中二病の冬と不思議な夏
不透明 白
冬
年を越え、あっという間に終わる三学期が始まった
季節がら窓の外を見れば、ふわりふわりと白い綿毛みたいな雪が、思うがまま風に流され横向き飛んでいる。
私は暖かい保健室のふかふかベッドに横たわりながら、ぼんやりと窓の外を見ている。
安全で心地よい場所から荒れた風景を見ると、何故か心が満たされる。
心が満たされて、私はまた目を瞑る。
すると、まぶたの裏側にさっきまでの風景が映し出されてくるのだった。
体操服姿のクラスメイト達が体育館で穏やかに談笑をしている。
わんぱくな男子たちは、バスケットゴールの鉄骨部分に手を伸ばしてぶら下がろうとする、遊びみたいなよく分からないことをしている。
そんな中、私はうずくまっていた。
長袖の体操服の中に両腕をうずめて、だるまみたいなフォルムで小さく震えていた。
私はめっぽう寒さに弱かった。
下着に、張るタイプのカイロを張り付けているというのに、袖やら首やら足首から嫌がらせみたいに冷たい冷気が入り込んできて、カイロの効果を最低限に抑え込んでくる。
それに体温も元々低い体質で、血圧も低いので貧血気味でこの前も全校集会で倒れてしまった。
けど、決して病弱というわけではない。
大吉から凶まであるおみくじで言う、末吉みたいな感じ――いつもコンディション悪いけど、一線は越えないみたいなそんな感じ。
「
「おーるおーけー」
クラスメイトに心配されてしまったが、私は持てるせい一杯の力を振り絞って、笑顔とサムズアップを返した。
クラスメイトは微妙な顔をしながらもなんとか納得してくれた。
手をカイロが貼ってある箇所にくっつけて暖を取っていると、誰かが私の真横に立って足をぴったりとくっつけてきた。
「まなつん……今、我が雷鳴と稲妻の如き力で暖めてあげるから、じっとしてて」
そう言うと、体に手をまわしてきてギュッと抱き着いてきた。
びっくり。
私は思わずドキッとして、そして、嬉しくなった。
嬉しい。
「まふゆちゃん……ありがたいけど、ちょっと恥ずかしいかも」
「大丈夫! 遠慮しないで我のエネルギーを受け取って?」
小学校から幼馴染で、立派(?)な中二病を患う友達である。
その病の原因は定かではないが、多分、生まれながらにして目の色が緑と黒とで違って生まれたのも一つの要因だと推測している。
右側一つ結びがトレードマークのオッドアイの少女――人呼んで、ライトテールの大魔法使いと呼ばれている……らしい。
本人曰くだが。
――キーンコーンカーンコーン。
女の体育教師が歩いてきて目の前に立つ。
「よーし、集合!」
号令をして、準備体操をして、軽いランニングをする。
それが終わっても、運動部に入っている人たちは少し深呼吸をしただけで呼吸を整えたが、文化部に入っていて、その中でも特に体力のない私はというと、絶賛、肩で息をして
――あ、やばい、本当に倒れるかも……肺が痛い、頭痛い、視界が白んできた。
「せ、先生ぃ……」
世界がぐるりと反転して、意識がぷっつりと途切れた。
その刹那、ささやかな意識の中で、必死に私の名前を呼ぶ声が一つ聞こえた気がした。
「まなつん……大丈夫だよ。私がそばにいるからね……頑張って」
左側に目を向けるとそこには窓があり、そこから静かに降る雪が見える。
そして、反対側を見ればそこには、私の手を力一杯握り、不安そうな表情で目を瞑って、小さな声でブツブツ喋っている幼馴染の姿があった。
どれぐらい握っていたのか分からないが、手には汗で湿った感覚があった。
「まふゆちゃん……」
「まなつん! 気が付いたの? 良かったあぁああ!」
飛び込みながら抱き着いてくるまふゆちゃん。
「わあっ、ぐふぅ!」
起き上がろうとした上半身は、一瞬にしてまふゆちゃんの下敷きになったが、華奢なその体は軽く、女の私でも簡単に持ち上げられそうなぐらいであった。
お前が言うなって感じだけど、私はその事実が心配になった。
だけど、それ以上に私を横で見守っていたこと、抱き着ついてきたことによる嬉しさの方が勝っていた。
……嬉しい。
壁掛け時計を見ると、長い針が3を指している。
ということは、まだ体育の授業は終わっていないということになり、まふゆちゃんが今ここにいるということは、体育の授業に出ずにここにいるということになる。
「まふゆちゃん……授業は?」
「あー……えぇっと、サボちゃった!」
笑顔でそう言われると何も言えない。
というか、ずっとそばに居てくれた人に向けて文句を言える立場ではない。
まふゆちゃんは私の体に乗りながらじーっと見つめてくる。
私もそれに応えるように目を合わせる。
…………。
お互いに目を合わせて、でも何も喋らないまま時間が進む。
はたして、本当に時間は進んでいるのだろうか。
もしかしたら、ずっとこのままで、時が止まってしまったんじゃないかと思ってしまうぐらいの間、ただ目を見つめた。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうだった。
「――ぶふぅっ……あははははは!」
まふゆちゃんは盛大に笑った。
なんでそんなことをしたのかいまいち分かっていなかったが、まふゆちゃんが楽しそうなら何でもよかった。
止まっていた時間をまふゆちゃんの笑い声が動かしてくれて良かった。
もしあのまま止まっていたら、私の心臓は持たなかっただろう。
どっ、どっ、どっ。
キーンコーンカーンコーン。
心臓の鼓動が早まっていることを悟られる前に、チャイムの音が私を味方してくれた。
「掃除の時間だよ! 行こっか、まなつん!」
「うん」
保健室の先生と軽く話した後、会釈してその場を後にする。
私はまふゆちゃんに手を引かれるがまま付いていく。
まだドキドキが収まらない事をバレないよう祈りながら。
その後、私とまふゆちゃんは各自、掃除場所へと別れた。
場所によってまちまちだが、大体十分ぐらいの間掃除をした後、私達は示し合わせることもなく昇降口で再開した。
……今日は部活も休みだし、出口はここしかないので、考えたら当たり前と言えなくもなかったが、細かいことは考えない。
これを運命……だとかいう括り方は、私的に違うから言わない。
慣れ親しんだ登下校の道を、まふゆちゃんと並んで歩きながら私は考える。
あと数か月で終わる二年生としての私を考える。
三年生になったら勉強しないとだなーとか、高校どこに行こうかなーとか、まふゆちゃんはどの高校にするのかなーとか考える。
なんとなく、ふわふわ考える。
深い意味なんてない感じで考える。
「まなつん、この後……暇?」
いつの間にか雪玉をこねているまなつちゃんが、ほっぺたを赤くしながら聞いてくる。
かわいい……。
その様子が子供みたいで可愛いと思った。
「うん。暇だよ」
「じゃあさー、私の家で一緒に勉強しない?」
「まふゆちゃんの家で?」
「うん!」
「……いいよ、しよ」
「やったー!」
ぼんやり考えていたことを掠めるようなこと発言に少し肝を冷やす。
エスパーか何かだと思った。
もしかしたら、まふゆちゃんは本当に魔法使いかもしれない。
……だったら、知ってるのかな。
あの時、ドキドキしていたのを知られていたのかな。
この気持ちを知っているのかな。
なんてね。
「ただいまー! ……って言っても誰もいないんだけどね」
「お邪魔します……」
まふゆちゃんの家には何度も来たことがある。
なので、勝手知ってで、家庭的な印象のあるリビングを抜け、二階にあるまふゆちゃんの部屋まで行く。
まふゆちゃんの部屋の扉を開ける。
そこに広がるのは、カーテンを閉め切った暗い部屋に、魔法陣柄のカーペット、その上にコタツが場違いに乗っていて、棚には髑髏や小さめの水晶、いろんな種類のトランプや十字型のアクセサリーが置いてある。
怪しげなデザインのライトは、薄暗く辺りを照らしている。
私は見慣れたその光景にため息さえ出さずに、部屋に取り付けられてある電気をつける。
後ろから飲み物を持って、まふゆちゃんが階段を上がってくる。
「まふゆちゃん、相変わらず凄いね……」
「ふふん! かっこいいでしょ!」
そういう意味で言ったんじゃないけどね。
まふゆちゃんはこたつの上にコップを置いて、勉強会の準備をする。
私もそれに倣って準備をする。
――準備が終わった。
私達は席に着く(こたつに入る)。
こたつの上には、今日出された宿題とみかん。
猫はこたつで丸くなってはいない。
私達はしばらく集中して宿題を進めていく。
途中、雑談を挟んだり、宿題を教え合ったり、みかんをつまみながらマイペースに進めていく。
そして、大体30分ぐらいで宿題は終わった。
「んんっ……ふぅー。終わったー!」
「まふゆちゃん、まだ丸つけ終わってないよ」
「そんなのすぐ終わるから、休憩休憩!」
「もう……」
不意に、こたつの中で足が触れた。
「きゃっ……」
予想外の反応だった。
別に、私が足を絡める感じで触ったとかではなく、動かしていたら自然と触れてしまっただけなのだけれど、そんな反応をされてしまうとちょっと困る。
「ごめん」
「いやいや、大丈夫! ちょっと油断してたから、ビックリシチャッタダケ」
なにそれ。
何故か最後の方だけカタコトになっていて、それが可笑しくて思わず口角が上がる。
「……そういえば、まなつん、今日倒れちゃったけどそれからどう? 具合悪くなったりしてない?」
「うん。大丈夫だよ」
嬉しい。
心配してくれて嬉しい……。
「そう? ……あのね、私さっきから考えてたんだけど、私がまなつんに体が強くなる魔法をかけてあげればさ? 今日みたいなこと起こらなくなると思うの!」
「魔法?」
「そう! まなつんはもう知ってると思うけど、私って大魔法使いでしょ? だから、私のとっておきの魔法を使って、まなつんを危険から守るバリアを張ろうと思うの!」
まふゆちゃんはこたつから勢い良く立ちあがって、独特なポーズをとる。
魔法……。
昔からまふゆちゃんはこう言っているが、私はまだまふゆちゃんが魔法使いである確証を得ていない。
なので、魔法使いではないとも言えないし、魔法使いだとも言えない。
クラスメイト達からからかわれているのを何度も見たことある。
はたして、真相はどうなんだろう。
「まふゆちゃん、それって痛いとかあるの?」
「うんん、全然! むしろ、体が暖かくなる感覚がするよ!」
そう言って、部屋の電気を消すまふゆちゃん。
部屋は薄暗く、小さなライトから放たれる仄かな光が照らす、怪しい空間へと再び包まれた。
この空間であれば、本当に何かが起こりそうな予感がするのは気のせいだろうか。
まふゆちゃんはこたつをどかし、魔法陣のカーペットの上に私を座らせる。
「よ、よーし準備完了! じゃあまなつん目を瞑って?」
言われた通りに目を瞑る。
別に本気で何かやられるわけじゃないって、分かっててもドキドキするのは何故だろう。
「じゃあ詠唱するね……」
足音が近づいているのが分かって、その足音は私の前で止まる。
「……悪しき世よ、我は汝に頼まじ――音色、空間、運動、深き悩みの淵より、われ汝に呼ばれる」
詠唱の声が近づく。
「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え、もはや私の心には感じない――まどろみはいよいよ浅く、鳥は星形の庭に舞い降りる」
その声は顔のほど近くまで近づいている。
「進むべき道はない、だが進まなければならない……主よ、みことばもて我らを守りたまえ!」
…………。
終わったのだろうか?
特に体は何の変化もなく戸惑っていると、続いて言葉が聞こえてきた。
「プレリュード!」
そして、私の唇に柔らかい何かが重なり合って離れた。
私の唇に重なり合って離れた……。
重なり合って?
ちゅっ……?
え、ちょっと待って。
……。
どういうこと?
もしかして、私今キスされた?
まふゆちゃんに?
えぇー……死ぬほど嬉しいぃ。
まふゆちゃんがどんな魔導書を読んだのか知らないけど、その本を書いた作者に最大の敬意を表します。
心臓が今まで生きた中で一番早く動いているのを感じる。
今ならここで死んでも悔いない。間違いない。
……あれ、急に冷静になっちゃった。
そこで、例えばの話なんだけど……もしも、私がこのまま目を開けたらそこには何があるんだろう。
いまだに何も言ってこないまふゆちゃんは、今何を思っているんだろう。
私は目を開けられずにいる。
だけど、疑問もそこそこに、まふゆちゃんの言っていたことはおおむね間違いではなかったようにも思う。
身体が熱い。
顔も耳も熱い。
これがこたつに入っていたからなのか、キスをされたなのかはわからないけど。
それでも間違えではなかった。
もしかしたら、本当に口から魔力が流れてきているのかもしれない。
だったとしたら、この目を開ける勇気という名の魔法というやつはないのだろうか。
多分ないだろう。
なので、私は恐る恐る目を開ける。
目が暗闇に慣れていたため、暗い部屋でも周りの様子がよく見えた。
そして、目の前にはこたつからはみ出たお尻があった。
そうなるのなら、こんな事しない方がよかったのでは? と思いながら、心の中で安心している自分に挨拶する。こんにちわー。
はぁ……まったく、魔法使いとしての威厳をはどこに行ったのやら……。
そして、私は決意する。
このまま気持ちを抑えておくのはもう終わりだ。
私はそのかわいいお尻をノックした。
「きゃっ……うぅぅ」
「大魔法使いさん? 私を弟子にしてくださいな?」
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