99 さらにやりとりしてみた

 一通り方法を伝授すると、兵士たちは数人ずつ組を作ってトカゲの生き残りに近づいていった。

 一人が正面から向かって、舌の攻撃をかわしながら牽制をする。その隙に横から二三人で、腹の下に板を差し込む。協力して板の逆端を押し下げ、トカゲを反転させる。

 見事仰向けになった相手の、喉元を探って剣を突き刺す。

 板と支えの丸太が一組しかないので一グループずつ試行、次へと交代して、ほぼ全員がかりで三匹の魔物を始末した。

 それに加えて、このために持参してきたという斧のような武器も試してみている。これについては腹の方からなら全力で数回殴りつければ傷がつけられる、背中の方からだとさらに数倍の回数が必要、という感じのようだ。

 トーシャの横に残って見守っていたこの討伐隊の隊長と名乗る男が、うむと頷いた。


「なるほど、あのひっくり返す方法なら造作なく始末できるな」

「ですね」

「もっと街に近づかれたところでいろいろ試行錯誤していたのでは、まちがいもあったかもしれぬ。君たちには感謝したい」

「はあ。お役に立ってよかったです」

「君たちのことは領主閣下に言上しておく。追って報奨など沙汰があるだろう」

「ありがとうございます」


 戻ってきた兵士たちの報告によると、やはり舌の攻撃だけは脅威に感じたという。牽制だけにしても安全な距離を保つ必要があり、討伐には二名以上が組になるのが望ましいと思われる。

「なるほどな」と、隊長は頷いている。


「相手の動きを止めた上なら、斧を使ってあの鱗を割ることも可能のようです。しかし上部からだと十回以上も同じ箇所を狙わなければならず、退治法として現実的ではないようです」

「うむ。やはり最初にひっくり返す方法が必須か」

「ですね。そうなんですが隊長、別な方向で考えて、あの硬い鱗も斧やのみのような道具なら破壊も不可能ではないということです。ということはつまり、この死体の皮を加工することができるかもしれません」

「ん、そうか。これだけ頑丈な皮なら、防具や鎧兜よろいかぶとのような革製品にできるかもしれないわけだ」

「そういうことになりそうです」


 言上していた兵士が、大きく頷く。

 頷き返して、隊長は一面の岩場をぐるりと見渡した。


「ということは、こいつらの皮が加工に使えるなら、この大量の死骸は宝の山になるかもしれんわけだ」

「そういうことです」

「うむ。どちらにせよ数匹の死骸は持ち帰って、報告に使う予定だったのだ。上に図って職人に検分させる動きを作ろう」

「はい」

「そうすると、君たち」


 慌ただしく、隊長はこちらに向き直った。


「この大量の死骸の所有権は当然君たちにあるわけだが、一度こちらに預けてくれぬか。今出たように加工品としての価値が認められたら、相応の対価が支払われることになろう。運搬の手間や加工の試行錯誤などに要する費用は差し引かれることになるが、その上で素材の費用を支払うことを約束する」

「は、はあ。問題ないです」


 二人で頷き合って、トーシャが狼狽気味に答えた。

 そんな死骸の活用など考えてもいなかったので、価値が認められるということなら望外の喜びだ。


「しかし、いいのですか? この先すべてお任せして、俺たちは不労所得として受け取るだけのような結果で」

「構わんぞ。これらをすべて我が領に預けてくれるということなら、予想通りなら領の大きな利益になる。軍の装備が一変するかもしれぬのだからな」

「ああ、なるほど」


 ここで口約束ながら急いで同意を求めているのは、そういう理由らしい。

 まったく今までになかった品質の武器や装備品が生み出される可能性があるのだ。

 確か前世には古代から、ワニの皮などを使った鎧兜が存在していたのではなかったか。それらのかなり硬度を増した製品ができるかもしれない。

 ほとんど現実的ではないが、もしもこれらの素材を別の領に持ち込まれたら、領として軍備の上で大変な損失ということになりかねないのだ。

 ふつうに考えて、この大きなトカゲ百匹超の死骸を領外まで運び出すなど現実にはあり得ないということになるが、公言できないもののこちらには実は可能だったりする。

 その後全員総出で数えて、こちら二人で仕留めたトカゲは百四匹であることが記録された。


「あとは我々の方で運搬法などを模索したり、他に生き残りがいないか調査したりすることになるので、君たちはこれで引きとってくれていいぞ。朝早くから出張ってきていたのだろう。ご苦労様だった」

「はあ、それでは」


 後れ馳せながらお互い名乗り合って、バルトルトという名前が判明した隊長は、そう労いをかけてくれた。

 こちら二人の連絡先を聞きとって、近日中に呼び出しをかけるという。

 お言葉に甘えて、帰途に着くことにした。まだ早朝のうちだが、陽が昇る前から活動を始めた身には相当の疲労を覚え始めている。

 あまり足を急がせるでもなく、トーシャと並んで藪の下り道を辿り出した。

 こきこきと首を回しながら、トーシャは大きく息をついた。


「何にせよどうにか、上首尾と言えるか。街への脅威は消すことができて、俺はレベルアップを果たせた。お前に相談してよかったぜ」

「その上であの死骸が金になるというなら、予想以上の成果だな」

「ああ。それに劣らない俺の収穫は、あの溶岩を譲り受けたことだな。この先また魔物を探して回る上でも、応手の切り札になりそうで気持ちの余裕が持てそうだ。これも、お前のお陰だ」

「それはよかった」


 正直、これで魔物絡みのことはトーシャに任せておけるようになるなら、大いに助かる。

 元来こんな戦闘紛いのことは、得意でもないし好きでもない。将来に向けてやりたいことは、他の方面で見つけていきたいのだ。


「それにしてもまだ信じられないぞ、この『収納』スキルの無敵っぷりは。そもそもあの管理者神様にしたって、しつこく『最大公約数のスキル』なんて言い方をしていたと思うんだが。『他の世界の多くや前世俺たちが読んでいた小説世界の多くに共通するテンプレ』みたいな表現もしていたか。いやさ、そんな『テンプレ』や『最大公約数』という言い方で済まされるには、ちょっと凄すぎると思うんだが、このスキル」

「だよなあ」

「だろう」

「まあ考えられるのはあの管理者神様の説明、何処か額面通りではなかったということかな」

「どういうことだ」

「それこそ前世の小説ノベルの類いだと、神様の発言は絶対、正確無比で一切まちがいなどない、という印象になるかもしれないけどさ。我々が会ったのはあの一見トッぽい兄ちゃんなんだからな、本当の本当に正確なことを言っていたものか、何処まで信用できるものか何の保証もない。そもそもミステリ小説なんかでは、一登場人物の発言を何の裏付けもなく信用しちゃいけないっていうのは鉄則だ」

「あの管理者神様が嘘をついていたって言うのか」

「そう決めつけるわけじゃないけどさ。今までにもあの人の発言をこちらでの判断の当てにしてきたわけで、まったく出任せを言ってたなんて言う気もしない。僕に後日質問する機会を与えるってんだから、そこで嘘つき追及されるような事態を作る気はないと思う。

 しかしもしかしてあの人の発言に正確でないところがあったとか、まちがいではないが意図的に裏事情を持ったものが含まれていたとかしていても、不思議はないんじゃないか」

「つまり、どういうことだ」

「少なくともこの『収納』みたいなスキル、他の神様が管理する世界にもあったとしても、おそらくそっちの神様とまったく同じ設計図とかで作ったということはないんじゃないか。例えば一つの可能性としてさ、こちらの管理者神様は先例に似せてテンプレレベルのものとして設計して作ったつもりなのに、予定よりレベルが超えていたとか。こんな『空気紐』みたいなこと、他の世界では実現できないのに、ここでは予定外にできるようになってしまった、なんて感じのことが起きているとか」

「ああ、なるほど」

「とはいえ他の世界でのそれがどういう実態になっているかなど知りようもないし、何度も同じようなことを言うが前世での小説ノベルの類いなどでは押し並べて、『空気紐』とかみたいなことができるのかどうか試した描写にもお目にかかっていないのだから、レベル的に超えたのかどうかさえ分からないんだけどな」

「まあ、そうだな」

「それでもしこちらの実態レベルが他を超えているのだとしても、あの管理者神様が意図しなかった結果という可能性もあるが、逆にこっそりわざと潜ませた機能の結果ということだって考えられる。知らん顔して仕込んでおいて、僕たちが気がつくかどうか試してみたとか」

「あ、ああ――あり得なくはないか」

「だいたいあの、トーシャには成長する『戦闘力』スキルを授ける選択肢を提示して、僕にはそれをしなかったってのもさ。もしかしてそこで区別して、僕らを使って実験する企みだったんじゃないかっていう疑いも持ってしまうんだが」

「実験――ああ、どういうスキルを与えればこの世界でどういう生き様を見せてくれるか、ってか」

「そう。あの人の言を信じれば。初めて扱う転生者ってことになるらしいからな、僕らは。今後のことを考えて、何かしら確かめておきたいって気にもなるかもしれない」

「もしそうだとすると――あまりいい気分はしないわなあ」

「まあ何とも確かめようもない、一つの疑いってだけだけどね。もしそうだとしても、僕としてはありがたいスキルをもらったと思っておくべきなんだろうな」

「まあ、そうか」

「少なくとも僕は、生涯に一度あの人を呼び出して質問する権利を与えられているんだが、今権利行使してこんなことを質問しても仕方ない気はするし。まあ面白がって得意げに答えてはくれるかもしれないけど」

「目に見えるようだな」


 結局また冗談半分のやりとりを続けるうち、街の西門に着いていた。

 門番に概要を報告して、通してもらう。

 町中は、いつもながらの朝の喧噪が始まっていた。

 つい少し前までの異様な殺戮光景とうって変わって、しみじみ安堵が戻ってくる気分だ。

 トーシャの下宿先を教えてもらって、これで別れることにする。


「じゃあ、また」

「おう」


 予定通りなら一両日中には一緒に領の呼び出しを受けるはずなので、あっさりいとまを告げておく。

 家に戻ると、子どもたちも活動を始めていた。

 ブルーノとルートルフは修業先に出かけた後のようで、残った顔ぶれで作業を開始したばかりらしい。

 作業場を覗くと、戸口近くに立っていたサスキアが振り向いてきた。


「おおハック、無事戻ったか」

「ああ、心配かけた」

「怪我はない? ハック」


 奥で書き物をしていたらしいニールが、足速に出てきた。

 他の女の子たちも作業の手を止めて顔を上げる。


「ああ、かすり傷一つもないぞ。討伐の手間はかかったが、動きがのろいんで危険は少なかった」

「そうなのか。トーシャ殿が討ちあぐねていたと聞いたから、なかなかの難物と思えたが」

「うん」


 尋ねてきたサスキアに、テコでひっくり返して喉を突いた経過を説明すると、うんうんと頷いている。


「なるほどな。そういう対処法が見つかったのなら、衛兵で数を頼めば撃退も可能か。しかしやはり、街に接近を許したら一般人には大きな脅威となるわけだ」

「そういうことだな」

「ハックとトーシャ殿は、また大手柄というわけだな」

「どうなるかは分からないが、どうも近々領から呼び出しがあることになりそうだ」

「ふうむ。とにかくもご苦労様だな」


 サスキアが頷き、女の子たちや小さな子たちは一様に笑い顔になっていた。

 作業状況を見て回り、ニールの報告を聞いて、順調であることを確認する。

 イザーク商会の職員も到着して、いつもの作業が動き出した。

 支店長からの伝言によると、ジョルジョ会長は予定通り明日到着するはずなので、夕方顔を出してほしいということだ。

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