社長って、何か不思議な力でも持ってるの?

きくらげ

第1話

一枚のドアを隔てた向こう側から、社長の怒鳴り声が聞こえる。

「お前は○△✕~で、前も○○~が」

何を言っているのかハッキリ分からないが、どうでもいい。多分、工場長が何かやらかしたんだろう。

社長は、めちゃクソに当たりの多い黒ひげ危機一髪の様な人で、常に従業員達は極限まで気を使っていた。

ただ、理不尽なところはあるが、悪い人でない。社長という責任の重い立場が、彼を情緒不安定にさせているのかもしれない。


イヤな予感がする。いや、正直に言うと入社当時から、それはあった。ここは長く居てはいけない場所なのだ。


「福崎さん、保険は大事ッスよ!!工場長なんて無保険で事故ってから入ったらしいスけど、それじゃ遅いんス!!」

落ち着け、小谷。私は自動車保険には加入している。

事故現場にお客さんの車を引取りに行って帰ってきてから熱弁している。

かけられた感謝の言葉が余程うれしかったらしい。素直な子だ。

小谷君は、私より九つ下の男性社員で若いながら、保険を担当している。学生時代から、今までずっとバスケを続けている根っからの体育系で、そういう所が社長に気に入られていた。

小谷君は、去年の夏に母親を亡くしている


これは、まだ私が入社前の話。

母親が死んだ時、小谷君は海の上にいたらしい。社長は、会社行事を企画するのが好きで、お盆や年末年始など会社が連休に入る時は、何かしらイベントが発生した。

仕事から離れた社長は、普段とは違って穏やかで、率先して場を盛り上げてくれる。その日は社長所有の船で、海に出ていた。

お盆休みの二日目で、最初は休みが潰れて面倒くさがっていた従業員達も、次第に盛り上がってお酒も入って・・・そんな時だった。

小谷君のスマホに、彼の母親の死の知らせが届いたのは。

自殺だったらしい。理由は聞けなかった。


「今年は海には行きたくないっス。」

GWの話がでだした四月、まだ先の夏の休暇を見据えたように言った。

「あの電話がトラウマで・・・また誰か死ぬんじゃないかって・・・」


小谷君は、私の入社半年前に母親を亡くしているが、私の退職一年後には父親を亡くす。






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