55 売り出してみた

 話はまた少し逸れるけど。

 生前から、自覚していたことがある。自分には、日本人らしさが足りないのではないか。

 何というか、テレビなどで「日本人ならみんな、一人残らずこうだよね」とばかりに何の疑問もないように流される事柄が、自分に合致しない。

「一億人に愛されたスター」という人を、愛した記憶がない。これはまあ全国の人口は一億数千万人なのだから、一億人から外れた残り数千万人の括りに入ると思えばいいのかもしれないが。

 テレビで「日本中が応援しています」と大声で呼ばわる日本代表チームを、応援したいと思ったことがない。だって、選手の中に知り合いはいないもの。

 テレビでしょっちゅう使われる「○○ドーム●個分の広さ」という表現で、面積が実感できない。○○ドームを実際に生で見たことないし。

 小説ノベルなどでは日本人なら毎日のように風呂に入らないと発狂するかのようなことになっているが、まったくそんな感覚はない。『収納』で清浄魔法のようなことができるならそれで十分、楽でいいとしか思えない。何処かに温泉があったら、まあ入りたい気もするかな。

 毎食前に手を合わせて「いただきます」を言わなければものを口にできない、という習慣がない。ましてや異世界で極力目立たないようにと願っているのにもかかわらず、思わず自爆的にそんなことをやらかして人目を惹く、などということは想像もつかない。

 いや「いただきます」を言う場合はあるんだよ。豚さんや鶏さんや野菜さんや、お百姓さんや料理してくれた人への感謝としては。家での食事のときは、料理してくれた母親への感謝として、口に出して言う。しかし、手を合わせるという習慣は、我が家にはなかった。

 この手を合わせるという習慣、何処から生まれたのだろう。日本人の伝統、と何処かで表現されていたけど、本当なのだろうか。以前、「世界の○○監督作品」とか冠つきの名作邦画と呼ばれるものを観ることがあったけど、昭和中期の日本人の食事風景を描いた場面で、誰も別に手を合わせていなかった。

 手を合わせて「いただきます」を唱和するというのは、小中学校の給食時にはあった気がする。でもあれ、口に出す必要はあるのだろうかという疑問がずっとあった。感謝を捧げる相手は、クラスメイトや担任教師ではないと思う。相手がその場にいないなら、胸の中で唱えるので十分じゃないか。

 というわけで、たぶん小四の頃からくらいはずっと、口にしているふりだけして発声しない、ということで済ませていた記憶がある。仕方なく、手を合わせる格好だけはしていたか。


――いやいやいや。


 また、話がすっかり逸れてしまった。

 しかし、逸れついでにもう一つ。

 ずっと前からしばしばこんな類いのことを考えていて、もしかしてこちらの頭の中を覗く人がいたら、

「何でいちいち、小説ノベルなどを引き合いに出す?」

「メタフィクション気取り、ウゼエ」

 などと思われるかもしれないけど。


――自分に、他にどないせえいいますのん?


 この世界でできること、できないことを検討するに当たって、他に参考にするものがないのだ。

 何しろ偉大なる神様管理者に、『(世界のありようが)ああいう小説ノベルの内容と似通っている』と前もって宣言されている。

 もちろん前世の地球との比較は考えるが、時代性、地域性、魔法や魔物の存在など、比べようもない点が多々ある。

 何よりも何よりも、『鑑定』と『収納』の使い方や可能性については、前世では空想にしか存在していないのだから。トーシャを除けば相談する先もなく、まったく小説ノベル以外よりどころはない。

 こんな立場におかれて、小説ノベルの類いを引き合いに考え進める以外、何か思いつく人がいたとしたらお目にかかりたいくらいだ。

 そんな引き合いの考察もせず猪突猛進よろしく行動に移せる人、尊敬したい気はないでもないが、見習いたい気はまったく起きない。

 正直、今回のイーストや麹などのように、小説ノベルなどではあり得ない扱いされていたことに手応えを見つけてしまうと、当惑するしかないのだが。それはそれで、こちらの現実として納得していくしかない。


――と、割り切っておく。


 何にせよ、話を戻そう。

 言いたかったのは、だから。

 味噌の開発を思いついたのは別に、日本人らしい食生活が恋しかったからという理由ではない、ということだ。

 単に、デルツの内臓料理を少しでも食べやすくできるものがあったら売り物になるのではないか、ということから発想しただけだ。

 思い返してみると、うちのモツ煮は味噌味だったな。その方向で考えられないか。

 という思いつきからだけだったので、必ずしも本格的な熟成味噌の必要はない。味噌モドキでも、とにかくデルツの料理が一変すればそれでいいのだ。

 そういうわけで、塩は十分にあるし、豆や小麦なら何かしらは手に入る、あとは麹さえ入手すればそれらしきものくらいは試行錯誤で作れるのではないか、という思考過程だった。


 これらについて、以前からぼんやりいろいろ考えてはきたのだが、ある程度頭の中で具体化を始めたのは、ペニシリンの入手に成功してからだった。

 今まで考えていなかったような方法でカビの類いを処理することができた。それなら、イーストや麹も似たようなもんじゃね? というわけだ。

 ほとんどイーストと同時並行で捜索し、周りの大気中にごくごく微量ながら【いわゆる麹菌、この地域では主に小麦で繁殖する】というものが存在することを確かめた。

 その上で、もっと大量に存在する場所を求めて、例のふつうなら子どもくらいしか引き受けないイザーク商会の人足仕事のついでに穀物倉庫を覗かせてもらった、という次第になる。予想の通り、さまざまな菌だかカビだかの中に、求めていた二種類のものを探し当てることができた。

 豆類と小麦が保管された蔵の中に入ったり入口から覗いたりする機会を得るたび、届く限りの空気中からイーストと麹を『収納』させてもらった。

 一度処理した後でも作業が続く中でまた袋の移動の弾みに空気中に飛び散るものがあり、改めてそこそこ『収納』できる。それでも同じ日の中では後半にいくにつれて空気中濃度は下がっていた。

 それがまた、三日ほどおいて同じ日雇い仕事に赴くと、また濃度はかなり回復していて『収納』することができた。

 計二日間で合わせて、十回ほども機会を得ただろうか。イーストも麹もある程度の量を入手できた。

 あとはこれらを繁殖させる環境を作り、実際の加工を試していくということになる。


 その辺の小説ノベルに比べてお前は幸運に恵まれていただけだ、そもそも麹なんてもの西洋にないんじゃなかったか、御都合主義だ、出鱈目だ、などとと言われても困る。

 イーストと麹、幸運やら御都合主義やらで見つけることができたものなのか、小説ノベルの類いとどう違うのか、判定のしようもない。

 だって、それらの小説ノベルの類いの中でこれらについて、主人公やその周囲の人物が、探そうとしたという記述さえ、お目にかかったことがないのだ。まさか植生などについても地球の西洋の常識そのままと思い込んで、それ以上想像も働かさなかったとも思えない。

 探そうとしたがこちらでは見つからなかった、そちらのお前の方では見つかったというのは狡いじゃないかと言われるのなら、まあ分かる。

 しかし、『鑑定』のような能力を持ちながら探そうともしなかった人に狡いと言われても、何とも返答のしようがないわけだが。


――いや、誰に対して言い訳しているんだ、自分?


 とにかくも、こちらの現実で、最善を探していくしかない。


「ミソは今日のやつで売り物になるようだから、あの第六パターンのを当分毎日仕込んでいくことにしよう」

「ん、分かった」


 北の門に向かいながら打ち合わせをすると、ニールは生真面目に頷きを返してきた。

 ミソに関しては特にということになるが、一連の処理ではニールの細かな記録と管理を頼りにしているのだ。

 麹については、いろいろ穀物などを少しずつ購入した中で、製粉の直前段階だという小麦を茹でたものに振りかけてみると、うまく繁殖を始めたようだった。

 ある程度の量を確保したところで、ミソの仕込みに入る。ここからはまったく経験も何もないのだから、いろいろ試行錯誤を重ねるしかない。

 最も大豆に近いと思われるキマメを柔らかく煮て潰し、塩と麹を加える。

 このキマメと塩と麹の量の配分をさまざまに変えて、結局十二パターンの仕込みを試すことにした。

 ちなみにこれ、重さを量る道具はないので、木の枡による体積の計量だ。まあ雑誌やネットにあるレシピを試すのなら重さを量る必要があるだろうが、こちらは十二パターンの量配分の違いが分かればいいのだから、問題ない。

 パターンごとにしっかり区別して、毎日の変化を記録する。これを、全面的にニールに任せた。

 ただし、味噌の完成イメージは他の誰にも分からないのだから、味は毎日自分で確かめていくしかない。

 やはり、塩が少なめのものの方が変化は早いようだ。真夏という理由もあるだろうが、塩、麹ともに少なかったらしく、発酵というより腐敗で酸味を帯びてきたパターンもあった。

 使い物にならないパターンは廃棄して、有望そうなものを残す。その中で第六パターンとしたものが、七日ほどでそれらしき旨みのようなものを醸し出してきた。

 もちろん前世で販売されていた味噌を知る身にとってまだまだ物足りないところだが、一応塩だけよりは面白い味つけになるというものが得られたことになる。

 しかもこれ、キマメや麹の性質のせいか熟成が足りないせいか、色合いはクリーム色でそれほど味噌らしくない。味噌によくあるあるの、茶色の色彩と粒々の混じった見た目で尾籠なものを連想させて敬遠される、といった欠点が少し緩和されているということになる。

 一方で塩を多くして十分熟成させたものに比べると、日保ちはしないと思われる。販売に際しては注意が必要だ。

 さらに言うと、理想完成イメージの味噌に比べて、甘みが強い。麹を多くしたため、甘酒のような風味が立ってきたということではないか。

 少々予想外の成り行きだが、これはこれでいいのではないか。色合いも甘みも、こんなものとして提供すれば、むしろこの世界の人々に受け入れられやすいという可能性もありそうに思われる。

 さっきの商会長の試食の感想でも、甘みの点はそこそこプラスポイントだったようだ。

 なお、塩の配分を多くして発酵速度が遅いものは、このまま数ヶ月単位で進捗を観察することにしている。おそらくもっといかにも味噌らしいものになると思われるが、どの程度売り物になるかはできてみないと分からない。

 またこういった味噌造りの作業では、保管して発酵させる中でカビなどが発生しないかの管理がたいへんだと聞いた気がするが、こちらでは適宜『鑑定』で胞子状態のうちから見つけて、蓋をした容器内の空気中から『収納』で取り除くことができるので、ほぼ防げると思われる。


 とりあえずもそうした成り行きで、イーストとミソのそこそこの量について安定供給ができる見込みが立っている。

 ニールが一通りの工程を押さえて、中間年齢の女の子やさらに小さな子たちが攪拌などを手伝う習慣が定着して、毎日数時間の作業で製造が進むようになった。

 すでに数日前から、実験段階のパンやミソが食生活に取り入れられて、子どもたちの栄養面も改善に向かっているのではないかと思われる。

 さすがにまだ一日中を仕込み作業に費やすほどの生産を始めていないので、年長二人の日雇い仕事はもちろん、商会の荷物運び業務やノウサギ狩りと薬草採取も以前と同様に続けている。

 北の森に入って前日よりも奥の地帯に進むと、かなり慣れてきた所作でニールは薬草探しを始めた。

 その背中を見失わないように気を払いながら、こちらも慣れた手順でノウサギを狩る。


「ねえ、ハックさ」

「ん、何だ?」


 ノウサギ三羽を仕留めたところで寄っていくと、採取したハルクの葉を手にしたニールが考え込んでいた。


「この薬草なんかも、畑で栽培できないのかな」

「うーん……やってみなければ何とも言えないな。できるものならもっと前から他の人がやっていそうな気もするし、もしかすると誰も思いついていないのかもしれないし。まあ、試してみる価値はあるかもな」

「うん、やってみよう」

「やるなら、なるべくここと環境が変わらないようにするべきだな。根の周りの土も多めに一緒に運ぶ。ハルクは密集しないで一本ずつ離れて育つようだから、そういう植え方をするって感じか。まだ葉が小さめのやつを数本持っていこう。ただ、ノウサギの解体をして、最後帰るときに、だな」

「分かった」


 最終的に六羽のノウサギを狩って、いつものように一羽半と四羽半に分担して袋で担ぐ(半羽はこっそり『収納』)。

 その運搬態勢で最近は二人ともに少し体力がついて余裕が持てるようになっていたので、この日は土ごと掘って布袋に入れたハルクの株を両手に提げることにした。

 このところは口入れ屋から情報を得て他に数種類の薬草も採取するようになっていたが、栽培を試すのはとりあえずハルクだけにする。


 背中と両手が塞がった格好を笑われながら門番に挨拶して町に入り、植え換えする薬草はねぐらの小屋に下ろした。そうしてからいつものように、肉と薬草類を売りに回る。

 帰りがてらデルツの店を覗くと、客の姿はないが、厨房で主人とナジャ、商会の店員だという若い女と年少の小僧が大わらわでパン生地をこねていた。

「お昼の試食、大評判だったんだよお」とナジャが満面の笑顔で教えてくれる。

 派遣店員の二人が商店街に呼ばわったり近所の家に試食品を持って回ったりした結果、問い合わせが殺到することになった。

 夕方からの販売時にはぜひ買いたいという予約が膨れ、予定していた五十個ではまったく足りない勢いだという。


「まったく、お前さんたちのお陰で、目が回りそうな忙しさだぜ」

「それはどうも、済みません」

「うちはパン屋じゃなくて、料理屋なんだぞ。これで内臓料理の方が当たらなかったら、店を変えなくちゃならないかもしれねえ」

「はは、そっちも頑張ってください」


 手を休めないまま苦笑で冗談口調をかけてくる店主に、笑い返した。

 派遣の二人にも手伝わせて、これで八十個のパンを竈に入れる予定。それが終わり次第、これもナジャに手伝わせて新しい内臓煮込みの調理を始める。

 そう説明するデルツの顔は、今までにないほど生き生きして見えている。

 本日分の内臓肉を渡し、店の隅で遊んでいた小さな子たちを連れて帰ることにした。


「きじこねるの、あたしも手伝ったんだよ」

「ずっと、いい匂いしてた」

「お腹すいたあ」


 幼い三人はニールと手をつないで歩きながら、口々に報告している。

 料理屋での遊びは店が広い分安心だが、確かに食欲を誘う匂いは辛かったかもしれない。それでも以前より朝食をしっかりとれているし、昼の間もパンの失敗作などをもらったりしていたということで、ひもじさはなかったようだ。


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