49 狩りを見せてみた

 木の間に分け入って辺りを見回しながら、寡黙な相手に話しかけた。


「森の中では俺がノウサギを狩っている間、ニールには薬草を採って自分の稼ぎにしてもらいたいんだ。ただし絶対、俺の目の届かないところまで行かないことな」

「うん」

「俺はノウサギやオオカミにしても魔物にしても、比較的他の人より遠くから見つけることができる特技がある。しかしサスキアのような攻撃の腕はない。だから危険な獣は早めに見つけて逃げるのが最良の策で、見えないところで接近を許したらお終いだ。その点、肝に銘じていてくれ」

「分かった」


 見回しながら進むうち、薬草を示す光を得た。

 覗き込み、指さして教える。


「これがハルクの葉だ。口入れ屋に持ち込むと、一枚を銅貨五枚で引きとってもらえる。他の草に紛れて数少なく生えているので見つけにくいんだそうだ。掌より大きいくらいの葉だけを摘むこと」

「分かった」


 石ナイフを一つ貸してやると、ニールは大真面目な顔で薬草の葉を切り取っていた。

 さすがに立場を承知して、サスキアは手を貸さずにそれを見守っている。何処か指をわきわきして見えるのは、手を出したくて仕方ないのだろう。

 二枚の葉を、ニールは無事腰の袋に収めていた。

 合わせて、肉を包むためのスースーの葉の採取も指示する。

 それからさらに奥に進んで、暗い木の陰に繁る草むらを指さした。


「あの辺にも、ハルクがありそうだ」

「うん」


 がさがさと踏み込み、さっきの見本と見比べて採取している。

 遠くを見やると、ちらちらノウサギの光も見えてきた。

 具合のよさそうな岩と見比べ、距離を推し測る。


「二人はここで、静かにしていてくれ」

「ん?」

「動くなよ。特にサスキアは、殺気をまき散らすなよ」

「お、おう」


 注意を与えて草をかき分け、高さ一メートルあまりの岩の向こうに回る。

 見回し、両手を挙げて見せていると。

 がさがさがさと、疾走接近してくるものがあった。

 ぎりぎり引きつけ、鼻先に岩ブロックを出現させながら、背後の岩に飛び乗る。

 がつ、と衝突音。すぐに、ブロックを消す。

 岩から飛び降り、ナイフで止めを刺した獲物を近くに移動しながら声をかけた。


「もういいぞ」

「今ので、狩れたのか?」

「ああ、ほら」


 飛び乗っていた岩の下まで移動した、ノウサギの死体を指し示す。

 興味深げに覗き込んで、二人とも目を丸くしている。

 岩の裏側からの見物人には、出現したブロックは見えなかったはずだ。


「鮮やかなものだな。本当に徒手で狩るとは」

「どういうわけか知らないけどね。他の人にはなかなか真似できないようなんだ」

「ふーん」


 手早く血抜きだけして、ニールを傍に招く。

 後ろ脚を掴んでぶら下げさせると、何とかぎりぎり持ち上げることができたという様子だ。


「運ぶのは、一羽が限界かな」

「……うん」

「一羽だけでも、町中まではたいへんなんじゃないか」


 はらはらとした表情で、サスキアは口を添える。

 確かに、一羽をぶら下げるだけでかなり無理をしている格好に見える。

 左手で持ち上げて、うまく曲げ伸ばしができない右手は添えるだけになっているようだ。

 ニールの右肘は細かい作業の動きは何とかなるが、力を込めることに不自由があるらしい。そのため、文字を書くことや台所仕事のようなことはできるが、荷物運びなどには苦辛する。

 見たところどうも、内側への動きに比べて外側向きに力が入りにくいということのようだ。


「とりあえずそれ、袋に入れておいてくれ」

「うん」


 ほとんど血の出つくした獲物を、苦労しながら左手で袋収納している。

 さっきの場所周辺にまだ薬草はあるようなので採取に戻らせ、こちらは草の中に目を凝らす。

 さらに二羽のノウサギを狩った後、場所を移動した。

 目をつけていた小川のほとりに寄って、三羽の獲物を解体する。

 一羽分の処理を手本にして見せると、ニールも覚束ない手つきで挑戦していた。生き物を切り刻むのは初めてということで、ふだん無表情な顔がかなりの嫌悪にしかめられている。それでも時間をかけて、何とか最後までやり遂げることができた。

 隣で自ら希望してもう一羽の処理に取りかかったサスキアはさすがに刃物の扱いに慣れているようで、そこそこの手捌きを見せている。

 ニールが剥いだ毛皮はかなりずたずたで、売り物にならないかもしれない。サスキアの方は、辛うじて買い取ってもらえるだろうかというできだ。

 その辺曖昧にしていても仕方ないのではっきり指摘して、以後鍛練を積むことにしようと申し合わせる。

 解体した肉を一羽分と二羽分に分けて袋に入れた。一羽分の袋を肩に担がせたところ、ニールにはようやく歩けるかという状況だ。


「これならどうかな」


 近くにかなり大きな草の葉を見つけたので、それを敷いて袋を地面に置いてみた。

 サスキアの持っていた長い革紐を袋の口に結わえ、ニールに両手で引かせるのだ。草地の上ならそこそこ滑るようにして移動することができる。

 この方法なら、ニールにも二羽分の運搬が可能なようだ。

 土の地面になったら難しいかもしれないが、そこはまた別に考えることにしよう。


「その辺、またハルクがありそうだ」

「分かった」


 木の陰を指さしてやると、ニールは肉の袋を置いて草むらに入っていった。距離を置いてサスキアも後に続く。

 そちらを目の端に入れながら、手頃な岩を見つけて獲物を探す。

 ちらちらと草の間に見えている光が、こちら向きに疾走を始めるのを待つ。

 さらに一羽を狩ったところで、姿勢を直して。


「ん?」


 見回していると、異物を見つけた。大きい、ような。

『鑑定』すると、【ヤマイノシシ】だ。

 どうも、こちらに向かっている。


「二人とも、そこを動くな。身を隠していろ」

「ん、分かった」


 訝しげながらすぐに指示に従う、サスキアの返答を確かめた。

 相手はやはり、接近してきている。

 木立の間から、大きな姿が出現した。こちらを見つけると、すぐに疾走を始める。

 やはりわけの分からない突進の性質があるらしい。

 だだだだだ、と草の上に地響きを立てて。

 ぎりぎりまで恐怖に耐えて、石ブロックを二段構えで取り出す。

 同時に、後ろの岩に飛び乗った。

 がし、という衝突音。

 ブロックを消すと、まだ敵は動いていた。しかし、何処かふらふらと力が入っていない。


「サスキア! 止めを頼めるか」

「了解!」


 即座に、茂みから飛び出してきた。

 相手を見てとるや、怯むことなく剣を抜く。一閃して、太い首から鮮血が噴き出す。

 横倒しになった巨体は、何度かの痙攣の後、動きを失っていた。

 改めて見直すとやはり、前世で見た豚よりも二回りほど大きい。

 それでも、前にグルック村で解体したものよりはやや小ぶりかもしれない。


「お見事」

「驚いたな。こんな大物も岩にぶつけて仕留めることができるわけだ」

「ノウサギに比べると、恐怖の度合が段違いだがな」


 血を拭った剣を収めているサスキアと、言葉を交わす。

 それから恐る恐る近寄ってくるニールに、注意を与えた。


「ノウサギでもまともに体当たりを食らったら、骨折くらいしかねない。こんな大物だと、命が危ぶまれる。ニールはとにかく、そんな危険を早く察知して逃げることを考えてくれ」

「分かった」

「このイノシシはあまり跳躍力がないらしくて、この岩の高さくらいに登ればやりすごせるようだ。しかしノウサギはこれくらいなら届くから、身を躱すのが早すぎるとついてくるようでね」

「そうなのか。やはり慣れが必要なのだな」


 説明すると、サスキアも頷いている。

 それから三人で力を合わせてイノシシの後ろ脚を岩の上まで持ち上げ、不十分ながら血抜きをした。

 村で聞いた通りなら、肉も毛皮も売り物になるはずだ。


「たぶんこいつは高く売れるはずなんだが、このままじゃ町の中まで運ぶことができない。肉屋なら運搬方法もあるだろうから、ひとっ走り行って買ってくれるか訊いてこようと思う」

「それなら、わたしが行ってこよう。足には自信があるしな。ハックとニールはまだ狩りと薬草採りができるのだろう?」

「そうか。なら頼めるか」

「承知した。ニール、気をつけるのだぞ」

「うん」


 言い置いて、サスキアは走り去った。

 障害物の多い林の中にもかかわらず、なかなかに速い。

「自信がある」と言っていたが確かに、一騎打ちの徒競走をしても負けるかもしれない。


――県大会レベルで負けるとしたら、全国大会出場相当ということか。


 どうでもいいことを、考える。

 残った小柄な助手は、興味津々の様子でイノシシの死体を観察していた。

 さっきのノウサギ処理の様子と思い合わせて、動物の死骸に嫌悪感はあっても恐怖や忌避感は少ないらしい。


「本来は、死骸をこんなふうに放置するのは避けるべきなんだ。オオカミとか肉食の獣を呼び寄せる恐れがある」

「うん」

「サスキアが戻ってくるまで、採取を続けながら周囲に気を払っていてくれ。ノウサギならまだいいが、もしオオカミなどが見えたらこの死骸を置いて即撤収する」

「うん」

「俺はそっちでノウサギを探しているから、ニールはできるだけこの辺から動かないようにしていてくれ。俺とは逆方向に注意を払うようにな」

「分かった」


 まださっきのイノシシ出現前の採取を残しているようで、草の中にしゃがみ込んでいく。

 それを確認して、少し離れた木立の中、草の深い場所に踏み込んだ。

 さっき確認したのだが、そこにかなり大きな樹木が二本、根元近くから折られて重なり倒れているのだ。先日の魔物が暴れた跡だろう。

『鑑定』すると、


【チャオークの木。日本のコナラに近い。木材として木工品、薪などに有用。】


 と出る。

 昨日領主から権利をせしめた分として、おあつらえの倒木だ。ニールから見られないようにして、処理してしまおうと思う。

 まずは、枝をすべて『切り取り収納』する。後で水分を『収納』して乾燥させたら、薪として十分使えるだろう。

 残った太さ三十センチ、長さ十メートルほどの幹から表皮だけ取り去ろうとしたが、ノウサギの毛皮のときと同様に『選択収納』ではできなかった。皮と中身との区別が不明瞭なせいではないかと思われる。

 そこで次には、「表面から一センチ分だけを『収納』」と指示してみた。

 結果、二本の樹木は綺麗に白っぽい木肌を曝すことになった。

 続けて、その丸太の全体から八割見当の水分を消し去る。

 うろ覚えの知識だが、丸太状態でかなり乾燥させておかないと、板にした後で曲がったり変形したりするはずだ。

 含水率というのか、どの程度水分を消すのが適当なのかも分からないが、百パーセント消すのもやり過ぎという気がするので、この程度に留めておく。

 ここまで、ほとんど音も立てずに作業ができた。何度か窺ってみたが、ニールは背を向けたまま採取を続けている。

 今の作業はここまでにして、二本の丸太を『収納』した。

 その後は、ノウサギ狩りに戻ることにした。

 二羽を狩って解体を終えところで、遠くから人声が聞こえてきた。


「戻ってきたかな」

「ん?」


 声をかけると、ニールも立ち上がって耳を澄ましている。

 何やら話し合う声とぱきぱき小木を降り倒すような音が、確実に近づいている。


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