夕凪の街と青い絵の具

雨空 凪

Stop takeing

「命日なんかなければいいのに」

僕はそう呟いた。

昔撮った写真を見ていた。

百均で買った安いアルバムに並べられた写真はどれも風景のものばかりで、人物でさえも風景に負けるものばかりだ。

その一枚一枚に「特に一番いいもの」というような優劣はつけていない。

過去の情景だ。

意味があったり、想いがあるような大層なものじゃない。

それでも捨てる気にならず、気がついたらまた撮って入れている。ただそれだけのものだ。


ふと、目を引く写真があって手を止めた。


その一枚だけにピントが合って、そこだけにフォーカスがかかっているみたいな。

何故だろう。

不思議と胸が締め付けられるような感覚がした。

「これなのか」と悟って僕は傍らの手紙を見る。

几帳面な字で綴られた手紙に差出人の名前はなく、ただ静かに放置されている。

僕はこれが誰の字なのか知っている。

「当たり前」とも「そうでない」とも言える。

ただ一つだけ言えるのは、この差出人は僕にいたずらをしているということだ。


それがあの一枚だった。

青い絵の具のついた写真。

中央に写る少女の後ろ姿のうち顔に当たる部分だけに故意に塗られた絵の具。


視覚から得るのはそんな事務的な内容だけで、そこに隠されている果てしない思いは誰も知る由もないだろう。

それだけがこの写真の、僕にとっての価値だった。

その価値は何かで買えるほど安くない、悲槍と共にある。

だから僕はその封を切ることに怯えている。

またあの気持ちを思い出すことだけは嫌だったのだ。


だから手紙の最後の行は無視した。

もう思い出したくもない痛みを伴った記憶を思い出させないでほしい。

たったそれだけの想いで差出人の想いを踏みにじってしまった。


この間唐突に届いた手紙は、長い年月をかけてようやく歩き出した僕を立ち止まらせた。

だけど、逃げることは彼女にとって妥協なのだから僕は立ち向かうしかない。

妥協なんてもうしたくないんだ。

存在を残すたった一つの「モノ」を妥協するわけにはいかない。

そんな想いが僕をこの場にとどめている。


不似合いな快晴を横目に僕は靴を履く。

この差出人の彼女は、清水 霞怜かれん

丁度3年前のまだ冬の残る春に亡くなった、

僕の戦友だ。

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