5話 義妹が俺を狙ってくる



 俺のクラスに、義妹の夕月ゆづきが転校してきた。


 その日の放課後。

 俺は部活を終えて、家に帰ろうとしていた。


「……はぁ」


 気が重い。今日は部活でめちゃくちゃ絞られた。

 俺の通うアルピコ学園は、スポーツの名門校だ。


 バスケ部に所属しているのだが、うちの練習量は半端ではない。


 夏休みにインターハイで優勝し、3年生が抜けた。

 新体制での部活、その初日ということもあって、めちゃくちゃハードだった。


「今から帰って飯作るの、だるいな……」


 疲労が蓄積された体を引きずりながら、俺は自宅へと戻る。


「ふぅ……」

「あ、兄さん♡ おかえりなさいっ♡」


 玄関先に現れたのは、内のクラスの天使……ではない。


「あ、夕月……か」


 そうだ、親父が再婚した関係で、俺に義妹が出来たんだ。

 飯田 夕月。


 俺の妹。そして……みしろの、双子の妹だ。


 夕月はエプロンを付けていた。

 ニコニコと笑顔を俺に向けてくる。

 

 みしろに似た笑顔。

 ……ずきり、と胸が痛んだ。


「おう、ただいま」

「遅かったですね」


「部活が長引いてな。悪い、飯まだだろ? ピザでも頼むか?」


 すると夕月はふるふると首を振ってこたえる。


「その必要はありませんよ。兄さんのために、ご飯作ってました!」


「お、マジか」

「はい♡ さ、兄さん、どうぞ奥へ。あ、汚れたお洗濯ものあればください♡」

「悪いな、ありがと」


 部活のエナメルバッグから、洗濯物の入った袋を取りだす。


「♡」


 夕月は目をとろんとさせ、袋を凝視していた。


「どうした?」

「あ、いえ! すぐに用意しますので、先にお風呂入っててください!」

「お、おう。ありがとう」


 俺は風呂場へ行くと、すでに風呂が沸いてあった。

 湯船に手を入れると、ちょうどいい温度だ。


 ……なんでこんなジャストタイミングで、いい温度になってるのだ?

 まあ、追い炊きでもしたんだろう。


『にいさーん、お着換えおいときますねー』

「あ、ああ……」


 俺は特に考えることなく湯船に浸かる。


 ほどなくして、ふろから上がりリビングへ行くと、夕月が台所へたつ。


 ミニスカートにカットシャツの上から、エプロンを付けている。


「すぐにできますからね~♡」

「…………」


 さっき俺を出迎えてくれたとき、夕月じゃなくて、みしろが来てくれたのだと錯覚した。


 顔があまりにも、みしろに似ている。

 一卵性の双生児だそうだ。そりゃ似ても仕方ない。


「みしろ……」


 俺の恋人だった女。

 実は男と触れ合うことができなかったらしい。


 そういうことは、早く言ってほしかった。

 てゆーか、なんで俺と付き合ったんだよ……。


「ああ、くそ……ダメだ」


 まだ別れて数日。

 思いをきっぱりと切り替えることは、まだできそうにない。


 夕月、おまえは、なんでみしろと同じ顔してるんだよ。

 なんで、みしろと同じ顔で、声で、俺に優しくしてくれるんだよ。


「兄さん、できましたよ~♡」


 リビングのテーブルには、うまそうな飯が並ぶ。

 ハンバーグカレーだ。


 大盛りのお皿に、たっぷりのルーの乗ったカレー。

 ハンバーグは俵の形をしており、半熟卵が載っている。


「…………」


 ごくり、と思わず唾を飲み込んでしまう。


「い、いただきます」

「はい、召し上がれ♡」


 スプーンでハンバーグをつつく。

 じゅわ……と肉汁とともに、蕩けたチーズがカレーにあふれ出る。


 カレーとチーズ、そしてハンバーグを載せて、俺はスプーンで一口。


「っ!?」


 ……美味い。

 カレーのスパイス、チーズのまろやかさ、そして柔らかな牛ハンバーグの甘い油。


 それらが混然一体となって、旨味を演出している。


 ……気づけば俺は、むさぼるようにカレーを食べていた。


 一息つきたい、と思ったタイミングで、


「どうぞ♡」


 夕月がグラスに入った水を俺に出してくる。

 キンキンに冷えた水を一気に飲み干して……俺は陶然とする。


「美味かった……」

「お粗末様♡」


 ……しかし、あれだ。俺が作る飯の、何倍、いや何十倍も美味かった。


 ふと気づくと、俺の前から空になった皿が消えていた。


「え?」

「あ、兄さんは座ってて♡ 洗い物わたしがやっちゃうから」


 俺が何かしようとすると、完璧なタイミングで先回りして、やってくれる。

 なんて楽なんだ……じゃなくて。


「いや、さすがに申し訳ないだろ」

「いえいえ、いいんですよ気にしなくて。好きでやってることですし」


 好きでやっていることなら任せてもいいじゃんか。



 と思う一方で、いやでも別に召使でも何でもないんだぞ、夕月はと思う自分がいる。


 だが結局は楽な方へと流されてしまう。


 夕月は洗い物を終え、スイカまで切ってくれた。


「デザートのスイカです♡ 一緒に食べましょう♡」

「あ、ありがとう……」


 俺たちはリビングのテーブルの前に座る。

 だが、


「あ、のさ……なんで真横に座るんだ?」


 夕月はピッタリ寄り添うように座っている。


「この方が食べさせやすいかと。はい、あーん♡」


 夕月がフォークをスイカに刺して、俺に向けてくる。

 ……みしろが、夕月の顔に重なる。


「いや、いいから。そういうの」


 俺は、夕月を拒む。

 一瞬妹の表情がこわばった。だがすぐに、にこっと笑う。


「亮太くん♡ はい、お口あーんして♡」

「なっ!?」


 夕月は、俺を兄さんではなく、亮太と呼んだ。

 完全にみしろと俺は錯覚してしまう。


仰天する俺のすきをついて、夕月みしろが、スイカを食わせてくる。


「どうですか?」

「あ、ああ……」


 咀嚼しているが正直味なんてわかない。


「おまえ……なんで今亮太くんって?」

「え、深い意味はありませんよ♡ どっちで呼ばれたいです? 兄さんと、亮太くんだと?」


 ……深い意味は、ない?

 本当か? 夕月がきれいな笑みを浮かべる。


 天使のような、笑顔。

 それは元カノを想起させるような、そんな笑み。


「…………」


 去年から、今年の夏まで。

 俺はずっとみしろを思い続けてきた。

 フラれて、数日で、はいそうですかと切り替えることは、まだできない。


 だが俺はフラれたんだ。

 もう、みしろのことは忘れなきゃいけない。

 

「……今まで通り、兄さんで頼む」


 その顔で、亮太と呼ばれたくない。

 だって、思い出してしまうから。


「そうですか。わかりました♡ 亮太くん」

「! お、おまえ……」


 目を細めると、夕月が俺にしなだれかかってくる。

 スイカを指でつまむと、俺の口に突っ込んでくる。


「んぐっ!」


 俺の唾液のついた指をくわえて、なめていく。


 ……みしろが、俺の……いや、何を考えてるんだ!


「おま、何だ今の?」

「指についた汚れを取ってただけですよ♡」


「いやそういうのは、ティッシュで拭けよ」


 みしろがまるで、俺のものをくわえてくれたみたいに……いや、何を考えてるんだ俺は!


 するり……と蛇のような動きで、夕月が俺の太ももに触れる。


 俺は大きく飛びのく。


「ちょっとしたジョークですよ♡ 兄妹のスキンシップじゃないですか♡ 何そんなに過剰に反応してるの?」


 こてん、と可愛らしく首をかしげる。

 唇を三日月のように細めて、ちろり、と舌なめずりする。


「それとも……誰かに何かされちゃうこと、思い起こしちゃったんですか?」


 ……こいつ、わざとやってるのか?

 わざと、みしろみたいに俺を亮太くんと呼び、わざと、エロいことしてる?


 いや、そう決めつけるのは早いか。

 なぜそんなことするのかわからない。


「と、とにかく! 亮太くん呼びは禁止。スキンシップも、ダメ」

「善処します♡」


「……おまえ、性格悪いだろ」


 あら、と夕月が小首をかしげる。


「今更ですか、亮太くん♡」


    ★


 亮太が寝るといって寝室へと戻っていく。

 夕月は脱衣所へと向かう。

 洗濯機を回す前に、亮太から預かった袋を取り出す。


 亮太の汗がしみこんだ、スポーツシャツを取り出す。


 兄のシャツに顔をうずめて、深呼吸する。


 そしてその場にくたぁ……とへたり込む。


「兄さん……♡ 素敵♡ 汗のにおい……♡ とってもいいにおい♡」


 1時間もそうしてた夕月は、シャツを洗濯機に入れて回す。


「…………」


 ぎり、と夕月は歯噛みする。

 兄は今日も素敵だったが、先ほどの態度は、度し難い。


 自分とみしろを、重ねていた。

 ……たぶん、まだ彼の心に姉が巣食っているのだろう。


 腹が立った。

 あんな女より自分を見て欲しい。

 自分だけに夢中になって欲しい。


 ……あの女め。


「ふふっ。まあ……いいでしょう。せいぜい利用させてもらうまで」


 まだ自分を女とみてくれてないのなら、女として意識してもらえるよう誘惑するまで。

 姉の残像がまだ脳裏に残っているのならば、活用するまでだ。


 夕月は神に感謝する。

 愛する人の、元・愛する人と同じ声と顔に産んでくれたことを。


 兄妹の垣根を超えることは難しい。

 だが自分は他人あねと同じ顔、声、体をしている。


 倫理観をドロドロに溶かして、兄を快楽で溺れさせて、もう自分がいなきゃダメな体にする。


 姉から兄の心を奪い返すのは、それからでも遅くはない。


「あんな女のことなんて、忘れちゃうんだから、覚悟しててね……兄さん♡」

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