6話 義妹と風呂場で



 俺のクラスに、義妹の夕月ゆづきが転校してから、10日ほどが経過した。


 今日は部活の朝練があった。

 じゃんけんで負けた俺は、モップ掛けをしたあと、男子更衣室へと戻る。


「あ、りょーちん、おつー」


 男子更衣室には、ショートカットの女がいた。

 ベンチに腰掛けて、俺の持ってきた少年漫画誌を広げて読んでる。


四葉よつば。おまえ何やってんだよ。ここ男子更衣室だけど」


 この女は贄川にえかわ 四葉よつば

 俺の小学校のころからの悪友で、まあ、幼馴染ってやつだ。


「男子いないじゃん」

「目の前にいるだろうが」

「ほらりょーちんは男子だけど、男子じゃないから」


 なんだそりゃ……。

 ベンチに胡坐をかいて漫画雑誌を読む姿からは、とても17の女とは思えない。


「おまえいい加減に、マガジャン自分で買えよ」

「我が家のお小遣い事情はきびしいのだよ、りょーちん」


 マガジャンをペラペラめくりながら四葉が言う。


「デジマスはやっぱおもれーわー。ねー、そうおもうっしょー?」

「それもってっていいから、さっさと出てけ。着替えられないだろ」


「ああ、あたしそういうの気にしないからお構いなく」

「俺が気にすんだよ……」


 動く気なさそうだ。

 やれやれ……さっさと着替えるか。


「そーいやさー、りょーちんのとこの義妹ちゃん、おるやん?」

「あ、ああ……」


 四葉が漫画を読みながら聞いてくる。


「なーんかあっという間にクラスの人気者になったねー」


 四葉とは同じクラスなので、夕月のことを知っている。


「子犬みたいに無邪気でさー。コロコロよく笑うし、誰に対しても明るくて素直で、おまけに巨乳。これで人気が出ないわきゃない」


 夕月は男女問わず人気がある。

 アイドル的な地位を確立していた。


「もう彼氏いんの?」

「いや……」


「え、うっそぉー。あんだけ顔も良くてスタイルも良くって、明るくていい子ちゃんなら、彼氏の一人や二人いてもいいのに! ね、ね、本当は知ってるんでしょ? だって一緒に住んでるんだし!」


 着替え終えて振り返ると、目をキラキラさせている四葉がいた。


「いないよ」

「なんだー。ま、ガード堅そうだしね意外と」


「そ、そう思う?」

「うん。だってブラコンアピールしまくってんじゃん?」


 夕月のやつ、教室で結構人気がある。

 男に言い寄られることも多々ある。


『ごめんなさい、わたし、兄さん好きなので♡』


 と堂々と答えるのだ。

 もちろん、みんな本気にしてない。


「可愛くて巨乳でブラコン! かー! 男の妄想の権化かよってねー」


 ……みんな、夕月は単なるブラコンだって思っているらしい。


「ブラコンってアピールすることで、男を寄せ付けない。でもあたしはわかる、あれは戦略だね。本命を隠すための、隠れ蓑だよ」


 俺とべたべたしても、クラスの男たちは生暖かい目で見てくる。


『兄妹だしな』

『仲のいい兄妹だなぁ』

『飯田は夕月ちゃんの兄だからな恋愛対象外だもんな』


 とまあ、今のところ、夕月がクラスで俺にべたついてきても、許されている。


「絶対あれは好きな人いるね」

「……だろうな」

「気にならんの?」


 ……気にするも何も、俺らしいからな、どうやら。


「りょーちん教室いこー」

「おうよ」


 俺は漫画雑誌を受け取り、四葉と一緒に部室を出る。


「夕月ちゃんが人気急上昇の一方でさ、あんたの元カノは、その……元気ないね、最近」


 ずきり、と胸が痛む。

 元カノ、梓川あずさがわ みしろのことだ。


「前はみんなに優しくて、頭もいいし、性格もいいから、天使さまって呼ばれてたけどさー、なーんか最近感じ悪いよね。話しかけられても上の空だし」


 そう、みしろは夕月が転校してきた日から、態度がガラッと変わったのだ。


 今まではクラス中のみんなから人気者だったのだが、今はアンチが増えてきている気がする。


「元カレとしては、気になる感じなん?」


「は!? べ、別に関係ないし……」


 ……とはいえ、みしろが元気ないのは気になるところだ。

 何かあったのだろうか。


「……そっか、まだ忘れられないのな」

「は? なんて?」


「なんでもねーよーだ」


 ばしっ、と四葉が俺の背中をたたく。


「しゃきっとせんかい! 悩みがあるなら四葉ちゃんがきいたるで? あ、デートしてあげよっか!」


「全額俺のおごりでだろ?」


「おうさ! もちろん!」


「じゃ、遠慮しとく」


「んだよー、けちー」


 からからと笑う彼女は、一緒にいてほっとする。


「お前といるのが一番気が楽だよ。女って感じしないし」

「…………」


 一瞬だけ、四葉が真顔になる。

 だがすぐにニカっと笑う。


「うっせー。ほら、教室いくぞー!」


 なんだったんだろうか、今の間は?


    ★


学校が終了し、部活を終えて、俺は家へと戻ってくる。


「亮太くん♡ おかえり♡」


 すぐさま、夕月が出迎えてくる。

 外では兄さんと呼び、家では、わざわざ俺を亮太と呼ぶ。


「おう……」


 天使のような笑みを浮かべ、亮太と俺を呼ぶ姿は、みしろとかぶって仕方ない。

 やめろと言って、決して、夕月はやめてくれない。


「お風呂湧いてますよ~♡」

「……いや、いい」


 風呂は、とある理由から、あまり入りたくない。

 

「だめだよぉ亮太くん♡ 部活でいっぱいいっぱい、汗かいたんだから♡」


 部室にはシャワーが付いている。

 だがシャワー室は全部活共通なのだ。


 うちはスポーツの名門校。

 運動部員の数はめちゃくちゃ多い。


 そうなると、シャワーの取り合いになるのだ。


「ほら、ね? シャワー浴びた方がいいですよ♡」

「ああ……」


 俺は重い足取りで風呂場へと向かう。

 汚れたシャツや洗濯物を突っ込んで、ふろに入る。


 かしゃん、と風呂場のドアの鍵を閉めて、俺はシャワーを頭から浴びる。


「…………」


 風呂場に満ちるのは、甘い甘い香り。

 

 夕月は必ずといっていいほど、俺が入る前に風呂を使っている。


 そうなると、風呂場に充満するのだ。

 女の、甘い香りが。

 むせかえるような、花のような香り。


 ……困ったことに、みしろと同じなのだ。


 かしゃん、とロックが解除される。

 またか、と思いながら、なかば諦めながら振り返る。


「亮太くん♡」

「……夕月。おまえ……入ってくんなっていつも言ってるだろ」


 同棲を始めて10日。

 こいつは、毎日のように、俺が風呂に入ってくると、浴室へ突撃してくるのだ。


 鍵はきちんと閉めている。

 だが、コインを使って鍵を空けてくるのだ。

 くそ! 風呂場の鍵って、がばがばすぎんだろ!


「出てけよ」

「いやでーす♡」


 ……教室ではいい子ちゃんで通っているらしい。


 人懐っこくて、素直で……か。

 みんなはそう思ってるらしい。

 だが、俺だけは知ってる。


「ね……亮太くん♡」


 ぱさ……と夕月がタオルをはだける。


 ……極上の裸が、俺の前にさらされる。


 真っ白で、染み一つないからだ。

 目を見張るほど大きな胸。


 見ては、いけないとわかっている。頭ではそう、わかってるんだ。


 だが、だがこいつが、みしろの声で、顔で……体で、俺の目線を釘付けにする。


「で、出てけって!」

「いや♡」


「じゃあ俺が出てく!」


 俺は夕月を押しのけて出ていこうとする。


 だが後ろから、カノジョが抱き着いてくる。


「……いいの?」


 耳元で、ささやきかけてくる。


「……見なくていいの? みしろの、体」

「っ、おまえは! みしろじゃねえ!」


 振り返ると、くすくすと、妖艶に夕月が笑っている。

 教室では、みしろの代わりに天使のような笑みを浮かべてる。


 だが、家に帰ればこれだ。

 俺にだけ、悪魔みたいな、蠱惑的な笑みを浮かべる。


「ねえ、兄さん? どうして拒むの?」

「俺たちは兄妹だろうが!」


「そうだよ♡ 兄妹なんだから、一緒にお風呂入っても……問題ないでしょ?」


 ね、と笑う夕月。


「あはっ♡ 亮太くんの、とぉってもおっきねぇ♡」


 熱烈な視線を向ける夕月。

 俺は内またになって隠す。


「いいなぁ、姉さんはぁ♡ うらやましいなぁ。亮太くんに抱いてもらえて」


 怪しく笑いながら、夕月が俺に言う。

 みしろが、うらやましいだと……?


「馬鹿言うなよ……ありえないよ」


 あいつは潔癖症で、キスはおろか、手をつなぐのだって、手袋越しだった。

 使う機会なんて、ない。


「そっか……姉さんはいじわるだねー」


 くすくす、と夕月が笑う。


「いいんだよ、亮太くん♡ 姉さんがしてくれなかった代わりに、私に欲望をさらしても」


 夕月が俺の体に後ろからハグする。

 どくんどくん! と俺の心臓が早鐘のようになる。


 吸い付くような肌に、極上の柔らかさの乳房。

 そして、俺にささやく、悪魔の声は、みしろと同じもの。


「……欲望、ぶつけていいんだよ?」


 ……俺は揺らぎそうになるが、でも、押しのけて風呂を出ていく。


「ざーんねん♡」


 ……みしろの体で、みしろと同じ顔で、同じ声で……。


 みしろが、言ってくれなかったセリフを、夕月は言ってくれる。

 俺の体を拒んだ彼女と同じ顔の女が、俺を受け入れる気まんまんだ。


 ……俺は、おかしくなりそうだ。

 毎日だぞ?


 これが、毎日毎晩続くんだ。

 ……地獄で、悪魔にあってるような、気分だ。


 教室では天使な義妹が、家では悪魔であることを、俺だけが知ってる。

 

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