乙女ゲームの世界に転生した少女はヤンデレへ進んだ

仲仁へび(旧:離久)

第1話




 乙女ゲーム「シチュエーション・ラブ」に転生した。

 私は、この世界で第二の人生を送る事になったらしい。


「シチュエーション・ラブ」は学園ストーリーが充実しているゲームだ。


 知らない人はいないという有名な学園もののお話。

 異世界に転生した私は、学校に通いながら、攻略対象達と絆を深めていくのだろう


 恋日可憐は、乙女ゲームの主人公になったのだから。





 

 可憐が好きなのは立花そうごという教師だ。


 包容力のある優しい人間。


 彼と仲良くなりたい。


 そう思った可憐はさっそくゲームの内容をまとめる事にした。


 今は原作開始の一か月前。


 学園ストーリーが始まるのはこれから一か月後だ。


 入学式から始まるので、学園生活で戸惑う事はないだろう。


 可憐は一年生だ。


 他の新入生と共に、ゆっくり新生活になじんでいけばいいはず。


 そこらへんは、現実もゲームも変わらない。


 しかし、立花と出会えるのは五月から。


 体調を崩した教師の代わりに、担任を務めることになる。


 四月のイベントに登場しないのは、少し残念だった。


 嘆いていてもしょうがない。


 可憐は、それまでにやっておくべき事をリストアップしておく事にした。







 まず、他の攻略対象とのイベントを起こさない。

 イベントを起こしてもいいが、好感度を上げ過ぎない。


 好感度が一定数値あがると、その人物のルートに入ってしまう。

 となると、他の人物とのイベントが減ってしまうため、立花狙いである可憐は気を付けなければならない。


 あとは、評価をあげる事も考えて行動しなければ。


「シチュエーション・ラブ」は恋愛だけしていれば良いというゲームではない。


 勉強や生活態度も、内容にかかわってくる。


 攻略対象と仲良くするときに、それらの要素をきちんとこなしていないと、イベントが発生しなくなってしまうのだ。


 だから、普段の学園生活も油断してはならかった。


 最期は、学校のシンボルである巨大な桜の木の傍でイベントが起きる。


 この木には、恋愛を成就させる精霊が宿っている……という設定があるからだ。


 だから日ごろから、この木の近くに立って、恋愛の成就をお祈りすることが大切だった。


 そうすることで、好感度が上がりやすくなる。







 やるべき事をまとめた可憐は、入学式までにさまざまな事をこなした。


 勉強の予習はもちろん、健康を維持するために生活習慣も見直した。

 最低限の体力をつけるために、体づくりの運動も行った。


「シチュエーション・ラブ」はルートによってたまに主人公が危険な目にあう。


 不審者においかけられたり、ストーカーに狙われたり、監禁されたり。


 そんな時に、逃げたり対抗したりする体力をつけておかなければならない。


 特に終業式の後の最後のイベントは危険なものだ。


 ノルマをこなしても、慢心せず、見落としている点はないかいつも考えた。


 可憐は四月までの一か月間を、そんな風に過ごしながら、日々を消化していった。








 やがて原作開始の時期やがってきた。


 桜が満開になる頃、乙女ゲームである学校へ入学。


 そして、波風立たせずに過ごして四月が過ぎゆき、五月。


 先生はきた。


 やはりゲームの通りになった。


 そんな立花そうご先生は、ゲーム通りにカッコいい。

 いや自分の瞳で見る彼はゲーム以上に恰好よかった。


 共に生きるなら彼しかいない、


 そう思えるほどに。


 しかし、立花先生はなぜか私の方だけを見てくれなかった。


 他の生徒には、平等に対応してくれるのに、なぜか私にだけよそよそしい。


 声をかけようとしたら逃げられてしまうし、イベントを起こそうとしてもその発生場所にいない事が多い。


 一体どうしてだろう。







 やはりゲームの世界といっても、全てがゲーム通りに起こるわけではないのかもしれない。


 何らかの些細な違いが、思いもよらない所で思わぬ影響を起こしてしまうのかも。 


 そうなると、立花先生とゲーム通りに接していても、恋仲にはなれない事になる。


 ならば、ゲーム以上の事をするしかない。


 せっかくこの世界では、普通の少女として普通に恋愛感情を示せると思ったのに。


 あの前世のように、異常な例愛の仕方をしなくて済むと思ったのに。


 私はまた、繰り返さなければならないのだろうか。








 俺はどうやら乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい。


 困ったな。


 世間で騒がれている事は知っていたけれど、あんまり情報を知らないからな。


 俺は、前世でも教師だったから、クラスの女子生徒達が騒いでいる話題は耳に入ってきていた。


 有名な乙女ゲームをやっている奴が多くて、自然と登場人物や舞台背景などの情報が頭に入ってくるのだ。


 だから、普通の人間よりは恵まれているのだと思う。


 訳も分からない世界に転生したわけじゃないというのは、幸いな事だ。


 しかし、俺は絶望に突き落とされた。


 なぜなら、ヒロインがあいつだったからだ。


 俺を、ストーカーして最後には刺し殺してきたあいつ。


 見た目は少し違う。


 けれど、俺には分かった。


 あいつの言葉使いや、癖がそっくりだったからだ。


 あいつ、この世界に転生してきたのかよ。


 俺は、その日からあいつを徹底的に避ける事にした。


 冗談じゃない。


 また、間違ってあいつに攻略されたりしたらたまらない。


 どんな拍子でヤンデレストーカーと化すか分からないんだぞ。








 その日、私は前世の出来事を思い返していた。


 楽しみのない生活だった。


 つまらない生活だった。


 でも、愛は素敵なものだという知識はあった。


 だから、愛にのめり込もうとしていた。


 そして、私は愛を向ける矛先として、自分のクラスの担任をターゲットにした。


 だって、先生は優しかったから。


 クラスではぶられている私にも優しくしてくれたから。


 きっと好きになるなら、こういう人を好きになるはずだ。


 そう思って、私は先生に猛アピールしていた。


 けれど、先生は振り向いてはくれなかった。


 諦めればよかったのに。


 どうしてか胸が苦しくなった。


 もしかして、これが本当の愛という感情なのだろうか。


 だとしたら、辛すぎる。


 嫌われてから、愛の感情を自覚するなんて。


 どうしようもできなくなった私は、先生を○して、私も〇した。


 邪魔しようとするやつらがたくさんいたけれど、邪魔できないようにたくさん〇した。


 死んで。


 全て終わったと思ったのに。


 チャンスを与えられたから、嬉しかった。


 普通の女の子みたいに恋愛できる機会が巡って来たんだって。

 







 私は、失敗を繰り返さない。


 やり方を変える事にした。


 たくさん勉強して、先生に認めてもおうと思った。


 恋が駄目なら、せめて優秀な生徒として傍においてほしい。頼ってほしい、期待してほしい。


 無視できないくらい、たくさん活躍して、私の事をできるだけ見てほしい。


 だから、期末テストや学年テストはいつも一位をとったし、面倒なクラスの雑事もすべてこなした。


 苦手な運動でも、できるだけいい成績をとった。


 委員会活動や部活動にも、たくさん力をいれた。


 そうすると私は、その学校の中ですぐに多くの人から告白されるようになった。


 でも、私はそれらの全てを断った。


 攻略対象もいたけれど、私は彼等の事をあんまり好きじゃなかったから。


 恋をするなら、好きな人が良い。


 付き合うなら、愛せる人が良い。


 それは私にとっては、たった一人だけだから。


 けれど、先生はいつまでたっても私を見てくれなかった。








 苦しい。


 悲しい。


 痛い。


 辛い。


 やがて、ほとんどの原作イベントが終わった。


 先生はとうとう私の事を見てくれなかった。


 最後まで、ずっと。


 だから、前世と同じように終わらせようと思ったのだ。


 だって、あなたに振り向いてもらえないのなら、生きている意味がないもの。


 私は、卒業式で行われる船上パーティーの場に、その凶器を持っていく事にした。









 きらびやかに装飾された船。


 笑顔でドレスアップするたくさんの女性達。


 その女性達を見つめて微笑む男性達。


 目の前にあるのは、とても幸せな光景だった。


 けれど、私にとっては何の意味もない。


 だから、私は終わらせるために先生を探しに行くことにした。


 私の中の気持ちは、


 これで、もう終わりにしたい。


 とそれだけで一杯だったから。


 やがて、船が出航して、暗い海の中を中を疾走する。


 あたりに街の灯りは見えない。


 陸地の明かりも見えない。


 まるで孤独な私の心の様だった。









 けれど、先生を見つけた瞬間にトラブルが発生した。


 突然大きな衝撃が船を襲って、船の明かりが非常灯に切り替わった。


 そして、どんどん船が傾きだしたのだ。


 人々は、口々に悲鳴をあげて避難していく。


 私は、近くにいた顔も知らない誰かの生徒におびえてしがみつかれて、へたに動けなくなってしまった。


 船の上に出ると、救命ボートが降ろされていくところだった。


 幸いにも人数分はある。


 あれにのれば生き残れるだろう。


 あれに。


 のれば。


 私は、自分にしがみついていた生徒を引きはがして、船の中に戻った。


 生き残っても意味がない。


 私は、もう希望がないのだから。


 ここで一人寂しく朽ちた方がマシだと思っていた。








 けれど、どうしてだろう。


 そこに先生が追いかけてきた。


 どうして。


 優しくするんだろう?


 先生はきっと、私が思うほど優しい人じゃないのに。


 先生は先生だからきっと、仕方なく私のような生徒の面倒を見ていたにすぎないのに。


 こんな生徒にまとわりつかれて、迷惑していたはずなのに。


 私、狂っていたけれど知ってるんですよ。


 何度か先生が「迷惑だ」「まとわりつくな」「いい加減にしてくれ」って言っていたのを。


 聞こえないふりをして、分からないふりをしていたけれど、ちゃんと理解しているんですよ。


 先生は、先生なんですよね。


 前世の先生と同じなんですよね。


 だから、私を避けていたんですよね。


「そうだ」


 先生は「でも」と続けた。


「お前に迷惑していたのは事実だ。けど、俺が余計な期待をもたせたから、お前を余計に苦しませたのも事実だ」


 どうしてこんな時だけ優しくするんだろう。


 どうして今になって、本当に優しくするんだろう、


 先生は優しくない。


 とてもひどい人だ。


「だから、帰るぞ」


 先生に手を引かれて、船の上に戻る。


 ちょうど最後のボートが降ろされる時だった。


 先生は私の手を引いて、そのボートに後込もうとしたけれど、私はその手を振り払って、先生を突き飛ばした。


「なっ、お前」

「今まで、ごめんなさい。先生ありがとうございました」


 私、分かっちゃったんです。


 愛は、見返りを求めるようなものじゃない。


 ただ、与えるものだった。


「おい、まて」


 背後で、他の人が先生を押さえつけている。


 ボートが見えなくなった。


 私はほっとした。


 これでよかった。


 今が一番幸せだから、これでよかった。


 私はたくさん人を〇してしまった。


 とても許されない事をしてしまった。


 きっと先生とは一緒に生きてはいけない人間だから。


 私は、離れていくボートを見送って、涙をこぼした。


 さようなら、先生。


 大丈夫、今の私は「私の人生は、一体何だったんだろう」なんて思っていないから。


 わずかでも、本物の優しさと愛をもらえた今は。


 先生のおかげで。幸せになれたから。




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