97 フリーズさせてみた

 真下に転がる死体の上まで近づいてきた先頭の一匹に照準を合わせ、『取り出し』を指示。


 ギエーーー。


 大きく跳び上がらんばかりに仰け反り、その一匹は二度三度横に反転、仰向けでのたうち痙攣した末、動きを止めた。

 さらに一匹、二匹、と同様に仕留めていく。

 五匹を始末したところで、岩の下からまだ動いている集団までの距離が空いた。

 少し余裕ができて、肩の力を抜く。

 我慢できなくなった勢いで、隣からトーシャが問いかけてきた。


「おい、いったい何をしたんだ?」

「うん……」


 すでに始末した足下の八匹は、まちがいなく動きを失っている。

 確認して、頷き。


「やつらの胃袋の中に、テニスボール大の溶岩をぶち込んだ」

「はあ?!」

「とりあえず、残らず息は止まっていると思うが、喉を突いた痕は残しておこうぜ」

「お、おう……」


 こちら向きに進軍してくる先頭まで、まだ十メートル近くの距離がある。そいつらが近づく前に、死体の処理を済ませておきたい。

 石の踏み台を出し、二人でそちら側に降りた。

 八匹の死体のうち六匹は仰向けになっていたので、三匹ずつ分担して喉に剣を突き刺す。

 残りの伏せ姿勢の二匹は、一匹ずつ一度『収納』して仰向けに取り出し、喉を突く手順をとった。

 作業をしながら、「それにしても」とトーシャは唸った。


「溶岩って――まさかとは思うが、こないだの噴火のときのか? まさか、あのときの火の川がいきなり止まったのは、お前の仕業?」

「あれ、言ってなかったっけ」


 思い返すと――言ってなかったかもしれない。

 噴火騒ぎ直後の大型魔物出没で、そんな話をする余裕をなくしていたのだ。

 ある程度意識の底で、あの溶岩『収納』はトーシャに同じことができないはずなので、説明をためらっていたかもしれない。


「溶岩を『収納』したって――そんな近くまでいくことができたのか?」

「いや、接近する必要はなかった」


 あのときの土の紐を使った『収納』について説明すると、トーシャはあんぐり口を開いたままフリーズしてしまった。

 そちらの再起動の時間をとって、近づいている軍勢の先頭数匹を同様に処理する。

 次々と、痙攣してのたうつ。

 処理した五匹のうち、四匹が仰向け、一匹が伏せた格好で動きを止めた。

 いきなり胃の中に高熱と激痛が生まれるのだから、のたうちながら本能的に腹を上に向ける姿勢をとりやすいのだろうと想像される。

 四匹の喉を安物剣で突き、一匹を『収納』で仰向けに直していると、ようやくトーシャが思考を取り戻したようだ。


「そんな――つまり――お前の『収納』に現在、大量の溶岩が収められているというわけか」

「ああ。正確な量はよく分からないが、あのとき流れていた分の八割方と、火口の中の半分程度を『収納』したことになると思う。何しろ大量だし、出して確かめることもできないから、量のはかり方が思いつかないんだが」

「それは、何とも……」

「しかしまあ、こいつら百匹以上にテニスボール大でぶち込んでやって、たいして減る気もしないな」

「まあ、そうだろうな」

「そうだ、ぶち込むだけならトーシャにもできるはずだな。やってみるか?」

「え、え――溶岩をか?」

「ああ。トーシャの『収納』にも、そうだな、浴槽程度の大きさなら入らないか。直径二メートルの球形とか」

「ああ、入ると思う」

「なら今、目の前二メートル先の空中に取り出すから、即『収納』してくれ。地面に落ちたら悲惨なことになりかねないから、急いでやれよ」

「分かった」


 頷き合い、「3、2、1、0」とカウントして。

 すぐ目の前の空中に、真っ赤な高熱が出現。一瞬を待たずに消滅した。

 それでも相当な熱が、顔を焼きそうなほど空気中に残る。


「成功、よくやった」

「何とも、緊張したぜ」

「それじゃ、次は実践だ。近づいてきているあいつの、胃袋の中に直径五~六センチ程度の球にしてぶち込む」

「それなんだが、正確に胃袋の中なんて狙えるのか」

「胃袋、と念じるだけでうまくいってるみたいだ。たぶん、何というか、神様補正みたいなのが効いているんじゃないかと思う」

「いいのかそんな、フィクションの御都合主義みたいなの」

「何を今さらって話だろう。今までだって、一度『収納』した岩を元の場所に戻すとか、防壁工事でブロックを下のと合う位置に置くとか、別に正確に計測しなくてもできていたんだから」

「まあ――言われてみれば、そうか」

「正直今の場合、正確に胃の中である必要もそれほどないんだけどな。体内を焼いて命を奪い、外からはそれが見えない、という条件さえ満たせばいい。ここの衛兵や役人たちも別に、喉を突かれたこいつらを解剖して死因を調べようとまではしないだろう」

「まあ、そうだな」

「もしかして万々が一、酔狂な奴がいて解剖しようなんて気を起こした場合、焼けているのが胃だったら、ストレス性胃炎だったと思ってくれるかもしれないって程度だな」

「マジかよ」


 首を振りながら、トーシャは近づいてくる群れに向き直った。

「よし」と頷き、深呼吸して。


「魔法攻撃の気分で、何となく手を前に差し出したくなるな」

「好きにやってくれ」

「おお」


 開いた掌を前に突き出し、トーシャは「行けえ!」と小さく叫んだ。

 途端、先頭のトカゲ一匹が悶絶。のたうって仰向けに動きを失う。


「おう、うまくいくな」

「お見事。じゃあ、あとは分担しよう。僕は右半分、トーシャは左な」

「了解」


 ゆっくり前に進みながら、先頭から順番に一匹ずつ倒していく。

 完全に動かなくなっているのを確かめて、喉に剣を突き立てる。

 行う作業は『取り出し』なので約十メートル先まで可能だから、相手の舌は届かない。

 まだ悶絶しながら息のある固体が最期の足掻きよろしく飛ばしてくる舌攻撃だけ気をつけておけば、危険はない。

 慣れてしまうと、ただの作業になっていた。半分以上は仰向けになって息を引きとってくれるので手間がかからないが、そうでないのに当たると『収納』でひっくり返すのだけが何とも面倒に感じられるほどだ。

 体感三十分あまり程度で、目につく限りの魔物は全滅していた。


「よし。後片づけをして、衛兵たちの到着を待とう」

「そうだな」


 これも分担して、囲いに使った大岩を元の位置に戻す。

 テコ用の板と丸太を、死体群の最後尾に移動する。

 これで、前から順に最後までテコで転がしたという形が作られる。

 そうしてから街方向に数百メートル戻り、死体が目に入らない位置で適当な岩に腰を下ろした。

 ようやくすっかり陽が昇り、普段なら一日の生活を始めようかという頃合いに思われる。


「朝飯にしないか」

「そうだな」


 夜明け前に出立してきたので、実際朝飯前の作業だったのだ。

 二人とも『収納』の中にパンや焼肉などを常備しているので、取り出して囓ることにした。

 それにしても、と肉を噛みながらトーシャは嘆息した。


「溶岩を『収納』とは恐れ入ったというか、呆れて言葉にもならねえ。ふつう、接近できないと分かったところで諦めるだろうが」

「まあ、そうか」

「土の紐って、何だよそれ。よく思いついたっつうか、考えが柔軟っつうか」

「いや、それなんだけどさ。後で考え直して、自分もまだまだ頭が固い、と思い知ったよ。あの時点では切羽詰まっていて、さらに頭を回す余裕もなかったんだが」

「何だよ、それ」

「落ち着いて考えれば、思い至るんだ。『収納』は生物以外何でも可能だ。実際、固体、液体、気体の区別を問わず、自由に『収納』できる」

「いやだから、どういうことだ?」

「紐として使うのは、土とか固体である必要はないんだ。ずっと連続接触しているという条件を満たせば、液体でも気体でも同様に使える」

「え……」

「つまり、土の紐と同じことが、空気の紐でもできるんだ」

「はあ?」

「今までの経験に照らして、何の矛盾もないだろう?」

「いや、それはそうだが――それはあまりにも――御都合主義ってか、できすぎじゃ――」

「実際、こないだ試してみたら、できたぞ」

「マジかよ」

「やってみようか。今この目の前から、直径一センチ程度の空気の紐をイメージして、ずっと先に繋げていく。例えばあの、百メートル以上は離れているか、あそこの大岩の頭まで繋げて、上から十センチ程度までをまとめたものとして指定し、『収納』する」


 言った、次の瞬間。

 かなり遠くに見えていた岩の上辺部分だけが、あたかもパカリと擬音が聞こえそうな唐突さで、消えた。

 即座に、『収納』した岩だけを、すぐ目の前三メートル程度先の地面上に取り出す。

 どしりと据えられた幅一メートル、高さ十センチ程度の岩を目の当たりにして、またトーシャはまなこを見開いてフリーズしてしまった。

「マジかよ……」と、掠れた呻き声が、その口に漏れた。


「ちなみに、こんなこともできる」


 目の前の岩を、再び『収納』。

 今し方使った空気の紐をまた接続するイメージをして、百メートル以上離れた同じ岩の残りに向かう。

「元の場所に取り出し」と指定すると、消滅していた岩の上部が何事もなかったかのように出現していた。

 ますます、トーシャの目が大きく見開かれていた。


「嘘、だろ――」

「見ての通りだ」

「なんちゅう――」

「なお、今は元に戻す指定をした結果だけどな。『収納』されている別の空気を紐状に接続して取り出すことで、別の場所に出現させることもできる。つまり僕の『収納』だと距離の限界なく同様のことができるわけだ。トーシャのでも、三十メートルくらいならできるんじゃないのか」

「あ、ああ……」


 ややしばらくしてからの再起動後、トーシャも見様見真似で同じことを試みてみた。

 結果、やはり同様にできる。

 ただ想像通り、体育館サイズの最長辺、三十メートル程度が距離の限界のようだ。

 しかしこれでトーシャも、例えば武器を持った大勢の兵に囲まれた際、順次その武器を奪えることになる。

『収納バリア』やさっき話した『床消し』などと併用すれば、かなりの効果を見せそうだ。


「初めて、お前の『無限収納』ってのが腹の底から羨ましく思えてきたぞ」

「まあ、そうか」

「いやしかし、本当に御都合主義っつうか、できすぎっつうか。お前のこれ、何でもありじゃねえか」

「だなあ。事実上、正確な場所が分かっている限り何処の何に対してでも、『収納』と『取り出し』ができることになる。実際ここの街にいて、例の火山の位置を確かめたら、火山口からマグマの『収納』に成功した」

「何ちゅうか……」

「当然生物はできないことと、あと気をつけるのは、ふつうの十メートル以内の『取り出し』なら壁の向こうとか隔絶されたところにも可能だが、こちらは空気の紐が通る隙間は必要だということだな。空気の通る隙間と言えばかなり小さくてもいい気はするが、今のところそんな隙間をどう探し当ててどう指定すればいいのか見当がつかなくて、実現できていない」

「お、おう……」

「しかしこれで、前にも検討したワイバーンとか空飛ぶ魔物への対処も策が見つかったことになる。さっきのトカゲにやった胃の中へのぶち込みは十メートル以内ということになるが、相手が口を開いたところの喉元に溶岩ボールをぶち込むなら、トーシャでも三十メートル以内、僕なら視認できる限りの範囲、可能ということだ。まあたいていの生物なら、溶岩を頭からぶちまけただけで始末できるだろうけど。つまりはそんなことが、かなり遠方に対してでもできる、ということになるな」

「……ああ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る