを、肉屋で高価に売り払うことができた。

 二人にこちらの住居を教え、また明日朝から揃って森に出かけることを約束し、解散した。

 三人は同じ下宿に別々の部屋を借りて、しばらくは暮らすことになるようだ。


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