第69話 鳳仙花
全く同じ見た目をした四体の悪魔が空を舞う。
基本四属性である火、水、風、土の高位魔術が銀髪の青年へと襲いかかる。
人が扱う魔術を超える暴威に晒される青年は動じずただ一言呟くように口にした。
「アウリー」
その瞬間、嵐の如き大風が吹き荒れる。
地上から見上げる人々は立っていられないほどの突風に反射的にしゃがみ近くの物に掴まった。
嵐の渦中に佇む青年、ルクス・イブ・アイングワットは涼しい顔で分身する悪魔、ヴィネアを見据える。
もう終わりか?と問いかけるように。
「…お前、本当に人間か?」
「歴とした人間だが?」
「ただの人間がボクの多重発動した魔術を消耗もせずに無傷で凌げるわけないだろっ!」
「でも凌げてるしなあ。お前の実力が足りていないんじゃないか?」
「ふざけるなっ、ボクは魔界における序列四十五位だぞ!」
「…結構下じゃん」
魔人戦争ではたった数人の魔人によって多くの小国が滅亡し数えきれないほどの犠牲者と癒えぬ傷跡を大陸に刻みつけた。
語り継がれるほどこいつが強いのかと言われればそうでもないというのが俺の所感だ。
「悪魔を庇うようで癪だけどルクスじゃないとアレの相手は無理だよ」
「そうか? 今のリゼルなら勝てそうだけど」
「あれは種族変わっちゃってるから人間換算しないで」
「やっぱ変わってるよなあれ」
今しがた地下での戦いを終えて地上へ出てきた黒髪の若き騎士団長を見れば見慣れぬ角と身体のあちこちに鱗が見える。
それに今まで全く魔力を感じなかった彼から膨大な魔力を感じる。
「あいつも隠してたのか。アウリーは気づいていたのか?」
「ううん、ちょっと不思議な感じがあったけど気にしなかったから。私はルクス一筋だもん」
「可愛いことを言うなぁ」
緊張感のない雑談をしているとこちらから死角となる地上から放たれた不可視の風魔術が俺に当たる事なく霧散する。
アウリーがギロリと俺たちを取り囲む四体のヴィネアではなく地上から魔術を放った本体を睨みつける。
「こんな風で私のルクスを傷つけられるわけないでしょ」
「アウリーの格がわかってないんだろうな。というかこれまでの戦闘を見ていたなら風魔術だけは悪手だと気づくだろ…」
地下から地上を蹴り飛ばした時、あの悪魔は分身体を複数出して本体である自分は街中に潜伏した。
それなりに精密な魔力制御だったが俺とアウリーを誤魔化すことなどできやしない。
いつ仕掛けてくるかと様子を見ていたが…正直期待はずれもいいところである。
「悪魔っていうのはこんな物なのか? だとすればお前の敬愛する魔王様とやらもたかが知れてくるな」
「っ…!!! 少し強い人間の分際でボクだけでなく魔王様を愚弄するのか…っ!」
「なら本気でかかってこい。妹たちが感じた恐怖を万倍にして返してやる」
そう、結局のところ俺が考えているのは一つだけ。
三年前、信頼する者に攫われた恐怖によって一切の外出を拒み笑わなくなった二人の妹が過去を乗り越えてまた笑えるようになった。
そんなあの子たちに更なる恐怖を与えたコイツをただ殺すのは勿体無い。
「吠えたな第三皇子っ! 拠点とする予定の街だったがまあいい。この街を滅ぼし人間を皆殺しにしてから他の街を拠点にすればいいんだ!」
そう言ったヴィネアは飛び上がり俺たちよりも高所に陣取り詠唱を開始した。
「其は
夜空に昏く禍々しいと扉が出現し、開け放たれた。
その扉から巨大な蛇の頭八つ、ゆっくりと顔を出した。
そして感じる魔力から理解した。
あれがS級を超える魔獣であり討伐難度Z級に格付けされる街どころか国を滅ぼす災害であると。
「召喚魔術…いや違う。これは最早魔術の領域にないな」
「そうだ! これは召喚魔法、数十年程度で死ぬ人間では至れぬ領域、ボクの切り札だ!」
ヴィネアを認めるようで癪だがこれは確かに切り札といって差し支えないものだ。
奴が近接戦、魔術戦ともに手応えがなかった理由は本来の戦い方が召喚をメインとする召喚士だから。
「八岐大蛇が生まれ落ちた土地ではありとあらゆる命が文字通り死に絶える。それは生き物であろうが植物であろうが関係ない! アレがこの地の大地を踏み締めた瞬間、貴様らは死に、敗北する! 魔王様の命には背くことになってしまうがこの大陸を手中に収めてみせればお褒めいただける! さあ、どうする!第三皇子!」
「………」
再度八岐大蛇が召喚されているゲートをみる。
八つの首は既に現界しており、今は二十メートルを超える胴体がゆっくりと現れてきている。その速度は図体と魔力の割に早い。
召喚というのは別の場所や世界から対象を喚び出すことでありその速度は魔力量と質量に比例する。
魔力の少ない人間を召喚するよりも、魔力が多く身体のでかい魔獣を召喚する方が時間がかかるということだ。
にも関わらず、八岐大蛇はこの数十秒で半分以上の顕界を果たしている。
魔術レベルではあり得ない。術式を相当改良し膨大な魔力でそれを可能にしているのだ。
ヴィネアのいう事が正しいのであれば八岐大蛇が完全に顕界した瞬間、レシュッツの人々も豊かな皇国南部の大地も死に絶える。
その後はこの大陸全てが死の大地に変わるかもしれない。
無事に顕界できれば、の話だが。
「アウリー、力を貸してくれるか?」
「もちろん。私が愛した人間が世界で一番強くてかっこいいことを知らしめちゃうよ」
「はは、それは困るな。本を読む時間がなくなりそうだ」
「時代は傑物を放っておかないって言うでしょ?」
「放っておいてほしい限りだな」
舞踏を誘うように手を差し出せばアウリーは嬉しそうに受け入れた。
俺からアウリーへ魔力を送る。
込める魔力は俺の持つ魔力の五割。
魔力供給を続けながら俺は地上から見守っている二人の妹の元へとやってきた。
「フィア、シア。今日二人は騎士が傷つく姿を見ただろう、攫われたとき三年前のことも思い出しただろう、きっと怖くて仕方がなかったと思う。俺はそれを防げなかった。不甲斐ない兄でごめんな」
「そんなことないです! 私もシアもお兄様が必ず助けてくれると信じてました!」
「兄上はいつも私たちを大事にしてくれるし、前も今も助けてくれた! 不甲斐なくなんてない! 誰よりも優しくてかっこいいお兄ちゃんだもん!」
涙ながらにそう訴える二人の妹はにっと笑って見せてくれた。
私たちはちゃんと笑えるよと示すように。
「今後、また危ない目に遭うかもしれない。でもこれだけは覚えていてほしい。フィアとシアの兄は、必ずその相手を倒すってね。よく見てて、これが二人の信頼してくれる兄の姿だ」
アウリーに送った魔力分は既に回復しつつある。
体調万全、魔力充足、やる気万端。
加えて愛する妹たちの応援。
失敗する要素が見当たらない。
「プラール、万が一あれの肉片でも地上に落ちそうなら…」
「ええ。地に落ちる前に消滅させるわ。もっとも…」
「私がかけらも残さず消し飛ばすよ」
「まあ一応な」
俺とアウリーがしくじる可能性など無いのだが保険はかけておくのが俺の主義だ。
「レイン」
「は、はい!」
「あの悪魔が使ってる身体…アルフレドで間違いないか?」
「…はい」
「俺には悪魔が受肉した身体を綺麗に取り戻す方法がわからない。だから俺が…」
「お待ちください!」
レインと出会って以来初めて聞く声音だった。
決意に満ち溢れた力強い声で待ったをかけたのだ。
「もし、もし可能であれば私に彼を…アル様を救わせてくださいませんか?」
「…いいのか? 彼は…」
「はい、私の元婚約者です。魔術しかなかった私に人間らしい感情を教えてくれた大事な人です。だからこそ、最期は私の手で…」
「…わかった。拘束まではすると約束する」
「ありがとうございます…」
「それもあれを片付けてからだけどな。アウリー準備はいい?」
「いつでもいけるよ!」
「それじゃあ…やるぞ」
ゲートから体長四十メートルにも及ぶであろう八岐大蛇が完全に顕界し大地を殺そうと落下する。
八岐大蛇の真下に位置する俺とアウリーは天へと手をかざす。
あれだけの図体だ。狙いをつける必要は無い。どうせ全て消し飛ぶ。
『『鳳仙花』』
俺とアウリーの声が綺麗に重なった瞬間、激しい風がレシュッツを吹き抜けた。
その風は止まることを知らない。
故に、アバンダントを超えて皇都にも届く。
それどころか国境を超え、大陸すらも超え、世界を駆け抜け再度戻ってくる。
猛風は例外なくレシュッツに集う全ての生き物の視界を奪った。
次に瞼を開いた時、皆一様に目を点にして瞠目し、呟いた。
「魔獣が…いない…」
「ほ、ほんとうだ…! …いや、なにか降ってくるぞ……?」
「あれは…なに? それにこの香り…」
数秒前まで空には大きな扉があって九つ首の巨大魔獣が街を踏み潰さんとしていた。
戦う術を持たない市民はもちろん、腕に覚えのある騎士も冒険者ですら隠しきれない絶望と漠然とした死への覚悟を感じ取っていた。
そんなとき、一陣の風が吹き抜けた。
反射的に目を腕や手で覆った人々は空を見上げた。
そこには絶望の象徴ともいえた巨大な魔獣も、生み落とそうとする扉もない。
あるのは広がる無窮の夜天と煌々と光る無限の星々。
そして目に映るのは大地の香りをまとって降り注ぐ花弁の流星群だった。
「…綺麗」
「これが…兄上の魔法…?」
「ああ。これが二人に見せる俺の魔法だ」
俺が構想しアウリーと共に最初に生み出した
打ち出した風に触れた物質を完全に分解しその過程で消費された魔力を鳳仙花の花弁へと変換する。
「風とは自由であり不変、突き詰めれば全ての命を見守る父であり自然そのものだ。それを想像力で描いた図として『魔法』とする。『魔法』へ想像力の具現化だからな」
魔法とは千変万化。
使い手の想像力次第でどのようにも姿を変える。
だが、当然それには膨大な魔力と人間に不可能なレベルの効率的魔力運用を求められる。
俺の魔力と精霊であるアウリーの魔力運用、両者が揃って成立している。
故に魔法は精霊使いにしか使えないのだ。
さて、目下最大の脅威は消え去ったといえる。
残すは……。
「逃がすわけないだろう」
「なっ…! 何故転移が使えない!?」
「魔力の使用を封じる結界でお前を覆った。悪魔を逃がすミスをするほど俺は抜けてない」
八岐大蛇の消滅後すぐに奴を魔力封じの結界で捕らえた。
自身の切り札を破り捨てられた衝撃から瞬時に立ち直って離脱を試みた判断は正しいがそれを許す俺では無い。
「お前には聞きたい事が山ほどあるからな」
「ボクが正直に喋るわけが…!」
「じゃあ、こうしよう。俺が聞くことにお前が誠心誠意答えてくれたら俺はお前を害さず逃すと約束しよう」
「な、なんだと…?」
「信じられないなら契約でも結ぶか?」
「…そうしてもらおう」
俺とヴィネアとの間で契約が結ばれた。
契約違反の代償は違反者の死亡なのでこれで俺はヴィネアに一切の攻撃行動はできなくなった。
「…一体何が知りたいんだ。言っとくがボクだって知らないことには答えられないぞ」
「まず一つ目だ。七年前に皇国南部で発生した魔獣の大量発生、あれはお前の差金か?」
「そうだよ。あれは魔獣を餌に強い人間を釣り出してボクの肉体にするために引き起こした。この身体はその時のものだ」
「そうか。では二つ目。お前がこの地で活動していた目的はなんだ?」
「…ボクは偉大なる魔王様より先遣隊の命じられた
「なら何故人攫いをしていた? 一人二人なら誤魔化せるが数十人ともなれば人間に怪しまれるとは考えなかったのか?」
「ボクの仕業だとバレないようにあの伯爵家のボンボンを抱き込んでいたのさ。まあアレの馬鹿さ加減に何度吐き気を覚えたかわからないが都合の良い駒だった。それに地下でも言ったが一番は実験のためさ。気にならないか?
───狂人が生み出したという『禁書』の確認作業に必要だったから───
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